プリプリ ダイヤモンド。 PRINCESS PRINCESS Diamonds(ダイアモンド) 歌詞&動画視聴

PRINCESS PRINCESS DIAMONDS(ダイアモンド) 歌詞

プリプリ ダイヤモンド

プリンセスプリンセスが情熱大陸に! アラフィフメンバーが再結成して仙台ライブ! 解散理由はそもそも何だった? 2019年8月31日 プリンセスプリンセス〔PRINCESS PRINCESS〕といえば、我々アラフォーの 青春そのもの。 伝説のガールズロックバンドの名曲たちとともに、部活動で汗を流したこと、今でも続く友情をはぐくんだこと、異性への思いに人知れず涙を流したことなど、数々の甘く切ない思い出がよみがえります。 1990年代のことでしたね。 現在は「50代だって~いやぁねぇ」のオバチャンバンドになってますけど。 笑 プリプリのwikiプロフィール 【名前】プリンセス プリンセス 【英語表記】PRINCESS PRINCESS 【略称(愛称)】プリプリ 【結成】1983(昭和58)年 【解散】1996(平成8)年5月 武道館公演 【再結成】2012年/2016年 【平均年齢】50歳(執筆時) 【所属事務所】• 1983~85(昭和58~60)年 TDKレコード バンド名「赤坂小町」• 1985~86(昭和60~61)年 音楽座 バンド名「JULIAN MAMA〔ジュリアン・ママ〕」• 1986~96(昭和61~平成8)年 シンコーミュージック バンド名「PRINCESS PRINCESS〔プリンセス プリンセス〕」 【メンバー】• 奥居 香〔現:岸谷 香〕さん(ヴォーカル)• 今野 登茂子さん(キーボード)• 富田 京子さん(ドラム)• 中山 加奈さん(ギター)• 渡辺 敦子さん(ベース/リーダー) 【代表曲(売上げ順)】• Diamonds〔ダイアモンド〕(1989年4月21日) 109. 7万枚 「 プリンセス プリンセス」と改名してからは、 自分たちで歌う曲は必ず自分たちでつくるというポリシーを貫いてきたんだそうです。 プリプリの曲は、どれを聴いても思い出だらけです。 ここには「 M」を載せませんでしたが、もう涙なしには聴けない曲ですよね。 こちらは9曲目に収録されてます。 「 STAY THERE」は英語で、直訳すると「そこにいなさい」。 犬の調教・・・ 笑 「こっちに来るんじゃねーぜ」「そこでジッと待ってやがれ」という意味に取れなくもないんですが。 抽象的すぎて、何を表現しているのかよく分かりません。 あはは。 離れていてもずっと応援してるからね、私を忘れないでね、みたいなことなんでしょうかね。 再結成 仙台ライブ in 2012 プリンセスプリンセスは、2012年4月8日の情熱大陸にも出演していました。 16年ぶりの復活を果たした、このときの平均年齢は46歳。 「 おばんセス おばんセス」にならないよう、「 PRINCESS PRINCESS」の名前を汚さないように、(「本当は出たくない・・・」なんて洩らしながらも)頑張っていらっしゃる姿に心打たれます。 昔の歌手を招いて舞台で歌わせる拷問のような番組がたまに放送されますが、音楽に携わるお仕事を続けていない方に関しては、本当に気の毒でしかありません。 上記のことから、一番苦労したのはヴォーカル担当の岸谷 香さんだったのではないかと個人的には思ってます。 でも、前回の情熱大陸の動画を見て驚きました。 さすがレジェンド。 大したものです。 8か月のトレーニングで16年前に負けずとも劣らない声を出していたのには感心しました。 番組の内容に少し触れてみる 2011年3月11日の早朝、東北地方を襲った東日本大震災。 メンバーは、「 プリンセス プリンセス」としてできることがあることに気付きます。 あるメンバーは連絡のつかない我が子の安否を あるメンバーは夫を あるメンバーは年老いた親を そして友人、知人・・・ それぞれの大切な人を思い、かつて感じたことのない不安感と恐怖感に身を震わせたのでした。 数日後、元プリンセス プリンセスのメンバー間で、お互いの無事を確認する内容のメールが回りました。 全員に一斉メールが回るのは数年ぶりでした。 たくさん話をしました。 そして私達は、1人では決してできない大きな支援が 5人集まればできるということを思い出したのです。 2012年、プリンセス プリンセスは、震災復興支援のために、絶対にないと思っていた再結成を決意いたしました。 この活動における収益金は、復興・復旧のために寄付させていただきます。 2012年1月6日 プリンセスプリンセス (公式サイトより) このとき、5メンバーのうちミュージシャンとして活動を続けていたのは1人のみで、1名は教育に携わる者として活躍、3名は結婚・出産を経て母となっていました。 せっかくやるなら、16年前以上の音楽を・・・!! と練習に励みました。 ライブでは「本当なのよ?」と岸谷さんが笑いながらファンに語りかけていました。 富田 京子さん(ドラム) 8か月の間、密かに練習を重ね、ライブに挑みます。 2012年の再結成に向けての練習では、 ドラムの富田京子さんが息切れ 笑 10年のブランクを感じさせないバチさばきでしたが、体力的には1曲たたき抜くのが限界ダイエットを志しました。 9か月で4キロ落としたんだそうです。 11年前に一般男性と結婚し、現在では2人の子供さんを育てる主婦になっています。 下の子を保育園に預けていますが、延長保育とママ友を頼りに、練習を続けてきたんだそうです。 渡辺 敦子さん(リーダー・ベース) リーダーの渡辺敦子さんはバツイチ。 音楽学校の副校長として多忙な毎日を送っています。 ある日の授業風景では、ミリオンセラー「世界でいちばん熱い夏」の譜面を使って生徒さんにベースを教えていました。 あっちゃんが若い生徒さん等に向かって「この曲を知ってる人?」と聞くと、ほとんどの生徒が手を挙げなかったシーンが印象的でした 笑 彼女は、3・11のとき、何ができるかと考えるまでもなく、瞬間的に「プリプリしかない」と思ったそうです。 改めて拍手を。 岸谷 香さん(ヴォーカル・ギター) ヴォーカルの岸谷 香(旧姓:奥居)さんは、2人の小学生のお母さん。 自分のことは自分でやるように、お母さんがお仕事をするためには あなたたちの協力が必須なのよ、というお話もされたんだそうです。 中山 加奈子さん(ギター) ギターの中山加奈子さんは「 Voo Doo Hawaiians」というインディーズバンドで音楽活動を続けておられます。 『この解散が正しかった』と思える生き方をします この誓いを裏切らない生き方ができているのか? 折に触れ、思い出すのだそうです。 今野 登茂子〔ともこ〕さん(キーボード) 小学校2年生の女の子を持つ専業主婦になっていました。 「 『キーボードの人って一番かわいい人でしょ?』って言われてたよ」って今でも言われることがあるんだそうで、それがプレッシャーなんだと。 申し訳ない気がして、本音を言えば出たくないんだそうです 笑 そんなことおっしゃってましたが、その辺の50歳よりはずっとキレイで、ほっそりしてましたよね^^ それに、突発性難聴を患ったことがあり、耳の聞こえも心配だったんだそうです。 夫は俳優で映画監督の 利重 剛〔りじゅう・ごう〕さん。 この再結成の話に、旦那さまは賛成だったんだそうです。 子供にとって専業主婦のお母さんでしかなかった。 音楽をやって皆に愛されていた姿を1度でいいからぜひ見せてやりたい、と。 ステージを降りて過ごした長い時間は、決してブランクではなく、 彼女たちの生きてきた人生だ。 40歳を超えた今だから出せる音がある。 16年前の解散は間違ったものではなかった。 そう思える人生を送ってこられたはずです^^ メンバーのうち3人は、ライブのスケジュールが決まると、真っ先にしなければならないことがあります。 プリプリが被災地に贈った ここ仙台PITでも、2016年3月11~13日の3日間にわたりライブが行われました。 このライブを皮きりに、名古屋、大阪などを回ります。 チケットの競争率はそりゃもうスゴかったでしょうね。 今回のツアーは「3年ぶりの再結成」ではなく、2012年の再結成の締めくくりとしての活動なんだそうです。 仙台PITが完成し、オープンにこぎつけたことの記念なんですね^^ 仙台PITってどんな施設? プリプリが2012年の1年間の再結成期間に集めた 3億円の寄付金を投じて被災地に建設したライブハウスです。 音楽を通した震災支援を・・・ メンバーとファンの思いが詰まっています。 オープン日の3月11日から情熱大陸放送日の今日(3月13日)まではプリプリのライブ、その後は NMB48(チームM)なんかも来る予定になっているようですね。 (公式サイトより) 4月3日には心屋仁之助さん、4月24~25日は騒動の渦中(もう過ぎた?)のゲスキワも来ます。 【開業】2016年3月11日(震災からまる5年ですね) 【URL】【Tel】022-393-8818 【所在地】〒982-0007 宮城県仙台市太白区あすと長町2-2 【アクセス】 1996年当時の解散理由 メンバーの目指すものに食い違いが生じたこと、だそうです。 新しいプリプリを模索しようとしたメンバーと、これまでに培われたプリプリのイメージを大切にしたい、と考えたメンバー。 平行線をたどり、交わることのないままとなってしまったのだそうです。 不仲になって解散するバンドが多いように思います。 私たちが大好きだった「プリプリ」のままで解散した彼女たちは、ファンの気持ちを大切にする素晴らしい心を持った伝説のガールズバンドです。 やっぱり レジェンドは偉大。 順風満帆なミュージシャン人生ではなかったんですね。 だからこそ、人の胸を打つ音楽がつくれたのかもしれません^^ アイドルガールズバンド【赤坂小町】 プリプリが「 」というバンド名で活動していた時期があることをご存じでしょうか? 当時の雑誌記事を見つけましたので、掲載させていただきました。 「なぜ今 赤坂小町なのか? 女子高生なのか?」 これ読んで憤懣やる方なしな気分にさせられたのが、「 『青春エッチ学園もの』で突っ走ろうと思っている」「時代は今や、ヘルシー女子高生の肩口からふとのぞくブラジャーのひもを求めている」というくだり。 全国からヴォーカルと楽器のトップを集めてきておいて、いくら何でもそれはないんじゃないですかね? 私は プリプリの現在形しか知りませんでしたから、本当~に びっくりぽんでした。 もうね、文句をつけたらとめどなく出てきますよね。 デビュー曲は『放課後授業』。 (ホントは『色仕掛けの放課後』ってタイトルにしたかったんだけど、クレームがついてできなかったんだよね、残念・・・・・) このシングルのコピーが、「ねぇ、放課後しない?」 ちょっぴりエッチしてみたいっていうキャピキャピの女子高生のライト感覚で迫っているわけ。 サウンドのほうは一風堂の貝岳章がアレンジを担当した今流行りのロンドン・ポップ。 ホンネとタテマエを都合よく散りばめた歌詞と、ロンドンのファッショナブルなセンス、久々に女性グループとして芸能界を楽しませてくれるんじゃないかという予感でいっぱいだ。 典型的現代女子風楽団(っていう言葉がもう古いですからね。 「 赤坂小町」の名前で活動していたときの動画も発見。 当時は アイドル的なガールズバンドというスタンスで売り出されていたんですよ。 ビックリしたでしょ?! 奥居 香の無駄遣い!!! TDKに猛抗議したいところです 笑 ご本人たちにお見せしたら赤面してしまうような、フレッシュで古臭い、キャピキャピした感じの仕上がりになってます。 そして、ドラム以外のそれぞれの部門で優勝したのが この4人でした。 そして 赤坂小町として1984(昭和59)年「放課後授業」でデビューしたわけですね。 デビュー当時は、現在はベースを担当しているリーダーのあっこちゃんはギターを弾いていたそう。 さらに、奥居 香さんはベース担当。 デビューシングルの「放課後授業」を出すころ、メインヴォーカルを決めなければ・・・という話になり、一番若い香ちゃんが担当することになったんだとか。 そして同時に、リズムを担当するベースとヴォーカルとの両立は難しいだろうということで、香ちゃんがベースからギターに持ち替え、あっこちゃんがギターをベースに持ち替えて、チームリーダーと音楽的リーダーとを両立することになったんですって。 移籍~アイドルからの脱却 当時の所属事務所「TDKレコード」が開催したオーディションに会社側は反対だったため、赤坂小町は事務所にとってお荷物的存在となっていたようです。 事実、ライブもTDK(親会社)のテープ工場だったり、スーパーの屋上だったり。 しかもスーパーからは「近所から苦情が出るので」と急に中止を言い渡されたりと、不遇な扱いを受けたんだそうです。 移籍した理由は「アイドル的な仕事がイヤだった」なんて言われています。 もちろんそれもあったんじゃないかとは思いますが、TDKの事務所にいたら、ミュージシャンとしての未来に夢が持てないことを薄々感じ取っていたんだと思いますね。 そんな折、赤坂小町は、1984(昭和59)年11月、外部からマネージャーを迎えます。 そしてメンバーに移籍を勧めるんですね。 このマネージャーの営団に我々ファンは拍手を贈らねばなりません。 そして翌年の1985(昭和60)年、移籍を決めるわけですね。 赤坂小町時代からずっと、メンバーは、昼間の練習とは別に、夜間に自分たちで別のスタジオを借り、練習を重ねていたんだそうです。 「 PRINCESS PRINCESS」としてリリースした何曲かの原型はこのころ既に出来上がっていました。 音楽座に移籍した 赤坂小町、ここではバンド名を「 JULIAN MAMA〔ジュリアン・ママ〕」と名乗りました。 けれども、どうやら 音楽座在籍中はミュージシャンとしては鳴かず飛ばすだったようですね。 そして翌年1986(昭和61)年の5月、バンド名を現在の「 PRINCESS PRINCESS」に改め、ソニーからミニアルバム『 Kissで犯罪〔クライム〕』を引っ提げてデビュー。 音楽への情熱だけでは食べていけないのが現実、ということが分ります。 さまざまな大人の事情、お金の事情なんかも絡んでくるわけですねぇ。 いちファンとしては、才能が埋もれたままにならなくて本当によかったと思います。 なお、昨今では、CDを出したい、本を出版したい、などの個人の希望をかなえる可能性を秘めた、 クラウドファンディングというサービスが展開されているようです。 若い人たちも、夢と希望を持って何かを成し遂げる、という体験を積んでほしいものです。 鈴木祥子さんは、 小泉今日子が歌って大ヒットを記録した「 優しい雨」や、 松田聖子さんの「 We Are Love」などの作曲者です。 鈴木さんがバンドに入っていたら、当時の「赤坂小町」はなかったわけで、いきおい、私たちの知っている「プリプリ」もなかったわけですよね。 めぐり合わせや 人の縁って本当に不思議です。 プリプリのメンバーになれる権利?! 「 とんねるずの ハンマープライス」という番組で、「 プリプリの6番目のメンバーになれる権利」を落札した人が居たそうな。 プリプリの大ファンという2名によってデスマッチが繰り広げられ、最終的には 453万円という番組史上最高額での落札となりました。 1995年から3年9か月にわたり放送されてきた同番組の中で 落札額が400万円を超えたのはこの放送回のみだったそうです。 解散を発表したプリンセス・プリンセスに、「解散する前に何かくれ」と番組が交渉。 例えばステージ衣装やギターのピックなどの小物、奮発してくれるならば楽器まるごと、というのが番組側の希望だったようです。 でも、太っ腹(?)なプリプリは、「そんなセコい商品じゃ絶対イヤ!」と番組スタッフに告げ、回答を待たせました。 そして数日間メンバーが頭を寄せ合って考え抜き、提供した商品が、「 あなたがプリンセス プリンセスの6人目のメンバーになれる権」でした。 このとき既にプリプリは解散することが決まっていたわけですから、新しいメンバーとして正式に迎え入れるというわけではありませんでした。 落札者の一番好きな曲をプリプリのメンバーと一緒に演奏し、PVを撮影します。 この撮影時に身に着けるステージ衣装・アクセサリー等はプリプリがセレクトして準備し、撮影終了後は全てプレゼント。 ファン垂涎の一品ですね!!! PV撮影終了後、最終的に落札者の方に贈られた商品は、卒倒するほどの豪華なものでした。 渡辺 敦子さんモデル ベースギター• 中山 加奈さんモデル ギター• 今野 登茂子さんモデル キーボード2台• 奥居 香さんモデル ギター• 富田 京子さんモデル ドラムセット• メンバーのステージ衣装• メンバーの選んだプリプリグッズ• サイン入りCD全タイトル ちなみに、この番組「 とんねるずのハンマープライス」では、落札金の一部を 阪神淡路大震災の復興支援資金として提供していたということです。 東日本大震災の復興も一部では滞りがちということですから、こういった番組がまた作られ、支援の輪が広がるといいなと思います。 なつかしい・・・。 そういえば、野球部の夏の甲子園大会 予選の試合の応援では、「 OH YEAH!」を起用して振付をし、ぽんぽんを持って踊ったものです。 遠くから見てもよく分かるようなオーバーアクション気味のダンスを・・・ということで、大きく見せる振付を心がけました。 exblog. jp*ameblo. com.

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概要 [ ] 生まれ、育ち。 中退、定時制編入・中退。 PRINCESS PRINCESS時代から引き続き、自らの活動のほか多くのアーティストに主にとして楽曲提供、音楽プロデュース活動、ライブサポートなどを行っている。 「子育ては、絶対に手を抜かない」と語るほど熱心な教育ママだが、子供の入学願書を前日に郵便局に持参するなど、おっちょこちょいな面もある。 来歴 [ ]• 奥居と、、、の5人がオーディションで選ばれ、バンド「赤坂小町」を結成。 バンド名を「 PRINCESS PRINCESS()」に改称しメジャーデビュー。 これ以降のバンド活動についてはの項目を参照。 とが共同制作した音楽番組「」の共同司会者を1987年4月から1989年3月まで2年間務めた。 相手役は、と1年、、とはそれぞれ半年。 、初のソロシングル「奇跡の時」をリリース。 バンド活動と並行してソロとしての活動を開始。 4日〜5日、初のソロライヴ「音楽会」をNHKホールで開催。 5月31日、PRINCESS PRINCESS解散。 その直後にのと結婚する。 しばらく休養ののち、にリリースされたシングル「ハッピーマン」でソロ活動を再開。 7月21日、アルバム「Shout」をリリース。 8月23日より「CONCERT TOUR '97 ハッピーマンがやってきた」を行う、6ヶ所8公演。 5月30日、アルバム「香」リリース。 7月17日より「CONCERT TOUR'98 ひまわり」を行う、全14公演。 この年よりにかけて、南青山MANDALAでライブ「四季のうた」を行う。 5月8日・21日、四季のうた春。 8月20日・25日、四季のうた夏。 11月4日・11月11日、四季のうた秋。 3月 ファンクラブ「マスタード」を解散、2000~2003年頃のライヴは元ファンクラブ会員向けには告知していた。 2月24日・3月4日、四季のうた冬。 4月17日、四季のうたベスト・オブ・マンダラ。 夏、第一子となる男児を出産。 これを契機に、結婚後の本名である岸谷香へと芸名を改める。 また、ゲスト出演や元ファンクラブ向けのライヴ以外の仕事は子育て中にてセーブしている。 2月23日・3月10日、南青山MANDALAでライブ「Kaori Kishitani Live'03 "ロングバケーション"」を行う。 夏、第二子(女児)を出産。 3月8日、8年ぶりのシングル「Hello Hello」をリリース。 4月19日、シングル「Ice Age」をリリースする。 、アルバム「Ring to the Heavens」(プロデュース)をリリースし、には東京都内でライブを行った。 アルバム制作には紆余曲折あり、亡くなったプリンセスプリンセス時代の社長に向けて書いた鎮魂歌など、思いの詰まった曲があり、スタッフに勧められて制作した。 子育て優先だったため、6月のライヴ以外さほど目立った活動はしていない。 に「Singing」をリリースし、映画『』日本版エンディングテーマに起用される。 9月6日、渋谷のDUO MUSIC EXCHANGEで2年ぶりにライブを行う。 準備体操ライブ 〜さびないようにね!〜。 27・28日、渋谷のSHIBUYA-AXでライブを行う。 準備体操ライブ 〜さびないようにね! パート2〜。 1月4日ブログ「岸谷香談」スタート。 1日よりプレスタートしていて、下記の赤坂BLITZライヴに参加した観客に情報リリースした。 1月2・3日、赤坂BLITZでライブを行う。 準備体操ライブ 〜さびないようにね! パート3〜。 1月2日「ぼくらのうた〜岸谷香バージョン〜」をリリース。 配信限定シングルで着うた・着うたフルのみの配信。 1月8・9日に赤坂BLITZで、1月15日に大阪BIG CATでライブを行う。 準備体操ライブ 〜さびないようにね! パート4〜。 大阪では12年ぶりのライブとなった。 1月、震災復興支援の為、1年限定でプリンセス・プリンセス再結成。 3月24日になんばHatchで、25日に名古屋クラブクアトロ、31日、4月1日にSHIBUYA-AXでライブを行う。 準備体操ライブ 〜さびないようにね! パート5〜。 準備体操ライブ 〜さびないようにね! パート6〜ツアーを4〜5月に5ヶ所6公演を行う。 本人の意向で本格的に活動再開を決めた為、準備体操ライブは今回で最後となった。 5月21日、ベストアルバム「The Best and More」をリリース。 6月14日〜、「岸谷香 2014 LIVE TOUR 47th SHOUT! "いくわよー!! "」を行う。 6ヶ所8公演。 最終日は渋谷公会堂(当時C. Lemonホール)にてツアーファイナル。 6月25日、シングル「Romantic Warriors」をリリース。 12月4日、1人演奏会「ひとりでできるもん」を開催。 1ヶ所2公演。 6月24日、シングル「DREAM」をリリース、9月から10月にかけてツアー「KAORI KISHITANI 2015 LIVE TOUR 48th SHOUT! -レッツゴー!! 年女-」を行う。 8ヶ所10公演。 ツアー内にてPRINCESS PRINCESSの再結成ファイナルライブを行うこと、2016年に10年振りにアルバムをリリースすることを発表した。 12月、「KAORI PARADISE 2015 -年末スペシャル-」を行う。 3ヶ所6公演。 3月11日 - 13日仙台PIT、3月25、26日には豊洲PITにてPRINCESS PRINCESSの再結成の締めくくりLIVEを行う。 5月25日、10年振りのオリジナルアルバム『PIECE of BRIGHT』をリリース。 6月 - 7月、一人で弾き語りの全国ツアー「KAORI PARADISE 2016 -はじめてのひとり旅-」を行った。 18ヶ所25公演。 6月17日放送のミュージックステーションに、奥居時代の94年10月以来22年振りの出演をした。 秋には「49th shout peace of bright」ツアーを開催。 2月16日には単発ライヴとして「岸谷香前夜祭」を開催し、unlock the girls結成の報告と御披露目を行った。 このライヴを境にツアーやTV出演時のバックバンドのメンバーがunlock the girlsで行うようになる。 8月 - 10月、一人で弾き語りの全国ツアー「KAORI PARADISE 2017 HAPPY 50th ANNIVERSARY ぶらりひとり旅」を行った。 19ヶ所22公演。 この公演に併せて夏にはセルフカバー、新曲を入れたアコースティックアルバムをリリース。 また、めざましクラシックスのアルバムに「M」で高嶋ちさ子と競演。 12月ビルボード年末スペシャルを開催。 2017年の前夜祭から2018年のunlock the girlsツアーまで50歳にちなんで50公演行った(バンドツアー、ひとり旅ツアー、ビルボード年末スペシャル)。 1月 - 2月、岸谷香が率いるバンド「」を本格始動。 1月24日、オリジナルミニアルバム「Unlock the girls」をリリース。 16ヶ所18公演。 ビルボードにて東名阪にて行った年末スペシャルはunlock the girlsとして行った。 5月1日、オリジナルフルアルバム「Unlock the girls 2」をリリース。 5月にはアルバムと同名タイトルのツアーを「52nd shout unlock the girls 2」開催。 また秋には2015年から毎年行っているツアー「KAORI PARADISE 2019」を開催した。 12ヶ所12公演。 公演最終日には、特別ゲストにピアニストのさんを迎えた公演となった。 淡路島の公演は台風の影響にて観客の移動手段の安全を考えて、中止になった。 岸谷のライヴで中止になったのは現在までほとんどない。 5月25日、2000年3月に、活動が縮小となるため解散となったファンクラブを、19年ぶりに発足すると発表した。 ファンクラブ名称は「ナレッジサロン香」• 6月29日、他の類似するサービス名称の存在を理由に、ファンクラブ名称を「ナレッジサロン香」から「岸谷香ファンクラブ」へ変更すると発表。 11月9日、岸谷香発案のライブイベント「岸谷香 感謝祭2020」を2月15日に開催すると発表した。 12月、毎年恒例のビルボードライヴツアーを東京、名古屋、大阪にて開催。 2月15日、六本木EXシアターにて「岸谷香感謝祭」を開催。 ゲストには森高千里と渡辺敦子を迎え、森高とは互いの曲をカバーし合ったり、渡辺とは2013年から2015年にかけて活動した、「おりあつ」ユニットでの復活をした。 また、サポートには河合マイケルや朝倉真司も久しぶりに参加した。 5月から6月にライブツアー「53rd shout unlock the girls3」、9ヵ所9公演の開催を予定していたが、コロナ禍の影響により全公演の中止を決定した。 ディスコグラフィー [ ] シングル [ ]• 奇跡の時(1994年8月1日) 系ドラマ『・』主題歌• VANISHING(1994年10月21日) 「OZOC」CMソング• ハッピーマン(1997年4月16日) 系『』主題歌• SPARKLE(1997年12月1日) 第76回イメージソング• ひまわり(1998年5月30日) ・TBS系『』エンディングテーマ• Hello. Hello. (2006年3月8日) 「キレートレモン」「100レモン」CMソング• ICE AGE 〜氷河期の子供たち〜(2006年4月19日) 映画『』日本語吹き替え版イメージソング。 に提供した「スノーパラダイス」に別の詞を付けた作品。 Singing(2006年12月13日) 映画『』日本語吹き替え版エンディングテーマ。 映画公開は2006年12月23日。 Romantic Warriors(2014年6月25日) 表題曲は準備体操ライブ〜さびないようにね!〜で、仮タイトル「愛の戦士」として演奏されていた曲。 「ハッピーマン」「SPARKLE」「ひまわり」は2013年8月21日に12cmで再発。 DREAM(2015年6月24日) アルバム [ ]• Renaissance(1994年11月21日)• shout(1997年7月21日)• 香(1998年7月1日)• RING TO THE HEAVENS(2006年5月31日)• The Best and More(2014年5月21日)、ベストアルバム• PIECE of BRIGHT (2016年5月25日)オリコン28位• Dialogue〜涙の理由〜(2017年7月26日)、ミニアルバム• Unlock the girls (2018年1月24日)、ミニアルバム5曲• Unlock the girls 2 (2019年5月1日) 配信限定 [ ]• Diamonds(岸谷香2006ソロバージョン)• ぼくらのうた(岸谷香バージョン) (2009年1月2日)NHKおかあさんといっしょに提供のセルフカヴァー。 この時は着うた・着うたフルのみで配信された。 後にRomantic Warriorsのカップリングとして収録。 ライブビデオ [ ]• 音楽会(1995年7月21日)VHS・LD 「楽園の扉」「スターライトセレナーデ〜星光小夜曲〜」収録CD付き• KOTV ライブ・スペシャル'97(1998年3月21日)VHS・DVD 参加作品 [ ]• () - の 9曲目収録「恋人がサンタクロース」• () 3曲目「ハッピーマン」• () - を中心としたユニット「」の1stアルバム 2曲目収録「虹」• Together and Forever - の() 3曲目収録「」岸谷香 with• LINDBERG TRIBUTE ALBUM 〜みんなのリンドバーグ〜 - の() 2曲目収録「」• () 4曲目「M」バイオリン 高嶋ちさ子 CD未発表 [ ]• 真珠(中山加奈子 作詞)• A Visiter• CRY BABY(富田京子 作詞) 本 [ ]• ばかたれ(1998年9月25日)• 岸谷家の子育て1826日(の一部)(2006年5月31日) 楽曲提供 [ ] アーティスト [ ]• 「」 作詞・作曲:岸谷香、編曲:• 「Lucky Goes On! -しあわせがゆく-」 作詞:永森羽純、作曲:奥居香、編曲:坂井紀雄• 「アイシテル」 作詞:、作曲・編曲:奥居香 「November」 作詞:内田有紀、作曲・編曲:奥居香 「Da. 」 作詞:大西スミ江、作曲・編曲:奥居香 「Uchida no Rock'n'Roll」 作詞:内田有紀、作曲・編曲:奥居香• 「星空の下で」 作詞:大西結花、作曲・編曲:奥居香 「Drivin' Heart」 作詞:、作曲・編曲:奥居香• 「ラストダンスは私に」 作詞:、作曲:奥居香、編曲:神長弘一・須貝幸生• 「海岸デート」 作詞:乙葉、作曲:岸谷香、編曲:• ・ 「私が捨てたもの」 作詞:、作曲:岸谷香• 「翼がなくても」 作詞・作曲:岸谷香、編曲: 「Stay with me」 作詞:KOMUGI、作曲:岸谷香、編曲: 「小さき者たち」 作詞:中山加奈子、作曲:岸谷香、編曲:• 「あの鐘を鳴らせ」 作詞:岸谷五朗、作曲:奥居香、編曲:酒井紀雄• 「Father」 作詞:篠崎隆一、作曲:奥居香、編曲:• 「」 作詞:岸谷香・木村ウニ、作曲:岸谷香、編曲:Naoki Itai• 「太陽で行こう」 作詞:國府田マリ子、作曲・編曲:奥居香 「友達」 作詞:國府田マリ子、作曲:奥居香、編曲:奥居香・High Cheez 「さよなら」 作詞:國府田マリ子、作曲:奥居香・、編曲:奥居香・High Cheez• 「フォトグラフ」 作詞:、作曲:奥居香、編曲:土方隆行、コーラスアレンジ:奥居香 「15歳の私へ」 作詞:とみたきょうこ、作曲:奥居香、編曲:土方隆行、コーラスアレンジ:奥居香 「あなたと見た空」 作詞:とみたきょうこ、作曲:奥居香、編曲:土方隆行• 「ポラロイドGIRL」 作詞:、作曲:奥居香、編曲:• 「愛してるって言わせたい」 作詞:島倉千代子、作曲・編曲:奥居香• 「GIRLS TALK」 作詞:岸谷香、木村有里、作曲:岸谷香• 「」作詞:富田京子、作曲:岸谷香、編曲:横山裕章• 「」 作詞・作曲:岸谷香、編曲:• 「ラストシーン」 作詞:寺岡呼人、作曲:寺岡呼人・奥居香、編曲:、コーラスアレンジ・コーラス:奥居香• 「CANDYへ」 作詞:サエキけんぞう、作曲:奥居香• 「春の朝」 作詞・作曲:奥居香、編曲:• Peachy() 「スーパージェットシューズ〜未来を歩くくつ〜」 作詞・作曲・編曲:奥居香 「くいしんぼ天国」 作詞・作曲・編曲:奥居香 「スノーパラダイス」 作詞:中山加奈子、作曲・編曲:奥居香 のちに岸谷が別の詞を付け「ICE AGE 〜氷河期の子供たち〜」としてセルフカヴァー。 「tiny tiny X'mas」 作詞・作曲・編曲:奥居香 「Sweet Sweet Home」 作詞・作曲・編曲:奥居香• 「パパママ」 作詞:一青窈、作曲:岸谷香、編曲:• 「It's my idol」 作詞・作曲:奥居香、編曲:藤井丈司• 「」 作詞・作曲:奥居香、編曲:• 「VENUS JOURNEY」 作詞:中山加奈子、作曲:岸谷香、編曲:渡辺善太郎• 「HELLO」作詞:岸谷香・中山加奈子、作曲:岸谷香、編曲:• 「Precious Heart」 作詞:松田聖子、作曲:奥居香、編曲:• 「水の中の月」 作詞:中山加奈子、作曲:奥居香、編曲:笹路正徳• ・ 「ぼくらのうた」 作詞・作曲:岸谷香、編曲:鎌田雅人• 「エデンの都市(まち)」 作詞:、作曲:奥居香、編曲:笹路正徳・奥居香 「風は吹いてる」 作詞:とみたきょうこ、作曲:奥居香、編曲:笹路正徳・奥居香 「わたし」 作詞・作曲:岸谷香、編曲:鎌田雅人• 「スピード」 作詞:西脇唯、作曲・編曲:奥居香 「窓打つ雨」 作詞:、作曲・編曲・ストリングアレンジ:奥居香 「ホイッスル」 作詞:西脇唯・森口博子、作曲・編曲:奥居香 「空からの手紙」 作詞:西脇唯、作曲・編曲:奥居香• 「Rhapsody In White」 作詞・作曲:岸谷香 映画、テレビ・ラジオ番組、CMなど [ ]• 映画『』(主題歌『』歌唱)• サントリー『烏龍茶』(CM楽曲歌唱)• キリンビバレッジ 缶コーヒー「FIRE」の発売1周年「Get the Fire」キャンペーン企画CD「SOUL of FIRE」(楽曲歌唱)• TBS系ドラマ『』(音楽監修)• 1999年度ED「恋の天才〜ジョンとミケの場合」(作曲)• 映画『さゞなみ』長尾直樹監督(音楽制作)• ミュージカル『天使は瞳を閉じて』(楽曲提供)• 三井不動産 『三井のリハウス』(CM音楽担当)• POKKA 『キレートレモン』『POKKA100レモン』(CM楽曲提供) 出演 [ ] テレビ [ ]• フジテレビ系列『P-STOCK』(司会)• フジテレビ系列『恋ノウタ』(声の出演) ラジオ [ ]• TBSラジオ「ポップンルージュ」、「」、「」• NHK-FM「ミュージックスクエア」• FM東京「奥居香のアサヒ・スーパー・ドライ素敵に恋しよう」• JFN系列『奥居香 Radio K. 岸谷香の(2016年5月27日、)• 岸谷香 Unlock the heart(2019年4月5日 - 、)• CM・広告 [ ]• ニチレイ 『アセロラドリンク』(関東地方限定CM)• 「RAKUWA磁気チタンネックレス Vタイプ」(2016年 - ) - 広告キャラクター就任 脚注 [ ] 注釈 [ ].

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PRINCESS PRINCESS Diamonds(ダイアモンド) 歌詞&動画視聴

プリプリ ダイヤモンド

岩田教授はそのあまりにも杜撰な船内の感染症対策の状況に驚愕し、急遽動画を日本語と英語で公開することにしたのだという。 ダイヤモンド・プリンセスはCOVID-19製造機。 なぜ船に入って一日で追い出されたのか。 さんから ダイヤモンド・プリンセスに入りましたが、何者かによって1日で追い出されました。 感染対策は飛散な状態で、アフリカのそれより悪く、感 — 岩田健太郎 georgebest1969 動画で、岩田教授は「個人の見解です」としたうえで、次のように船内に入るまでの経緯、厚労省の奇妙な依頼、そして「アフリカ以下」の悲惨な船内の状況を語っている。 【以下、岩田教授の動画での発言要旨】 18日にダイヤモンド・プリンセスに入りましたが、一日で追い出されました。 感染者が増えていくことで、感染対策がうまくいっていないのではないかとの懸念がありました。 これまで、環境感染症学会や国立感染症研究所のFETP-J(同研究所の感染症専門家チーム)が入り、あっという間に出て行ってしまいました。 中がどうなっているかわからない。 船内にいる人が助けをもとめてきたので、いろいろな筋を通じて、船内に入ろうと調整した結果、17日に厚生労働省の医師から電話があり、「(船内に入る)やり方を考えましょう」ということになりました。 感染症専門家の乗船に難色を示す厚労省 その結果、DMAT(災害派遣医療チーム)のメンバーとして18日朝に入りました。 当初、厚労省の担当者からは「反対している人がいる、入ると困る」と言われていたのですが、同担当者から「DMATの職員の下で、感染症対策の専門家ではなく、DMATの仕事をただやるだけなら入れる」という非常に奇妙な電話を頂きました。 「DMATの言うことを聞いて、DMATの中で仕事をして、顔が割れてきたら、感染症のこともできるかもしれないから」という奇妙な依頼でした。 船内に入って、ご挨拶をして、DMATのチーフドクターと話をした際、「DMATの仕事は期待していない。 感染の仕事をやるべきだ」と助言を頂きました。 私はDMATの言うことをきく約束だったので、現場の案内をして頂きながら、問題点を確認していきました。 レッドゾーン、グリーンゾーンの区別なし それはひどいものでした。 私は20年以上この仕事をして、アフリカのエボラ出血熱や中国の重症急性呼吸器症候群(SARS)など、いろんな感染症と立ち向かってきました。 その中で、身の危険を感じることも多々ありましたが、自分が感染症にかかる恐怖を感じたことはありませんでした。

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