もてぎ ロード レース 選手権。 全日本ロードレース選手権

茂木二輪工房

もてぎ ロード レース 選手権

茂木二輪工房• レース結果• 木曜日にご来店・修理等を希望される方は、事前に連絡をお願いします。 ご理解・ご協力のほどお願いいたします。 【決勝結果】ST1000クラスに参戦の新井久美選手は、10位でゴールしました。 ST1000インタークラスに参戦の茂木正人選手は、5位でゴールしました。 リザルトは 、および をご覧ください。 お手伝い・応援していただいた皆さん、どうもありがとうございました! 2020年レース参戦計画 2020年は下記のレースに参戦予定です。 応援をお願いするとともに、スポンサーも随時募集してます。 よろしくお願いします。 3月21〜22日・・・(ツインリンクもてぎ:栃木県茂木町)• 中止: 5月9〜10日・・・テイスト・オブ・ツクバ SATSUKI STAGE(筑波サーキット:茨城県下妻市)• 中止: 5月16〜17日・・・(ツインリンクもてぎ:栃木県茂木町)• 中止: 5月24日・・・2020 バトラックス ノブアツ杯 ハルナシリーズ (ハルナモータースポーツランド:群馬県榛東村)• 7月25〜26日・・・(ツインリンクもてぎ:栃木県茂木町)• 8月9日・・・2020 バトラックス ノブアツ杯 ハルナシリーズ (ハルナモータースポーツランド:群馬県榛東村)• 8月22〜23日・・・(ツインリンクもてぎ:栃木県茂木町)• 9月26〜27日・・・(ツインリンクもてぎ:栃木県茂木町)• 11月1日・・・2020 バトラックス ノブアツ杯 ハルナシリーズ (ハルナモータースポーツランド:群馬県榛東村)• 11月7〜8日・・・テイスト・オブ・ツクバ KAGURADUKI STAGE(筑波サーキット:茨城県下妻市)• 12月13日・・・2020 バトラックス ノブアツ杯 ハルナシリーズ (ハルナモータースポーツランド:群馬県榛東村) レース場マップ 全国の二輪レース場のマップを作成しました。 リンク先は、となります。 中古バイク販売 茂木二輪工房では、長いレース経験で培ったバイクの整備ノウハウを惜しみなく投入し、ライダーにとって乗りやすく・乗り心地の良い中古バイクを販売しています。 中古バイク販売の公式ページは、 です。 こんなお店です。 ソフトからハードまで!バイクの事でしたら、乗り方・レース・修理・カスタム等、何でもご相談下さい。 ショップ外観 店内の様子 屋外休憩コーナー こんな設備が揃ってます。 旋盤・フライス盤など 油圧プレスなど 各種工具 バイクリフト タイヤチェンジャー セコムしてます。

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MFJ Online Magazine:レディースロードレース

もてぎ ロード レース 選手権

REPORT 中須賀がシリーズ後半戦のスタートレースで優勝 野左根は転倒から再スタートして11位フィニッシュ 鈴鹿8耐を挟み全日本ロードレースのシリーズ後半戦がツインリンクもてぎでスタート。 そしてYAMAHA FACTORY RACING TEAMの中須賀克行選手は予選2番手から好スタートを切ると第1〜第2コーナーでトップに立ち、今季3勝目を挙げた。 また、セカンドロー5番手スタートとなったチームメイトの野左根航汰選手は8周目の第5コーナーで転倒するが、すぐに再スタートを切って11位でチェッカーを受けた。 真夏の陽射しが照りつけるツインリンクもてぎ。 気温は34度、路面温度は50度を超え、こうした状況下での長丁場23周レースはライダーの体力勝負の一面も出てきた。 レースのスタートの合図とともに真っ先に第1コーナーに飛び込んだのは水野涼選手(ホンダ)だったが、第1コーナーでアウト側へとはらんでしまい、ここで中須賀がインを突いてトップに浮上する。 また、野左根も第2コーナーで2番手に上がり、YAMAHA FACTORY RACING TEAMが1-2フォーメーションとなった。 2周目に入ると中須賀選手、野左根選手、水野選手の順でトップグループが構成されるが、5周目に野左根選手は水野選手の先行を許してしまう。 そして8周目の第1〜第2コーナーで、今度は野左根選手が水野選手をパス。 その後、2人は激しいポジション争いをするが、第5コーナーで野左根選手は転倒してしまう。 これでトップは中須賀選手と水野選手のマッチレース。 5秒差を切る首位攻防はレース中盤以降でも白熱を増していったが、中須賀選手は主導権を譲らないばかりか23周レースの22周目に自己ベストを記録して今季3勝目をマークした。 また、転倒後に再スタートした野左根選手は11位でゴール。 YAMALUBE RACING TEAMの前田恵助選手は10番グリッドからスタートし、9位でチェッカーを受けた。 COMMENT YAMAHA FACTORY RACING TEAM 中須賀克行選手(優勝) 「シリーズ後半戦の最初のレースで勝てたことは率直にうれしいです。 レースウイークに入ってからマシンのセッティングをいろいろと変更して、うまく行かずに苦戦していました。 そして決勝レースは気温と路面温度が上がったので、最後はこのコンディションにマシンを合わせて走れるライダーが勝つと思っていましたが、久々にスタートをうまく決めることができて、レースを主導できたのが勝因です」 野左根航汰選手(11位) 「水野選手とのポジション争いの中でちょっと無理をしすぎたし、もっと落ち着いて行けば良かったのかもしれません。 しかし、ここ何レースか自分の中で守りに入っていることが多くて、攻めの気持ちが薄らいでいたので、仕掛けることができたのは気持ち的に良かったけれど、転倒は余計でした」 吉川和多留監督 「中須賀選手、野左根選手ともにスタートがうまく決まりましたが、これは鈴鹿8耐前からトライしてきたものが機能しました。 そしてこの好スタートが、中須賀選手の優勝を後押ししてくれました。 マシンは、改善すべき箇所がまだありますが、中須賀選手が勝ってくれたことで調整も進みます。 野左根選手は、ポジジョン争いの中でちょっと焦った感がありますが、こうした部分も含めてこのレースを見つめ直し、さらなる飛躍につなげてほしいと思っています。 暑い中、今回も多くのファンの方から応援をいただきましたが、そうしたファンのみなさま、我々の活動をサポートしていただいているスポンサーや関係者のみなさまに改めて優勝のご報告をさせていただきます。 ありがとうございました」 YAMALUBE RACING TEAM 前田恵助選手(9位) 「予選からずっとマシントラブルが出ていて、それを解消するために時間を使ってしまい、マシン全体の調整が遅れてしまいました。 ただ、僕もチームも課題としている部分がはっきりとしているので、これを次戦の岡山大会に活かしたいです」 難波恭司監督 「今大会は四輪レースとの併催や気温の上昇に合わせて路面温度も上がるなど、コースコンディションは良い状態ではありませんでした。 それでも、前田選手もチームも、いい流れを作ることができましたし、これが今後の経験につながると実感しています。 すぐに次戦・岡山国際のテスト、そしてレースとなりますが、今大会での経験を活かして戦えるように準備を進めます。 応援していただいたファンのみなさま、そしてスポンサーをはじめ関係者のみなさまに感謝いたします」.

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全日本ロードレース選手権

もてぎ ロード レース 選手権

概要 [ ] に第1回の日本グランプリがで開催された。 その後での開催も含めまでに5回開催された。 1987年に世界選手権が再び開催されるまでは、の鈴鹿サーキットで開催される最終戦に「日本グランプリ」の名称が使われた時期がある。 よりと鈴鹿サーキットの隔年開催となる。 しかし初開催されたツインリンクもてぎでの開催実績が良かったことから日本で年2回開催になり、より春に日本グランプリが鈴鹿で、秋にがもてぎで開催されるようになった。 この2000年の日本グランプリでは地元日本勢が125ccが1位、2位、3位、250ccが1位、2位、3位、500ccが1位、3位と、表彰台計9ポジションのうち8ポジションを独占する快挙を成し遂げている。 特に250ccは3人が絡み合うようにチェッカーを受け、1位から3位までがわずか0秒231(4位のは約15秒離されている)という大会史に残る大接戦であった。 しかし大会で、MotoGPクラスでの死亡事故や、やが大怪我を負う事故が相次いだことから鈴鹿サーキットの安全性が問われ、以降の同サーキットでの開催が中止、ツインリンクもてぎでの開催が日本グランプリとなっている。 なお現状鈴鹿サーキットがMotoGPセーフティー・コミッション(この2003年の事故を契機として、MotoGP参加ライダーを中心に構成された安全委員会)の求める項目を満たすにはスペース的な問題で実現がかなり困難である上、この年にFIMのグレードA認定が取り消され、グレードB認定サーキットとなった為(MotoGPの開催にはFIMグレードA認定が必要。 2011年現在日本でグレードA認定を受けているサーキットはツインリンクもてぎのみである)鈴鹿サーキットでの日本GP開催は現状ほぼ不可能な状況であるといえる。 大会は、当初の予定では4月23日 - 25日に第2戦として開催予定だったが、のによって大規模な空路封鎖が発生し、ライダーやチーム関係者の移動が困難になったため、10月1日 - 3日に開催が延期された。 翌の大会は4月22日 - 24日に第3戦として開催予定だったが、の影響で9月30日 - 10月2日に延期された。 による放射線の影響を警戒するライダーが多く一時は開催が不安視されたが 、がイタリアの第三者機関に委託した調査の結果、放射能の危険は無視できる程度であると報告され 、最終的にはほぼ全てのライダーが参戦し無事開催された。 の大会は新型コロナでドルナ社は欧州開催に集中するため主催者は中止を決断。 歴代日本グランプリ優勝者 [ ]• 地の色がピンク色の部分はノンタイトル 年 サーキット 50cc 125cc 250cc 350cc 結果 () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () 年 サーキット 125cc 250cc 500cc 結果 () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () 年 サーキット 125cc 250cc MotoGP 結果 () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () 年 サーキット 125cc Moto2 MotoGP 結果 () () () () () () 年 サーキット Moto3 Moto2 MotoGP 結果 () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () () 日本GPが開催されたサーキット [ ]•

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