ノーサイド ユーミン。 『ノーサイド・ゲーム』特別版、突然流れたユーミン楽曲に賛否 「雰囲気が壊れる」の声も(リアルライブ)

ノーサイド (曲)

ノーサイド ユーミン

白状すれば、本稿執筆時、2019年、忘れがたきラグビーの年の大晦日を迎えていない。 ユーミン、紅白歌合戦で『ノーサイド』を歌う。 だから、そうキーボードを叩くのが少しだけこわい。 もし、容易ならざる大事が起きて、たとえば松任谷家で飼っている熱帯魚に餌をやり忘れて、本番を前に本人があわてて帰ってしまうといった事態が発生したら……。 ま、それはないだろう。 そこで「ノーサイド」について考えたい。 まず松任谷由実の『ノーサイド』から。 1984年12月1日にリリースのアルバム『NO SIDE』に収録されている。 長いリーグの最終戦、おそらくは学生生活で最後であろう試合のゴールを「彼」は外した。 その心情の行方と来し方、内面の景色のありさまを知りたいと願う「私」は観客の去ったスタジアムにひとり残ろうとする。 なんて解説はどうでもよい。 ユーミンが、ラグビーを歌にして、ラグビーを歌った。 ラグビー好きはあたかも自分がえらくなったみたいに喜んだ。 モデルの存在がささやかれた。 大分舞鶴の15番、福浦孝二は決まれば同点優勝のゴールを失敗、天理に敗れた。 そのシーンとは確かにイメージがかさなる。 個人的には疑っていた。 なぜか。 酒場のラグビー好きの某主人が麗美というシンガーのファンだったからだ。 沖縄の宜野湾生まれ。 そこに『ノーサイド』は収められている。 もともと提供用の楽曲であって、遅れてセルフカバーしたのである。 いずれにせよ、高校決勝からすぐの発売、やはり、もう少し前に完成していたはずだ。 ちなみに、その主人はいつも言う。 「麗美の歌声のほうが滑らか。 きれい。 でもラグビーには、ちょっとゴツゴツしたような大人の声が合うんだ」。 ユーミンに一票。 歌がある。 長い年月を経る。 錆びつくのは時代に迎合する形容や描写である。 心の動きは腐食しない。 『ノーサイド』が世に出たころ、ラグビーは人気だった。 ブームと記してもよい。 でも松任谷由実のこの作品はラグビーに近寄るのではなく、ちょっと突き放すように光景と心情をすくいとった。 ラグビーの側が曲に引き寄せられた。 「枯れた芝生の匂い」 そんな一節が見つかる。 現在は人工芝を含めて多くのグラウンドは青々としている。 けれども寒くて白く乾いた膝頭に「枯芝」のくっつく硬い感触を老若男女が想像できる。 息の長い名曲とはそういうものだ。

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実は死語!? 松任谷由実も歌った『ノーサイド』という言葉の真意(FRIDAY)

ノーサイド ユーミン

2019年ラグビーW杯で何度も使われた「ノーサイド」という言葉。 試合が終われば敵味方関係なくお互いを称え合う精神のことだ/写真 アフロ ユーミンの『ノーサイド』 白状すれば、本稿執筆時、2019年、忘れがたきラグビーの年の大晦日を迎えていない。 ユーミン、紅白歌合戦で『ノーサイド』を歌う。 だから、そうキーボードを叩くのが少しだけこわい。 もし、容易ならざる大事が起きて、たとえば松任谷家で飼っている熱帯魚に餌をやり忘れて、本番を前に本人があわてて帰ってしまうといった事態が発生したら……。 ま、それはないだろう。 そこで「ノーサイド」について考えたい。 まず松任谷由実の『ノーサイド』から。 1984年12月1日にリリースのアルバム『NO SIDE』に収録されている。 長いリーグの最終戦、おそらくは学生生活で最後であろう試合のゴールを「彼」は外した。 その心情の行方と来し方、内面の景色のありさまを知りたいと願う「私」は観客の去ったスタジアムにひとり残ろうとする。 なんて解説はどうでもよい。 ユーミンが、ラグビーを歌にして、ラグビーを歌った。 ラグビー好きはあたかも自分がえらくなったみたいに喜んだ。 モデルの存在がささやかれた。 大分舞鶴の15番、福浦孝二は決まれば同点優勝のゴールを失敗、天理に敗れた。 そのシーンとは確かにイメージがかさなる。 個人的には疑っていた。 なぜか。 酒場のラグビー好きの某主人が麗美というシンガーのファンだったからだ。 沖縄の宜野湾生まれ。 そこに『ノーサイド』は収められている。 もともと提供用の楽曲であって、遅れてセルフカバーしたのである。 いずれにせよ、高校決勝からすぐの発売、やはり、もう少し前に完成していたはずだ。 ちなみに、その主人はいつも言う。 「麗美の歌声のほうが滑らか。 きれい。 でもラグビーには、ちょっとゴツゴツしたような大人の声が合うんだ」。 ユーミンに一票。 歌がある。 長い年月を経る。 錆びつくのは時代に迎合する形容や描写である。 心の動きは腐食しない。 『ノーサイド』が世に出たころ、ラグビーは人気だった。 ブームと記してもよい。 でも松任谷由実のこの作品はラグビーに近寄るのではなく、ちょっと突き放すように光景と心情をすくいとった。 ラグビーの側が曲に引き寄せられた。 「枯れた芝生の匂い」 そんな一節が見つかる。 現在は人工芝を含めて多くのグラウンドは青々としている。 けれども寒くて白く乾いた膝頭に「枯芝」のくっつく硬い感触を老若男女が想像できる。 息の長い名曲とはそういうものだ。 日本での造語なのか? さて、競技の用語の「ノーサイド」。 試合終了を告げるレフェリーの笛の音とともに敵は敵でなくなる。 いつしか競技場を離れて、友情や敬意を尊ぶラグビー精神の象徴として耳になじむ響きとなった。 日本列島では。 実は世界では通じない。 11年前、ラグビー専門誌の座談会の司会をした。 かつてオールブラックスの怪物、のちに早世のジョナ・ロムー、後年に日本代表を率いるエディー・ジョーンズ(現・イングランド代表監督)、元オーストラリア代表で139試合出場のジョージ・グレーガン、サントリーの当時の清宮克幸監督(現・日本ラグビー協会副会長)という豪華な顔ぶれである。 話の流れでロムーが述べた。 「ラグビーがユニークなのは、激しく戦った相手とフィールドの外では友情を結ぶところだ」。 すぐに清宮監督が「ノーサイドの精神ですね」と返す。 通訳の日本人女性がそのままの英語で伝えた。 たちまち3人が顔を見合わせる。 わずかな沈黙。 最初、世界的な9番のグレーガンがつぶやいた。 「ノーサイド?」。 あのとき48歳、のちに「エディーさん」とファンにも呼ばれるジョーンズも「初めて聞いた言葉」と早口の声をかぶせた。 と、すると、ノーサイドは日本での造語なのか。 そうではなかった。 家に戻って、1991年にオーストラリアで編まれた『THE ENCYCLOPEDIA OF WORLD RUGBY(ラグビー百科事典)』を本のがれきの下から引っ張り出した。 205ページに「NO SIDE」の項が見つかった。 「古風な用語。 試合の終わりを意味する。 スクラムやラインアウトでどちらのサイドが球を投入するかについて選手が審判に聞く。 そのことへの返答に導入された。 もしノーサイドと答えたら、すなわち、どちらの側も投入する必要がない(なぜならゲームは終了したのだから)」 いわば死語である。 そこに精神性は関係していない。 ユーミンの『ノーサイド』に戻る。 この歌も「試合終了」の枠をはみ出さない。 青春が終わり、なお人生は続き、自分と同じような後進がまた青春を始めては終わりを迎える。 それは格別なラグビー精神(これはこれで価値がある)に触れるものではない。 普通に生きることだ。 歳月にびくともせず広く愛される理由かもしれない。

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福浦孝二(大分舞鶴)がユーミンのノーサイドのモデル?その伝説の試合とは!衝撃のあの人に会ってみた!

ノーサイド ユーミン

にわかファンが盛り上げたラグビーワールドカップ、これぞノーサイドの精神 9月に開幕し、足掛け3ヶ月にわたって日本じゅうが熱気に包まれた『ラグビーワールドカップ2019日本大会』。 世間ではラグビーロスなどという言葉がささやかれるほど、ラグビーというスポーツの魅力が広く一般に知れ渡るきっかけになったといえるだろう。 先ごろ発表された2019年の『新語・流行語大賞』においてもラグビー関連のワードが複数候補に挙がっている。 その中の「にわかファン」という言葉に注目してみた。 「にわか~」とは、普段あまり良い意味で使われることはなく、ほとんどはそれまで興味も無かったのにブームになったので後乗りで騒ぎ立てる人たちを指して、「にわかファン」と揶揄する向きが少なくない。 だが今回のラグビーに関するそれは、少しニュアンスが異なっている。 なぜなら「にわか」である彼らが、それを自認して盛り上がっているからで、それを従来からのコアなファン層も「けっ!今さら」などといわず、暖かく受け容れている構図が出来上がっているからである。 裏を返せばそれだけラグビーのマイナーぶりが表面化したわけで、長い間ラグビーファンも関係者もつらい冬の時代を過ごしてきたことを意味している。 一見して分かりにくいラグビーのルールなど、知らない人が多勢だから当然なのだが、あまりの日本代表の健闘ぶりに「にわかで申し訳ないけど、応援させてほしい」という人たちと「にわかでも、応援してくれてありがたい。 それまでそんな空気感を薄々ながら感じていた人たちも NHK豊原アナが中継の最中で「あえてプラスの意味でお伝えしたい…」と前置きして「にわかファン」という言葉を使ったとき、多くの人たちがそれを確信したと思う。 日本人にフィットしたノーサイドの概念、その言葉を広めた松任谷由実の歌 ところでこの「ノーサイド」という言葉と概念は、もちろんラグビーの母国イングランドが発祥だが、今に至るまで広く定着しているのは、世界でも日本だけらしい。 ラグビーでは選手もファンもゲーム後に限らず、常に相手に対する敬意を失わない。 ゲーム中には選手が激しくぶつかり合うため、ルールを厳格に適用しなければ、すぐにケガを負ってしまう。 だから選手もファンも紳士的であろうと努める。 同じイングランドでもすぐにヒートアップするサッカーファンのフーリガンとはえらい違いである。 だが日本においてはゲームの劇的な幕切れも相まって、選手たちの健闘をたたえる意味をこめて、このノーサイドという言葉を使う。 日本人のマインドにフィットするといってもいいだろう。 そしてこの言葉の定着化に貢献したといえるのが、松任谷由実「ノーサイド」という楽曲であることは、万人が認めるところだろう。 もともとは麗美への提供曲、ユーミンがラブソングに込めたラグビーの魅力 この曲は彼女が1984年12月にリリースしたアルバム『NO SIDE』に収められているが、ほぼその1年前に夫、正隆がプロデュースする麗美のアルバム『REIMY』にも同曲を提供している。 夫妻でデビューをバックアップすることは、当時としても話題となり、そこそこヒットしたと記憶しているが、他にも、「青春のリグレット」や「霧雨で見えない」など、後にセルフカバーする佳曲を提供しているだけあって、かなりの力の入れようだ。 すでに大御所であったユーミンとしては、自らが歌うには、格的にも年齢的にも相応しくないと思われるテーマの楽曲が多く、学生時代を思い起こす少し切ないラブソングがメインとなっているが、「ノーサイド」もその中の一曲であった。 この曲に描かれたシーンにはモデルがあったということを後にユーミン自身が明かしている。 青春の全てをかけて勝利を目指し、これに敗れてもまた翌年も同じゼッケンを背負った後輩たちが夢を引き継いでいく、学生スポーツの切なさ、ひたむきさへの感動が同曲誕生のきっかけというものだ。 ただ、この話は麗美のアルバムリリースのタイミングを考えると無理があって、設定として後付け感が否めない。 また麗美に提供した曲には、もう一つエラーがあることが知られている。 歌詞にある「ゆるやかな2月の黄昏」には、高校も大学もラグビーのリーグ戦など行っていなかったのである。 このことを関係者に指摘された彼女は、後にリリースされた自身のアルバムで「2月」を「冬の日」に書き換えて収録している。 「ユーミンはラグビーのこと分かってないよね」と指摘する向きもある。 だが私自身、おそらくは多くの人たちもそんなことは、どうでもいいと感じることだろう。 高く蹴り上げられた楕円のボールの行方を、その場にいる誰もが数秒間、固唾を飲んで見守り、その結果に一喜一憂する…。 そんなスポーツが他のどこにあるというのだろう。 何を犠牲にしたの… ラグビーの本質を見事に切り取ったユーミンの歌詞 そしてもう一つ、この曲で印象に残るのは、歌詞にある「犠牲」という言葉である。 先に行われたワールドカップ予選プールのアイルランド戦で、逆転のトライを決めたウイングの福岡賢樹は、試合後のインタビューで「全てを犠牲にして、この勝利にかけてきた」という旨の発言をした。 その後も他の日本代表の選手の間で、この言葉が度々発せられたため、スポーツで扱うにしては、少々重過ぎる言葉の印象から、曲中の「何を犠牲にしたの…」という歌詞に紐付けて、ツイッター上などでも度々話題となり、そのことを書いた記事もあった。 きっかけになったと伝えられるジェイミー・ジョセフヘッドコーチの「(君たちが)どれだけ犠牲を払ってきたか(誰も)知らない」という発言から、英語とのニュアンスの違いも考えたが「Sacrifice」という言葉は日本語の意味するものと大きな違いはない。 おそらく彼ら選手にとっては、家族の団欒やプライベート、職場であれば出世の道や人間関係を意味しているかも知れないし、それは医者を目指して学業を重ねている福岡選手なら尚更である。 だがプレーする姿を見れば、身を挺して何かを成し遂げるということをラグビーほど体現しているスポーツはない。 相手に当たって自分は倒れながらボールを活かし、後続のプレーヤーにボールを託す。 そのプレーは犠牲の連続によって成り立っている。 ユーミンがラグビーのゲームを見てその本質に触れたとすれば、それは一時の感動にまかせた「にわか」などと言いようがない。 その後、彼女はCM曲を手がけていた三菱自動車の依頼で、同社が参戦する世界一過酷なレースといわれる「パリ・ダカールラリー」のイメージ曲として「ホライズンを追いかけて」という楽曲を制作した。 だが自身はかつて一度もサハラ砂漠を訪れたことなど無かったという。 たとえ人伝に聞いた限られた情報であろうが、資料から得た情報であろうが、その本質を瞬時に掴んで印象に残る光景を見事に切り取って見せるのがアーティストの力量である。 彼女は当時からよく自らを「ミーハー」だと語っていたが、ラグビーもラリーも、スキーもサーフィンも、流行りモノに乗っかって時代を切り取って見せるのが、彼女の真骨頂といえるものだ。 ゲームの勝敗と人生を重ね合わせた名曲「ノーサイド」 「ノーサイド」がリリースされた当時、大学ラグビーを発信源としたラグビーファンの人口は決して小さくなかった。 大学ラグビーの対抗戦「早明戦」は正月の国立競技場を満員にしたし、バンカラで暑苦しい野球よりもラグビーの方がスノッブで都会的な印象すらあった。 Jリーグ誕生以前には、むしろサッカーよりもラグビーの方に人気があったかも知れず、「にわかファン」ならぬ「ミーハー」たちも多く集っていたと記憶している。 麗美版「ノーサイド」は、シングルカットこそされなかったが、少女の面影を残す彼女の声色と相まって、学生スポーツの華であったラグビーの一シーンを描いた曲としてリスナーの心を打った。 設定は事実と異なってはいても、まもなく卒業を控えた感傷的な季節だからこそ、「2月」という設定も意外と受け容れられたのではないかと思うし、「シーズンを締めくくるゲーム」は、あくまでイメージであって、誰にとっても人それぞれだと思うのは、私の勝手な解釈である。 「ノーサイド」は、ゲームの勝敗を分けるゴールの瞬間とプレーヤーの人生を重ね合わせて描き、ラグビーの魅力を凝縮した一曲であることは確かだ。 この曲の存在にはファンも関係者も、きっと感謝してやまないことだろう。 2019.

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