二人暮し夫婦の音符夫妻(書いているのは妻)です。 夫の了承を得てトピックを立てております。 家事は私担当です。 私が料理を作ります。 その際、素粒子ぐらいの微量さではありますが、私「ムッ」とします。 毎回微妙に「ムッ」とするので 「私が作ってるのに、あなたが召し上がれって言うのはちょっとやだよ〜。 ヤメテー」 と思い切って言ってみましたが…。 夫は 「お互いに感謝しあって お互いに召し上がれって、言い合えばいいだけだと思ってたよ。 なんで不快になるんだろう?」 といった感じで不思議な顔。 夫の意見だと、どちらが作ったとか関係ないらしいです。 ちなみに私の料理への感謝はあります。 ん…?確かにこの料理の材料を買うお金は夫が稼いでくるし…でも、私も微量だけどお金は 稼いでるし…この違和感は一体…。 結局夫の言い分は腑に落ちないまま、夫も私の言い分は腑に落ちないままでしたが 「なんか個人的にやだなあ」 という私の気持ちを汲んでくれたのか、召し上がれとは言わなくなりました。 理解ある夫ありがとう。 しかし、その際の違和感だけが気になって仕方なく、トピックを立ててみました。 文化の違い。 育ってきた環境の違い。 性別の違い。 役割(主婦とサラリーマン)の違い。 こんな些細な意見の相違は、実は色々と奥深い理由があるんではないかとか、(私の心が狭いだけかも?) ジェンダー論・心理学まで行くと発展しすぎかもしれませんが、お時間のある方一緒にあれこれと分析していただけませんか。 愚痴トピではなく、生活の中の夫婦の意見、感覚の相違はどこから来るのか?という分析がみなさんでできればいいなあと思います。 よろしくお願いします。 ユーザーID: 8533078447 私もトピ主様と同じく家事を担当している主婦です。 二人同時に食事を取る時は、 二人同時に「いただきます」と言ってから食べます。 「いただきます」以外の台詞が出る時は、 夫だけが食事を取る時のみで、 「どうぞ〜」と私が声をかけます。 なぜなら私が夫に作ってもらう時は、 「わぁ〜いただきま〜す、(作ってもらって)ありがと〜」 と感謝の気持ちを表しますから。 なので、 作った人に対して「召し上がれ」って、 か な り 腑に落ちません。 トピ主さんの夫は、 「俺が(大部分は)働いて稼いでいるお金で食べさせてるんだから」 って気持ちが、結局は現れているのじゃないでしょうか? ユーザーID: 1451498152• 「いただきます」で十分でしょう 「召し上がれ」というのはごちそうする方、振る舞う方が言う言葉。 夫婦で家庭で一緒に食べるなら一緒においしくいただきましょうの気持ちで「いただきます」で十分。 なぜわざわざ押しつけがましく「召し上がれ」と言うのか。 作った側が「頑張って作ったの、遠慮しないでどんどん食べてね。 」とか「貴方の好物を作ったの、食べてみて!」という気持ちで言うならわかるけど。 勧めてもらわないと相手が「食べては申し訳ない」と遠慮する場合に「召し上がれ」と言うのが通常。 夫婦で「召し上がれ」と言い合うなんて美しい行為というよりすごく変。 夫が「召し上がれ」をやめてくれて正解。 貴女の夫は、まさか他人の家や他人と(夫のおごりでなく)外食する時にもそんな変なことを言ってないでしょうね?よく確認しておいた方がいいですよ。 言われた人は不快に感じるでしょう。 ユーザーID: 3924945157• そんな小難しい話でなく 今年の年末は私の実家で夫婦共に過ごしています。 母は既に認知症で一切料理はしないので、私が一日三回食事の準備をしていますが、一同が「頂きます」と食前の挨拶をすると、父はえらそうに「あ〜い、召し上がれ」と言います。 「頂きます」は食材に対する感謝と食事の用意をした人の労働に対する感謝の言葉だと理解していますので、私もいちいち「もや〜」っとした気分になります。 上記のような状況なので、食材費もすべては父が賄っている訳ではありません」。 いちいち、気にするのは嫌なのですが、気になります。 どなたか、その発言が気にならなくなる理由を下さるとうれしいです。 ユーザーID: 0161391317• 生活・身近な話題ランキング• 夫側に同意ですが トピ主さんの感覚も理解できますよ〜。 本来なら、作った側が「召し上がれ」だとおっしゃりたいのだと思います。 ご主人がさきに「いただきます」トピ主さんが「召し上がれ」ならしっくり行ったんでしょう? ただトピ主さんも「いただきます」を言ったので、ご主人的にはそれに何か返したいと思って「召し上がれ」とおっしゃったのでしょう。 召し上がれは食べろの丁寧(尊敬か謙遜かは存じません、、頭悪いのですみません)な言い方なので、間違いではないですよね。 食材を購入し、料理する。 それに感謝して料理をいただける。 素敵なご夫婦ですね。 うちなんか「いただきます」も時々ないくらいなので、うらやましいくらいです。 料理する人はよく、料理を振舞う相手が箸をつけるまで自分からは箸をつけませんね。 食べる側はそれを恐縮して「どうぞ、あなたもご一緒に食べましょう。 」という意味をこめて、 「召し上がれ」というのはうなづけませんか? ユーザーID: 7326946616• 後半部分は難しくてよく解らないのですが… 文化の違いかなあ。 『召し上がれ』って、食事を用意した側が食べてよいことを会食者に知らせる合図のようなものだと思います。 食事を用意しない人が使うのも変だし、『いただきます』より後になるのも変です。 「そら、喰え」、「おう、もらうぞ」というやりとりを敬語にしたのが 「召し上がれ」「いただきます」というやりとりのはず。 単純に夫さんが日本語をご存じないだけでは? 余計なつけたしかもしれませんが、礼儀に反することを丁寧な言葉を使って言われると『慇懃無礼』に感じて余計に不快に感じるのは良くあることだと思います。 それが素粒子程度の微量さで済んでいるのはすごいと思います。 ユーザーID: 0419588110• ご主人がおかしい おかしいことを伝えてご主人が聞き入れてくださったので解決ですね。 よかったです。 もし会社などでご主人が相手に出されたものに対して 「いただきます」を言わずに「召し上がれ」なんて言ったら 恥ずかしいですのものね。 自分から相手に「食べてください」という時の尊敬語が「召し上がりください」 ですので、食材のお金の出所云々ではなくご主人の言葉の使い方そのものが間違っています。 横ですが、関西では「いただきます」の方言で「よばれます」という言葉があります。 食べ物だけでなくお風呂に入れてもらう時に「お風呂 先によばれます」なんて使い方を するんです。 「結婚式におよばれする」などの「およばれ」が転じたものらしいです。 ユーザーID: 8520946542• すみません。 先ほど「召し上がれ」のことばかり書きましたが トピ主さんの本題は「生活の中の夫婦の意見、感覚の相違はどこから来るのか?という分析」 でしたね(汗 単純に「召し上がれ」については「育った環境の違い」だとか「性格の相違」とか おおげさなものではなく、ご主人が使い方を間違っておられるだけだと思います。 夫婦の意見の相違や感覚の違いは上「育った環境」が大いに影響すると思います。 でも2つの違った家庭で育った2人が結婚して、それぞれの家庭の良い部分を融合して 新たな家庭が生まれることは素晴らしいことだと思います。 トピ主さんの気持ちを汲んでくれるご主人さんは素直で好青年だと思います。 ご主人に自分の感覚と違っていることを直接言うと、ご主人の育った家庭や環境を否定する ことにもなる場合があります。 子供ができると、主人の所作など気になることを、子供に注意することで 暗に主人に伝えることもできます。 (肘をついてご飯を食べない、咀嚼するときは口を閉じる、etc) トピ主さんの文章から、お互いを敬う仲良い夫婦関係が感じられてうらやましいです。 ユーザーID: 8520946542• 驚きますね 「作る人の方が偉い」のような意見が多いことに驚いています。 どう考えてもトピ主さんが外で働いてその食事の材料代を稼いでいる ご主人様に感謝すべきでしょう。 もしそれが嫌ならトピ主さんが外で働いてお金を稼ぎ、ご主人様には パート程度の仕事をしてもらって家事をやってもらえばいいんですよ。 それができないからトピ主さんも主婦をやっているんですよね。 50年前ならいざ知らず、このように家電製品が進歩した現在で家事が できないなんて人間はいませんからね。 このような「主婦はたいへん」的な考えは小町独特のものなんでしょうか。 ここで男性に悪態ついてるのは構いませんが、世間でそれをやると非常識に なりますから注意した方がよいかと思います。 ユーザーID: 6248912287• 語感の問題 こんにちは。 「召し上がれ」というのは、一方的にサービスされる立場の人へ「ご遠慮なく」の意味と思いますが、特に食事に関わる言葉ですので「おいしく食べられるよう頑張って作りましたけど、お味を確かめてみてください」というようなニュアンスも含まれているように思います。 相手が招待客なら「ご遠慮なく」の意味でホスト役が言うのでしょうが、家庭内であれば、どちらかというと「お味を確かめて」の意味で、調理した人が言うことではないかと思います。 もちろん家庭内でも「ご遠慮なく」の意味で、費用負担者と調理者が言い合っても悪いわけではありませんが、何だか理屈が過ぎるような気もするし、もともと一方的なサービス提供を前提とした言葉を互いに言い合うのは、言葉の使い方として不自然に思えます。 文化的背景というより、言葉づかいの問題でしょうか。 なお単純に「いただきます」と言えばいいじゃん、というのは、他の皆さんと同じです。 ご主人は、今はどう言われているのでしょうか。 ユーザーID: 7591515560• 「食べろ」なわけで 「召し上がれ」ってく尊敬語+命令形のちょっと上から目線です。 なので食事を提供する側が相手に勧める時の言い方で、目上の人には使いませんよね。 「召し上がれ」と提供され「いただきます」と受ける形ですね。 だいたい作った方が提供する側となるので 逆だと「これはあなたの用意してくれた食事だと言うわけ?」という違和感を感じてムッときます。 「いただきます」は相手先を省略しているだけで基本は「頂く」。 「召し上がれ」と言われると言った人への意味合いが強くなる印象です。 その辺ご主人の認識が違ったのでしょう。 語源やなんか興味あるかで変わりますし・・・環境の違いですかね〜。 ユーザーID: 3118007582• 召し上がれ は、 サーブされた側が「召し上がれ」って。 そりゃエプロンつけた人の台詞では。 単に、旦那さんが日本語の使い方を間違ってるか、 「俺は気にならない」と屁理屈こねただけではないでしょうか。 でも、そこにジェンダーとか心理学とかを持ち出したいなら、 旦那さんの料理や外食先で、トピ主さんが「召し上がれ」と言ってみればわかるのでは? ムッとされたら、旦那さんは「俺が食わせてやってる」とどこかで思っていたんでしょうし、 何も感じないなら、育ってきた環境の違い 日本語能力の問題 かと思います。 いずれにせよ、「召し上がれ」って、結局は"許可"の言葉ですよ。 それのどこに感謝が? 感謝したいんだったら「ありがとう」「いただきます」って言えばいいでしょう。 まあ、素粒子、文化、ジェンダー云々を拝見する限り、 トピ主さんは旦那さんをとても思い遣っていらっしゃる印象で、偉いなぁと思います。 腑には落ちないけど、波風は立てたくないんだなぁと。 でも、それは普通に「おかしいだろう」って言うレベルですよ。 感情を留めるのは偉いけど、これはそんなに我慢するとこじゃないでしょう。 ユーザーID: 3643365903• 遅く起きても「お早う」、粗食でも「ご馳走さま」 遅く起きても「お早う」、粗食でも「ご馳走さま」と言いますよね。 ご主人も、その感覚で「メシアガレ」と言ったんだと思います。 トピ主さんが作ってくれたことに対する感謝がないのではなく、 単に「メシアガレ」という5文字の呪文なのでしょう。 たぶんトピ主さんの「いただきます」も、「頂戴します」ではなく 「イタダキマス」という呪文に聞こえているはず。 ただ、それを違和感を感じるのももっともだと思います。 私もすごく感じます。 イラッとします。 それに対して、ご主人が自分の考えを押し通さずに やめてくれたというのは良い人だなと思えます。 トピ主さんも、誰かに「オツカレサマ」と声をかけたとき、 「疲れてません」とか言われたら、こいつ面倒だなと思いますよね。 たぶんご主人もそんな気持ちになりつつ、止めてくれたんだと思いますよ。 ユーザーID: 0772925810• 調べました。 調べたといっても、簡単にですが。 だんな様、園児のころに、 「いただきます」「どうぞ召し上がれ」 とやってませんでしたでしょうか。 確かに 召し上がれと言うのは、料理の提供者が、食べる人に言うようです。 保育園、幼稚園での挨拶で、上のようにしているところもあるようです。 なので、料理の提供者が言う言葉と言うよりも、 いただきますの返事の挨拶と勘違いされていないか? と思ったしだいです。 それであれば、 外でも勘違いされているかもしれませんね。 今回、お話されてよかったと思います。 ちなみに。 うちの子に、確認しちゃったわ。。。 うちの子の園では、 「いただきます」「どうぞおあがりください」てやってたそうで、 ちょっと安心しました。 (「おあがりください」もおかしいと言えばおかしいかもだけど・・・) ユーザーID: 6161041992• ご主人の意見に1票 トピ主さんの気持ちもすごく分かるのですが、私はご主人も間違ってないような気が。 私の実家では「いただきます」に対する返事(?)は特に決まったものはなく、作り手である母が「は〜い」とか「どうぞ〜」とか言っており、私自身もそんな感じにしてました。 でも、娘の通う保育園では「召し上がれ」と言うようです。 私は娘の口からそれを聞いてなかなか綺麗で良い返答だなと思っていました。 その保育園では作ってくれた先生だけでなく父・母・祖父母などあちこちに感謝を述べた上で「いただきます」をします。 思うに食事の時の感謝って、作ってくれた人や費用を負担した人ももちろんですが、材料の生産者、食材そのもの、もっと言えば産んでくれた親からお天道様まで全てのものに対してしてもいいのではないかと最近思います。 感謝する先がそもそもたくさんあるのだから、逆にご主人の言う「お互いに感謝しあってお互いに召し上がれ」で良いような気がします。 上から目線だなどと穿った見方をせず「たべます」「どうぞ」的な気持ちでどうでしょうか? でも夫婦間でこういう言葉ジリの違和感はよくありますね。 やはり育った環境と習慣の違いかと。 ユーザーID: 4155809119• 私も違和感 「お互いに感謝しあって、、、言い合えばいいだけ」この部分だけ切り取ると確かに正しいと思えるのですが、では夫さん実家では皆で「召し上がれ」って言い合って食事してるんでしょうか?ちょっと不思議な光景なんですけど。。 思うに給食で当番が「おあがりください」って号令かけますよね。 あの感覚に近いのでは? もはや言葉の意味は失われ食事開始の号令としてしか意識されてないような。 「お互いに言い合う」のであれば、夫さんにとって「召し上がれ」と言い合うのと「頂きます」と言い合うのでは差はあるのでしょうか?よければ夫さんに聞いてみていただけませんでしょうか? もし差があるとすれば、「頂きます」は「貴方の物を頂きます」であり、料理は「すばらしい物」で、それが提供された背景とともに感謝の対象となります。 「召し上がれ」だと「私の物を召し上がれ」であり、料理は「謙遜すべき物」で、他の何らかの対象に謝意を表わすための「捧げ物」ということになりませんか? 今日も二人とも頑張ったね、と感謝し合うんなら意味が通じなくはないですが、圧倒的に料理との距離が違うので、より近い人 妻 は釈然としないでしょうね。 ユーザーID: 4481199285• うちでも共働きで料理は妻である私です。 子供が1歳ですでにいただきますとごちそうさまの躾をしてますが、どういう意味でさせてるかというと、 「食事を作る人、食事のお金を稼いでくれる人、食べ物を供給してくれる世の中に感謝する」という意味合いでするものとしてます。 まあちょっと大げさでしたかしら(笑)? でもこういう意味であれば、夫へ妻が「いただきます」と言ってもおかしくはないし夫が妻に「めしあがれ〜」と言ってもおかしくはないとは思いますが、どうでしょう。 まあどちらにしても、その場の軽〜い受け答えのひとつですよ、たぶん。 深い意味はないでしょう。 ま、でも、これが 妻:「ごちそうさま〜」 夫:「はいおそまつさま〜」 って言われた日にゃお前が言うな!というところですが(笑)。 ユーザーID: 5319656923• ひょっとしたら・・・ ホテルのレストランで働いていました。 お昼の忙しさがひと段落、厨房でコックさんが自分でささっと賄いを作り、一人で食べようとしていました。 「いただきまーす」と誰にともなく言いながら。 私は近くにいたのですが、コックさんが自分で作ったものに私が「どうぞ〜」なんて返事してはいけないと思って黙っていました。 そうしたらコックさんが笑顔のままこう言いました。 「bonbonnさん、寂しいなあ〜、そこにいるなら『どうぞ』って言ってほしいなあ!」と。 あれからどんな場でも誰がどんな状況でも「いただきます」が聞こえたらとりあえず控えめにでも「どうぞ!」と返します。 作った方がそばにいる場合はもう少し空気を読みますが、あれは決まり文句というか、挨拶みたいなものだと思っています。 この場合の「めしあがれ」も同じようなものではないでしょうか。 私は2人しかいない場所で、自分が作ったものを食べるときに「いただきます」に「めしあがれ」と言ってもらえたらなんだか嬉しいけど。 ユーザーID: 4091075811• 返し言葉? 二人一緒に 「いただきます」(天の恵みを、食べ物になった命を) でいいのでは? 召し上がれはこの場面ではおかしいでしょ。 そういう場面に合ったセリフが夫側はわからないのでしょう。 ちょっとずれてるのかも。 召し上がれという言葉、どういう場合に使いますか? お誕生会に子どものお友達を招待した時、 「はい、どうぞ、召し上がれ」 使いませんね。 ごちそうを作ってお友達を招いた時。 「腕によりをかけて作ったの。 どうぞ、召し上がれ」 使いませんね。 貧しい人、身よりのない人の寄る辺として開いている教会だとして。 神父様やシスターがそれらの人たちに 「どうぞ召し上がれ、天のおぼしめしです」 という場面はありかな。 つまりこの食事は我らが与えているのではなく天が授けて下さっている、という観点からいうなら召し上がれでも。 と、宗教的なことはわかりませんが、日常では召し上がれを使うシーンはあまりないかも知れませんね。 誰が生活費を稼ごうとどっちが作っても食事では 「いただきます」 が一番ふさわしいでしょう。 うちでは夫と 「いただきます」 です。 ユーザーID: 7797213852• トピ主です 皆様ありがとうございます 皆様の仰るように、分析とかジェンダー論とかはちょっと考えすぎだったかもしれませんね。 夫の実家では作った人に対して、召し上がれという習慣はありません。 幼稚園の時も同様に、そういったことはなかったそうです。 また、夫は「召し上がれ」と言ったあとに自分も「いただきます」と言います。 その時私も夫に対し「召し上がれ」と言います。 逆のときもあります。 夫は「いただきます」と言った私に対して何かお返しの言葉を言いたくて 軽い気持ちで「召し上がれ」と言っていたこと、何も言われないと寂しいんじゃないかな?と思 っていたことがわかりました。 bonbon様のコックさんのエピソードに通じるものがあり、今回の件は夫の優しさからきていたこ とがわかり暖かい気持ちになりました。 「俺が稼いでやってるんだからっていう気持ちで言っていたわけじゃない。 そこは信じて欲しい。 良かれと思って軽い気持ちで言っていた。 ごめん」…と。 その後話し合ってこれからは二人揃っていただきます、と言うことになりました。 皆様至らない私共に真摯なレス本当にありがとうございました。 ユーザーID: 8533078447• 二度目です。 夫婦逆の事例を 考えてみました。 専業主婦の方で家計管理をしている方は多いと思います。 「あげる」もへったくれもないでしょう。 「あげる」が可笑しいと感じない人は、夫が安心して働けるのは主婦のサポートがあるから、また一旦家計に入ったお金は共有財産でありお金の権限は夫婦同等、と考えられていると思います。 もしこの理屈が正当であるなら、夫が働いているから妻が家事に専念できるのであり、一旦食卓に供された料理は夫婦共有の財産であり夫婦同等の処分権限があるとも言えるでしょう。 また前者の妻が「あげる」という言葉を使ったからといって夫の働きに感謝がないわけではありません。 後者の夫にも妻の料理に感謝はある、ということです。 でも気分悪いですよね。 夫と妻の感覚の違いは、それぞれの働きによる「果実」への距離の違い 貢献度 の違いでしょう。 頑張ったら認めて欲しい、人間なら当たり前の欲求ゆえです。 それを恩着せがましいと捉えるか、相手の気持ちを尊重できるか、そういうことだと思います。 ユーザーID: 4481199285• 先に言ってやれ〜 ウチは食べるときは作り手も皆も一緒に手を合わせて「いただきます」で、 「召し上がれ」は言わないのですが、 終わったときは作り手は「お粗末様」、他の人は「ごちそうさま」です。 で、ウチの子達とはいつも「ごちそうさま〜」「ハイおそまつさま」 とやりとりしてるのですが、 上の子も下の子も、それぞれ別の時に一度だけ、 食べ終わって「おそまつさま」って言ったことあります。 いつもカーチャン(トーチャンもですが)が言ってるから、 大人っぽい食事終了のかけ声だ、 とでも思って言ってみたくなるんでしょうね。 そこで「これこれこうだからオソマツサマは作った人しか言えないよ」 と言うと、 「そうか〜」で納得して、二度と言いません。 まあそうやってどっかで学習しないと、 「どっちも同じ時に使うかけ声だ」と思いっぱなしになる事もあるんだろうなと思います。 ユーザーID: 2220725741• 私の考え 食事を採る状況が実現するためには、お金を稼ぐ労働と料理をする労働の二つの労働が必要ですから、これら二つの労働の価値は等しく、したがって相殺されているはずで、このことから「いただきます」「召し上がれ」という応答は、どちらがどちらを言ったとしても、おかしいと思います。 また「いただきます」が独りで食事を採る場合にも言われることを考えれば「いただきます」が本々ある言葉で、それは数名の方が述べられているように、動植物の命や食事を採ることができる環境といった自然への感謝の言葉であるように思われます。 ですから食前に「いただきます」と言う光景は、食卓を囲むお互い同士で応答を交わしているのではなく、自然への感謝を各人がそれぞれに表明している姿なのだと思います。 ユーザーID: 3474982662• 幼少期の習慣の違い?かなぁ・・・ 私の通った小学校では、配膳を終えクラスの全員が「いただきます」コールをしたあとに、給食当番が「どうぞ召し上がれ」と言って食べ始めるという習慣がありました。 これで「召し上がれ は食事を準備した側が言う」と学んだと思います。 家では母が作るのは当たり前な気持ち(甘え)があって母の「召し上がれ」も意味を全く考えてなかったかも(反省)。 学校によっては「みんなでいただきます、みんなに召し上がれ」と一斉に言うところもあると聞きました。 やっぱり幼少期の習慣の違いなのかな? ちなみにオットはいただきますを言わないので毎回私がきつく叱ります。 37歳にして! 義母はそんなはずはないといいますが、言いません。 俺が稼いだ金だとか食わせてやってるとかそういうことで言わないのではなく、おそらく慣れ、甘えのなせる業かと。 私は目の前の膳にある食物に関った全ての人に対する感謝の意で「いただきます」と言うのだと理解しているので能動的に言って欲しい! ご主人には「いただきましょう」と言っていただきましょう。 ユーザーID: 4808001502• 我が家ルールを作っていくのが夫婦では? うちの夫も言いますよ、私が作った料理を「召し上がれ」って。 ところで、 「なんか個人的にやだなあ」 という私の気持ちを汲んでくれたのか、召し上がれとは言わなくなりました。 理解ある夫ありがとう。 ってところがすべて。 こういう極めてプライベートな夫婦の会話に、文法だの常識だの持ち込むのははっきり言って意味はない。 お互いに思いやりがあれば、夫と妻の双方が理解し合うところで我が家ルール成立する。 ある夫婦では、「召し上がれ」が(我が家のように)普通に使われるわけです。 男とか女とかはこの場合関係ない。 ただ、女性のほうが若干、主観的にものごとを考えるきらいはあるので、主格が逆転したような「召し上がれ」に違和感を感じる可能性はあるかな、という気はしますね。 「育ち」との関係でいくと、「家父長的な家風」で育った人は、お父さんの「お母さんもそろそろ座って食べなさい」的風景を見ている可能性がありますね。 「食べなさい」では、あまりにストレートなので、「食べる」の美化語を使って「召し上がれ」を使う、というようなことがイメージできます。 あくまでイメージですが。 ユーザーID: 3145461568• トピ主です 〆.
次の「ごちそうさまでした」といった時に、「お粗末さまでした」といわれたり、いったりしたことがありませんか。 「お粗末さまでした」という言葉の意味を理解していないにもかかわらず、いわれたことがあるからという理由で「お粗末さまでした」という言葉を使ってしまうと、失礼になる場合があります。 「お粗末さまでした」という言葉の意味や使い方について、くわしくご説明します。 意味 「お粗末さまでした」とは、相手に提供したものが大したものではなかったと謙遜していう言葉です。 また、「ごちそうさまでした」という言葉に返答する際に使われる言葉です。 使い方 「お粗末さまでした」という言葉の使い方は、「ごちそうさまでした」といわれた時に返事として使います。 食事を出したときに多く使われます。 相手に提供した食事が、それほど労力を使っていなかったり、大したものではなかったりすることを謙遜していう言葉です。 粗末なものを出してすみませんという気持ちを込めて使う言葉で、日本人の謙虚さを表すような言葉のひとつです。 注意点 「お粗末さまでした」という言葉を使う場合には、注意しなければならないポイントがあります。 「お粗末さまでした」という言葉は、謙遜して使う言葉ですが、相手によっては「粗末なものでもてなすなんて失礼だ」と思ったり、「粗末なものを食べさせたのか」と不快に思ったりすることがあります。 そのため、相手によっては使い方に注意することをおすすめします。 「お粗末さまでした」という言葉の由来は、日本人ならではの謙遜の気持ちを表していると考えられています。 「ご馳走さまでした」という言葉の返事として使われています。 食事の際には「いただきます」「ご馳走さまでした」という言葉を使います。 「お粗末さまでした」という言葉は、「いただきます」「ご馳走さまでした」という感謝の気持ちに対して答える言葉です。 「いただきます」と「ご馳走さまでした」の由来や語源についてもご紹介いたします。 いただきます 食事をする際に「いただきます」と言います。 「いただきます」の語源は、神様からものをいただくという意味や、食材として使われているすべてのものに対して命をいただきますという感謝の気持ちを込める意味があると考えられています。 また、食材を育てたり捕ったりした人や、食材を運んでくれた人、調理を行った人など、食事に携わっている人たちに感謝の気持ちを込めていう言葉です。 ご馳走さまでした 食事を終えた際には「ご馳走さまでした」と言います。 「ご馳走でした」という言葉は、食事に携わった人へ感謝の気持ちが込められています。 「いただきます」と同様に、感謝の意味が込められている言葉です。 「お粗末さまでした」は方言なのか 実家や親戚の家、友人や職場など、おみやげを渡す場面では「お粗末さまでした」という言葉を使わないことをおすすめします。 おみやげを渡す際には謙遜をして「つまらないものですが」と言う場合があります。 「つまらないものですが」という言葉は、誠意を持って選んだけれど、相手が立派でつまらないものに思えますという意味がこめられています。 しかし、つまらないものを渡すという意味に捉えられる場合もあるため、失礼だと思うケースもあります。 おみやげを渡すときの言葉 おみやげを渡すときにおすすめの言葉をご紹介します。 ・心ばかりですが ・ほんの気持ちですが ・お口に合うとよいのですが ・お気に召すと嬉しいのですが ・ありきたりのものですが おみやげを渡すときには、謙遜することも大切ですが、相手のことを思って選んだことや、相手を喜ばせたいという気持ちを伝えると良いでしょう。 「お粗末さまでした」という言葉は、使うシチュエーションによっては失礼になる可能性があります。 「お粗末さまでした」は「ご馳走さまでした」という感謝の気持ちに対して、謙遜をする返事です。 「いただきます」や「ご馳走さまでした」は、食事を食べるために携わった人に対する感謝を表している言葉ですが、「ご馳走さまでした」という言葉は、料理を作った人に対して感謝を示している場合が多いです。 そのため、料理を作っていない人が「お粗末さまでした」と答えてしまうと、失礼だと捉えられてしまうケースがあります。 自宅でお客様のおもてなしをした場合 自宅でお客様を招いて食事などのおもてなしをした場合には、料理を作ってはいない人が「お粗末さまでした」と返事をすると、料理を作った人がたとえ身内であっても気分を害する可能性があります。 妻が料理を作ったにも関わらず、お客様を招いているのが夫だからといって、夫が「お粗末さまでした」と答えてしまうと、料理をした妻は気分を害することがあるため、使い方には注意が必要です。 お店で食事をした場合 お店で食事をして、お客様をおもてなしした場合にも「お粗末さまでした」と使うには注意が必要です。 「お粗末さまでした」という言葉は、料理を作った人に対しての感謝を示す言葉のため、お店で食事の代金を払ったからといって「お粗末さまでした」という言葉を使うことはふさわしくないと考えられます。 お店で料理を提供している場合にも、お客さんから「ご馳走さまでした」と言われた場合にも「お粗末さまでした」と答えるのはふさわしくないと考えられています。 お店でお客さんから「ご馳走さまでした」と言われた場合には「ありがとうございます」と答えることが一般的です。
次の言葉の正否ではなく、感情的な部分をお聞きしたいとアンケートに投稿いたしました。 「お粗末様でした」は、「ご馳走様でした」に対する謙譲の返答と理解しています。 (関西方面では「よろしゅうおあがり」というらしく、関東以北で使われる言葉のようです。 ----以下自答---- あまり素敵な言葉だと感じられません。 家庭環境の影響が大きいと思います。 両親は共働きで、収入の程度も殆ど全く同じです。 父は単身赴任の期間が長く、 必定、家事の一切を母が担っていました。 母曰く、毎日頑張って作っている食事を ものの言葉とはいえ、粗末だなんて自ら言うなんて、悲しくてやりきれない。 そのため、家事の一部を早くから担っていた こともあり、母の気持ちにはとても共感を覚えたのです。 他人様を招待した場合ならまだ納得できるのです。 おもてなしの範疇、礼節として。 (それでも個人的には「お口に合えば幸いです」を使うと思います……) ---------------- 長々と自説を述べてしまいましたが、何卒ご容赦ください。 これがあまりにも自らの感じ方と乖離しているのと、ご家庭の在り方によって感じ方に 違いがあるのかもしれないとの思いから、このようにお尋ねさせていただきました。 ご不快になられるような表現等がありましたら申し訳ございません。 よろしくお願い致します。 改めて考えてみると、「お粗末様」はあまり使いたく無い言葉ですね。 自らを謙って謙遜を美徳とする日本の古き良き習慣だとしてもです。 私が子供の頃、両親に教わったのは、「いただきます」と「御馳走様でした」は料理を作ってくれた人はもちろん、その料理の材料、お米だとか野菜を作ってくれた人達に感謝すること。 そして、鳥や豚、牛、魚など私達の食事の為に捧げられた命に感謝することがその言葉に含まれている。 だから「いただきます」と「御馳走様」はちゃんと言うように、と育てられました。 その教えで言えば、「御馳走様」に対しての「お粗末様」は食事を提供するために絶たれた命や労力に対しての侮蔑とも取れます。 だから、私は敢えて「お粗末様」という言葉は使いません。 上記の理由でもてなした側であっても、一緒に「御馳走様」を言います。 因みに「愚妻」も「豚児」もやりすぎだと思います。 「いただきます」が命への感謝の言葉なのですから、対になる「ご馳走様でした」が そうではない理由、ありませんよね。 作り手への感謝と共に、食べ物への感謝を。。 この観点を思わないでもなかったのですが、どんどん自答が意見論文めいたものに なってきてしまい(笑)、内容を感情の部分に集約することにしました。 母も一緒に「ご馳走様でした」と言っていました。 ここまでの深い思慮があったかまでは定かではありませんが。。 「豚児」……知見にはありますが、幸いというか今まで使っている場面を直に聞いたことは 全くありません。 知ったときは衝撃を覚えました。 なんて酷い字面なのでしょう。。 同じような言葉では「不肖の誰某」とよく言われるような。 これも賛否があるでしょうね。 「愚妻」は、TVの中などでですが、まだ耳にすることがあります。 本当に「どんだけ~!?」ですよね(爆笑)凄く相応しい! 最近は、むやみやたらと貶める表現は歓迎されなくなってきたようですね。 思ったより多くの方に同意をいただけて、少し安心しました。 この度はありがとうございました。 忌憚のないご意見をいただけてとても嬉しかったです^^。 沢山あるアンケートから、この質問にお答えくださり、ありがとうございました。 ポイントは、筆力が及ばず書きあぐねていた思いに触れてくださったNO. 7様へと、 我が母の思いを代弁されたと思しき(本当に全くそっくりです!)NO. 4様へと付けさせていただきます。 それではまたお目にかかる機会などございましたら、宜しくお願いいたします。 3様のお答えでも感じましたが、そういうところはあるかもしれません。 日常の会話で、しかも親しい気軽な間柄ともなれば、変にかしこまって聞こえますよね。 そして「料亭のおかみ」ならば、正に体現者というにふさわしい。。 でも「素敵」とまでは感じられないとのこと。 「謙遜に対する、マイナスイメージ」(本当はそう思ってないくせに)! ははは、率直で直球ですね!!うん。 そう思うこともあります。 だって誰だって褒められたら 嬉しいですもんね。 で、私はそれに恐縮してしまって大抵謙遜するのです(笑) 勿論、なんでもかんでもすればいいってものではないですけれどね。 「お粗末様」が私にとっては恰好の例外でした。 この度はありがとうございました。 御馳走様・という作り手への感謝の気持ちに対しての姿として結構好きです。 子供である息子や舅にもそうだから習慣のようです。 しかし・・自分が家族にお粗末さ~ん(お粗末様でした)というかは???本当にお粗末な時には絶対言えないです。 家族には笑顔で、はいよ~で終わりかな(実家の母も)。 たぶん、目上の方や来客のときにしか使わない。 同じくお粗末様は謙譲だと思うので、日本の美徳・日本らしい表現だと思います。 言ってもらうのは好感で、自分では言えない。 使いこなせる自分であれば・・ありたい。 と今回考えさせていただき少々反省です。 しかしながら、今の日本においては謙遜な姿勢というのが誤解を招いたり読み取ってもらえなかったり・・があるのも現状ではないでしょうか・・・? 言葉って難しいですね。 習慣で培われた言葉であれば、やはり家庭環境が重きを占めるのだろうな、と合点しているところです。 実際に使われる方が身近にいて、好ましいと感じられるのですね。 それでも自分で使うには躊躇いがある、実際にお粗末だと思うときは特に。。 ということ、 また、目上の方や来客のときには使うとのこと、頷く方も多いご意見ではと思います。 私などは、ご実家で使われないのなら、使わなくても当然かなと感じてしまいますが(汗) 私も謙譲は日本的な美徳、日本らしい表現だと思うのですが、この「お粗末様」だけは苦手です。 謙遜したつもりが嫌味にとられたり、はあるでしょうね。 そもそも読み取ってもらえなければ 敬語も謙譲語も存在意義が……。 言葉って本当に難しいですよね! この度はありがとうございました。 この質問の発端は、情緒のある日本的な言葉が好きで、教えて欲しいというような題が過去に ありまして、気になって見てみたのです。 その例として筆頭に出されたのが「お粗末さまでした」で。 これも質問の仕方なのでしょうが、肯定されるご意見が続くことに一抹の不安を覚えたのです。 そんなに世間では良い言葉だと思う人が多いのだろうか?と。。 そうそう!贈り物の「つまらないもの」も、今はあまりよろしくない表現とされるように なってきましたね。 本当に時代と共に言葉は移り変わっていきます。 確かに「え、粗末なもの食べさせられたの?」と思う人が増えていくかもしれませんね(笑) 他の方も仰られていますが、ふさわしい場で使われたなら、素敵と思えたのかもしれません。 この度はありがとうございました。 へりくだり過ぎ、そこからの違和感だと思います。 家族内、しかも子供に対してですから。。 「愚妻ですが……」なんて、母が聞いたらブチ切れそうです(苦笑) 「お粗末様でした」を使うのは父方の祖母でした。 それこそ幼い頃は、何故彼女だけ皆と挨拶が違うのかと、 不思議に思っていました。 故に専業主婦が当たり前といったご家庭では違ったりするのかな?と。 生活環境の違いは、言葉に波及するものだということで納得です。 私も、日本ならではの言葉の豊かさはとても素敵だと思います。 そして敬語も謙譲語も時代と共に移り変わってきました。 これらの言葉は、そろそろ退場の時期が来たのかもしれませんね。 この度はありがとうございました。
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