御巣鷹 山。 御巣鷹の尾根に行ってきた|日航機墜落事故現場へ慰霊登山【写真大量】

御巣鷹の尾根を訪ねて。慰霊登山への車、電車での行き方と登山ルートの紹介

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日航123便墜落事故の事故調査報告書及び解説書が合理性に欠けると言うことについては、私もそう思います。 「生存者が急減圧及び急激な温度低下を感じなかったとしても不思議ではない」等と曖昧な文章で結論付けた文書については、説得力を持ち得ないと思います。 そもそも、当該事故原因の究明において、絶対的に不可欠な垂直尾翼の調査について、事故から2月半以上過ぎた11月しかも20日間のみの海底調査で終了したのですから、最初から調査する意思があったのかどうか疑わざるを得ません。 日本航空機長組合も、再三、再調査を要求していますが、実現はしていません。 本来なら、国際的な機関が再調査を実施すべきでしょうが、関係書類等が廃棄処分されている現状においては、困難であると思われます。 ただ、米国の公文書を保管する施設においては、当時の資料が残されている可能性はあると考えられます。 ある程度知識がありさえすれば事故調査報告書を見れば疑惑すらわきませんね。 中途半端に垂直尾翼の丈夫さを知っていたり、急減圧するとどうなるかを知っていると疑惑に思うかもしれませんが、あり得ないことを排除していけば事故調査報告書以外の結論は出てきません。 というか陰謀だ!と騒いでいる方は事故調査報告書を読んでない方が多い気がしますね。 少しググれば出てくるので疑惑に思ってる方は一度しっかり読み込んで見るといいかもしれませんね。 ミサイルでの撃墜説にも触れてますし 再調査はしてもいいですがやったところで結論に変わりはないと思いますし、まず第一に再調査の資金は何処から出すのかという問題がありますしね。 確実に事故調査報告書以外の結論が出るなら別ですが疑惑自体が現実離れしてるので誰も取り合ってくれませんね 追記:ブラックボックス内のフライトレコーダーにはギアが格納されていた情報がありますのでギアに問題はなく警報音が鳴るのは離陸警報ではなく客室高度警報ですよ 事故調査や報告書が不十分で合理性がないのではありません。 報告されている事故原因と過程が難解で、その内容を理解するのに専門的な知識が必要だからです。 しかも、本事故では一般の関心が高く、一般人も報告書を読むことになりました。 ですがその内容は難しくて、全員が全員理解できるものではありません。 後に解説書も出ましたが、これも難解な部分があります。 例えば修理ミスによる隔壁の破壊過程の解析や、事故機の破壊過程の解析に用いた「有限要素法」という解析手法は、構造力学などになじみがない人には難解な手法です。 とはいえこの解析手法は、世の中のあらゆるインフラ設備の設計で典型的に用いられている解析方法でもあり、我々は普段の生活の中でこの解析手法の恩恵を受けない日はないと考えられるほどありふれた解析手法です。 でも構造物の専門家以外はそんなことは知らなくて当然でしょう。 そして機内の「急減圧」については、「流体力学」という液体や気体の流れを科学的に説明する学問を、ある程度理解していないと理解するのは困難です。 そしてそれら専門的で難解な用語が理解できない人の一部が、その難しい言葉が「何者かによる原因隠匿の暗号」に見えてしまうのでしょう。 そうなってしまった人は、その難しい用語の内容を理解しようとするのでなく、その用語が難しいのでなく報告書に問題があると考えてしまいます。 その状態の人が陰謀論などにコロッとだまされてしまうわけです。 陰謀論はその難解な部分に「事実ではないが単純」な答えを用意してあって、まるで落とし穴のようにはまりやすく出来ているんです。 そうやってだまされちゃった人には、もう何を言っても無駄です。 難しい用語について説明しても、聞く耳を持ってくれません。 こうして歴史はねじ曲げられ、「事故調査報告書はおかしい」という論が無責任に広まってしまったわけです。 「事故調査報告書の内容がおかしい」と言う点は、誰もそれを科学的に説明できていません。 肝心な所がうまく曇らせてあって、報告書を論破できないのです。 またその「おかしい」に対する明確で正しい反論に、さらに反論できた人がいません。 せいぜい同じことを繰り返すだけです。 その「おかしい」論の出発点は、専門家や科学者ではなく常にそのような専門知識を持たない一般人です。 JALのパイロット組合があるだろうという人もいますが、JAL以外のパイロットはこの報告書に反論していません。 その上、報告書を作るために行ったのと同レベルの実験や解析を行った物もありません。 もちろん、事故調査報告書が間違っているという論文を高名な科学者が書いた事実もありませんし、そのような論文が学会などに出たこともありません。 つまり、世界中の航空や科学などの技術者の大半から、この報告書はほぼ満場一致で支持されているんです。 だから再調査など必要ありませんし、第三国による調査も必要ありません。

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御巣鷹山登山道について【4/22更新】 : 【公式】旅する上野村

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御巣鷹山慰霊登山 【お願い】 このページは1985年8月12日におきた航空機史上最悪の"日航ジャンボ機墜落事故"の事故 現場となった御巣鷹山(御巣鷹の尾根)に慰霊登山に行った時のレポートです。 航空機事故の悲惨さを伝え、絶対に風化させてはならないという思いから、現場で撮影 した写真をそのまま載せています。 そのため刺激的な写真も含まれていることをご理解いただき、自己責任でご覧下さい。 1985年8月12日、御巣鷹山(御巣鷹の尾根)に日本航空のジャンボ機が墜落しました。 当時5歳だった私も事故のニュースを見て、幼いながらに衝撃をうけ、生存者発見に驚い たのを思い出します。 あれから20年経った2005年8月14日に御巣鷹の尾根に向かいました。 この事故で520名の尊い命が失われ、単独機としては史上最悪の航空機事故となりました。 また、4名の方が奇跡的に救出されました。 その際に機体後部の"圧力隔壁"を破損しました。 その後、"圧力隔壁"を修理したボーイング社の修理ミスにより、飛行中に"圧力隔壁"が破損 したため垂直尾翼を喪失、操縦不能に陥ったのが事故の原因とされています。 しかし、この圧力隔壁破損説には疑問点も多く、真相は闇に包まれたままです。 途中でお線香を購入し、上野村へ入りました。 上野村に入り、さらに進むと"慰霊の園"の案内板が目に飛び込んできました。 案内板のとおりに進み、まずは"慰霊の園"へ向かいました。 事故から1年後に建てられた"慰霊の園"は墜落現場から少し離れた場所にあります。 合掌をイメージした、高さ11メートルもある慰霊碑。 その後ろには納骨堂があり、 身元確認のできない遺骨が123個の骨つぼに納められて眠っています。 お線香をお供えし、520名の御霊の御冥福をお祈りしました。 納骨堂の前にある石には亡くなられた方々の名前が刻まれています。 "慰霊の園"からは"御巣鷹の尾根"と書いてある看板通りに進みます。 途中、勾配のある長いトンネルを何本もぬけました。 この道は事故後に整備された道です。 しばらく行くと本格的な山道に入ります。 アスファルトがえぐられ、雨水がたまっている 箇所や落石している場所もあり、注意が必要です。 ここが"御巣鷹の尾根"に登る 登山口です。 車で行けるのはここまでです。 広場の先に橋がかかり、道が出来ていたのでそのうち もっと上まで車で行けるようになるかもしれません。 1本1本、メッセージが書かれています。 当たり前のことですが、持って登ったら必ず持って下山しましょう。 もちろん私もお借りしました。 大切に使わせていただきましょう。 この時点で時刻は1時半を過ぎていました。 私が行った日は午後から夕立ちの予報だったので、ハイペースで登りました。 ボーイスカウトで登山は慣れているとは言え、正直思っていたより辛かったです。 見返り峠を越え、スゲノ沢に出ます。 ここに案内図が置いてあったのでいただきました。 さらに登ると、山小屋とトイレがありました。 ここから墜落現場はすぐです。 すごい急斜面に数えきれないほどの墓標が立つ、この光景は衝撃的でした。 墓標一つ一つに手を合わせつつ、さらに急斜面を登ります。 急斜面を登りきると「昇魂之碑」や「安全の鐘」のある広場に出ました。 この広場付近に機体の機首部分が激突したといわれています。 遺族の方をはじめ、慰霊登山で訪れている方々がたくさんおられました。 「昇魂之碑」にお線香をお供えし、犠牲者の方々のご冥福をお祈りしました。 さらに「安全の鐘」をならし、二度とこのような悲惨な事故がおきないようにお祈り しました。 「遺族の碑」や「遭難者遺品埋設の場所」 などがあります。 「遭難者遺品埋設の場所」の横には機体の部品が転がっていました。 事故から20年が 経っていますが、まる焦げの木がそのまま残っていました。 これは"U字溝"と呼ばれ、墜落する直前に機体の右主翼があたって削られたあとです。 機体がものすごい角度(ほぼ垂直)で飛んできたことがわかります。 操縦不能に陥った機体を立て直そうと、苦闘する乗務員のことが頭に浮かび、込み上げて くるものがありました。 墓標の様子も写真に撮りましたが、御遺族の気持ちを考え、ここには1枚しか 掲載しません。 どんな気持ちで操縦不能の機体に乗っていたのか、どんなに無念だったかを考えると言葉も 見つかりません。 事故から20年・・・ 大切な人を失った家族の心の悲しみは、いくら時間が経っても消えることはありません。 今回の登山を通して、航空機事故の悲惨さ、残された遺族の悲しみを再認識しました。 飛行機の素晴らしさだけを伝えるのではなく、ときにはたくさんの命を一度に奪ってしまう 危険性をも持っていることを伝えることも必要だと思い、このページを製作しました。 我々にできることは、"空の安全を願うこと"、"たくさんの命を失ったあの事故を忘れない こと"です。 520名の方の御冥福を心よりお祈り申し上げます。

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御巣鷹山飛行機事故にはさんまを始め多くの芸能人が搭乗予定だった

御巣鷹 山

1985年8月12日。 御巣鷹山であった墜落事件を知らない人はいないでしょう。 羽田発大阪行きのJAL123便にて、520名もの人が亡くなった通称 「日航機墜落事故」「日航ジャンボ機墜落事故」です。 毎年夏が近づくと、御巣鷹山へ慰霊登山に行きたいと考える人は数多くいます。 遺族以外の人も、慰霊登山に参加することは問題ありません。 「小説を読んだから」「テレビの特集を見たから」という理由での慰霊登山でも大丈夫です。 服装も、長袖・長ズボンなら安全で、登山用のブーツなどの準備も必要ありません。 ただし、いくつかのマナーと心構えは必要です。 それでは、 今「慰霊登山に行きたい」と考えているあなたのため、慰霊登山に必要なものをまとめていきましょう。 ただ、 長ズボンと頑丈ではき慣れた靴がオススメです。 タオルも多めにもっていきましょう。 慰霊登山の際、特別な服装やマナーは必要ありません。 途中にトイレ・休憩場もあります。 無理に献花をする必要はないし、食べ物を持っていくのはむしろ危険です。 整備されているとはいえ山なので、熊をはじめとする野生動物が寄ってきてしまう危険性があります。 なにより大切なのは 「御巣鷹山は観光地ではなく、事故の現場」だという意識。 すぐ隣ですれ違う相手が、事故のご遺族ということもよくあります。 慰霊登山には誰でも参加することはできますが、 誰もが思いやりの心を持つことが大切なのです。 【日航機墜落事故】御巣鷹山の慰霊登山 2003~2007年 昇魂之碑まで山のふもとからの時間は? 事故現場に建てられた慰霊碑である「昇魂之碑」までは、 登山口から登っていくのがオススメです。 登山口に10台分ほどの駐車場がありますが、夏場は登山者が多いので、駐車できないかもしれません。 登山口から昇魂碑までは、約800mあります。 以前あった旧街道と呼ばれているルートに比べると、約半分の道のりになっています。 昇魂之碑までは、 片道約30分ですから、朝早くに登る必要はありません。 けれど、慰霊の園で行われる灯篭流しへの参加を考えているのならば、 墜落時間である夕方の6時56分に間に合うように行動しましょう。 歩く際に注意するのは、滑りやすい道が多いので、 杖を使って歩いたほうが安全だということ。 特に高齢の方、足が悪い方には絶対に杖が必要です。 杖は現地で貸し出されていますが、貸出中と言うこともあり得ます。 登山者が多い夏場は、スキーストックなどの頑丈で長いものを持参していくと安心ですね。 日本中が注目をした日航機墜落事故とは? 日航機墜落事故は、 昭和60年8月12日に発生し、乗員乗客合わせて542名中520名の方が亡くなりました。 「単独機で史上最悪の航空事故」とも呼ばれています。 日本中の誰もが知る痛ましいこの事故の原因は、現在もハッキリしていません。 「後部圧力隔壁の修理が不適切だったため」ということが一般的ですが、それでもまだほかの可能性があるかもしれないと議論されています。 確かなことは、 この事故を風化させてはいけないこと。 そのため、御巣鷹山は現在「安全を願う聖地」と呼ばれています。 毎年「安全・安心・平和」を願う慰霊登山が始まったのは、昭和63年のことです。 慰霊登山は、ご遺族が発足した「8・12連絡会」が先頭に立って始まりました。 その目的は「 世界の空が安全になること」です。 悲しみにうつむくのではなく、強く支えあうのだと決めた「8・12連絡会」のみなさまの思いが、慰霊登山のはじまりです。 御巣鷹山に登るのならば「世界の空が安全になること」をともに祈る気持ちでいきましょう。 日航機墜落事故を題材にした小説・本 人々の心に大きく影を残したこの事故は、多くの小説・本になっています。 中でも特に心に残ったものを紹介していきますね。 沈まぬ太陽(山崎豊子:著) 日本航空関係者の体験をもとにしたフィクション小説です。 映画化・ドラマ化もされました。 主人公のモデルは元日本航空の反会社側組合の労働組合委員長・小倉寛太郎氏だとされています。 ほかの登場人物も関係者がモデルとの話ですが、フィクションであり、物語としての面白さを追加されている部分もあることには注意が必要ですね。 感想としては、 主人公の「なにがあっても安全を求める姿勢」に深い感動を覚えました。 当時の日本航空がここまでブラック企業だったと思い込むのは危険です。 しかし、被害者の無念を晴らすためにどれだけつらい状況でも、安全のために戦う人がいたということは、間違いなく胸をあつくします。 クライマーズ・ハイ(横山秀夫:著) 著者が日航機墜落事故を取材したときの体験をもとにしたフィクション小説です。 事故が起きてから七日間、事故の状況がハッキリするまでの動きを描いています。 「クラマーズ・ハイ」もフィクションですので、登場人物の短所のすべてを鵜呑みのするのはNGです。 ただ、痛ましい事故を受けてなお 「歴史的事件を自分たちで記事にしたい」という記者としての思いと、遺族を思う個人としての葛藤は深く考えさせられました。 当時、日航機墜落事故がどのようにとらえられていたのかについて、これ以上わかりやすい資料はないでしょう。 事件からわずか1年後に出版され、実際の取材内容をまとめたこの本は、読んでいるだけで息が苦しくなりました。 あまりにリアルで、正直二度と読み返したくはありません。 けれど、生存者の証言や、遺体の状況などを知ることは、 慰霊登山に大切な「事故を風化させない気持ち」を強く抱かせます。 本当に御巣鷹山に登りたいのならば、絶対に読むべき1冊です。 山道特有の厳しさもあり、急斜面も多いですが、整備されているので遭難の心配をしなくても大丈夫。 服装も「長ズボン・暑さ対策をした服」ならOKです。 けれど、慰霊登山のための心構えは、簡単にできるとは言えません。 どれだけ想像力を働かせても、亡くなった方の恐怖や無念のすべてを理解することはできません。 ご遺族の悲しみに寄りそうこともできません。 それでも、二度とあのような事故が起きてはいけないと祈ることは、誰にでも許されています。 慰霊登山が祈りのための手段であることは確かです。 日航機墜落事故は、歴史上のできごとではなく、現在も対策が続けられている事件です。 そのことをしっかりと胸に刻み、険しい御巣鷹山を登り切ったのであれば、自然に「世界の空の安全」を祈ることができるでしょう。

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