劇団 四季 ノート ルダム の 鐘 福岡。 『ノートルダムの鐘』福岡公演グッズのご紹介

【公演中止】ミュージカル『ノートルダムの鐘』【キャナルシティ劇場】2020

劇団 四季 ノート ルダム の 鐘 福岡

2月17日(月)に開幕するミュージカル『ノートルダムの鐘』福岡公演(キャナルシティ劇場)。 グッズ売店では、ステンドグラス調が美しいハンドタオルや、鐘のシルエットが印象的なパーカーが新登場!また、京都公演で好評だったセットも数量限定でご用意しております。 ご観劇の記念に、ぜひ売店にもお立ち寄りください。 ・画像はイメージです。 実際の商品とは異なる場合がございます。 ・売り切れの際は、ご容赦ください。 ・お取り置き、ご予約は承っておりません。 ・キャナルシティ劇場グッズ売店では、クレジットカード、電子マネー(交通系ICカード等)がご利用いただけます(プログラムカウンターは現金のみとなります)。 ・シークレットチャーム、カジモドセット、エスメラルダセットは、劇場限定商品です。 劇団四季ウェブショップ、ロフトネットストアでのお取り扱いはございません。

次の

劇団四季 ノートルダムの鐘の座席について。

劇団 四季 ノート ルダム の 鐘 福岡

プリンセスが登場せず、主人公の恋が実らない、ディズニーには珍しく大人向けのストーリーとなっている。 作中のノートルダム大聖堂は、カジモドが生きる場所であり、カジモドの苦しい愛を見守る神の象徴でもある。 「アラジン」や「ライオン・キング」などアニメ映画の実写化が続いているディズニーで、「ノートルダムの鐘」も実写化の予定があると。 劇団四季「公演や演出に変更なし」 このディズニー映画を原作にしたミュージカル「ノートルダムの鐘」は、劇団四季が名古屋でだ。 劇中では、大聖堂が炎に包まれる演出もあるが、公演スケジュールや演出の変更はないという。 火災を受け、公式Twitterにお見舞いのメッセージを投稿している。 16日も13時半から予定通り公演しており、名古屋四季劇場のロビーには「大聖堂の荘厳な鐘の音が平穏なパリの街に響きわたる日常が一刻も早く訪れますように」というメッセージが掲示された。 4月15日夜、パリ・ノートルダム大聖堂で発生した大規模な火災につきまして 被災された大聖堂の皆さま、パリ市民の皆さまに心よりお見舞い申し上げます。 劇団四季はノートルダム大聖堂が舞台のミュージカル『ノートルダムの鐘』を大切な作品として愛し 2016年12月以来、日本各地で上演し続けています。 その舞台で起こったこのたびの悲しい出来事に出演者・スタッフ一同、深い衝撃を受けております。 1日も早い復興をお祈りいたします。 大聖堂の荘厳な鐘の音が平穏なパリの街に響きわたる日常が一刻も早く訪れますように、心から願っております。 2019年4月 劇団四季一同 今後は募金活動などについても検討するという。

次の

ノートルダムの鐘

劇団 四季 ノート ルダム の 鐘 福岡

大人から子供までたくさんのファンがいるディズニーの映画。 そこにはたくさんの夢と希望とファンタジーが詰まっていて、観た後に幸せな気分にさせてくれるお話が多いですよね。 そんなディズニーの映画の中ではちょっと異色の映画なのが「ノートルダムの鐘」。 この映画の原作は19世紀のフランス作家ヴィクトル・ユゴーが書いた「ノートルダム・ド・パリ」が原作です。 この作品は多くの舞台や映画などにされるほど、有名なお話ですが、ディズニー映画の象徴ともいえるプリンセスもキラキラに輝く王子様も出てきません。 しかし、原作とは大きく結末を変えることで、ディズニーらしい最後に心の奥がほろりと温かい気持ちになっています。 今回はそんなディズニーの「ノートルダムの鐘」の時代のフランスのパリについてお話していきます。 劇団四季で人気のミュージカル「ノートルダムの鐘」はディズニー映画を元にしたもの。 同じ時代背景になりますので劇団四季のミュージカルを観る前に時代背景をお知りになりたい方もぜひごらんくださいね。 まず最初にこの時代のパリの様子を見ていきましょう。 15世紀のパリは今のパリとはまったく違う街並みでした。 オープニングのシーンでもありましたが、幅の狭い三角屋根と漆喰の壁に木の筋交いが埋め込まれたまるでおとぎの国のような中世風の建物が、隣り合ってぎっしりと並んでいる街でした。 そして、道は狭くて、もちろん街灯もありません。 ヨーロッパ中世の街では街をすっぽりと城壁で囲い、住民の暮らしや財産を守っていました。 もちろんセーヌ川を抱くパリも例外ではありません。 街は城壁に囲まれており、現在のパリの半分以下の街の大きさでした。 当時の城壁は左岸は12世紀にフィリップ2世によって造られたフィリップ=オーギュストの壁が現役で、サン=ルイ島のトゥルネル橋からパンティオンとソルボンヌ大学を内側にしつつ、サン・ジェルマン・デ・プレを外にして囲まれていました。 商業が中心だった右岸は、現在のバスティーユからレピュブリック広場からサン・ドニ門を通って、ルーブルを内側にしてロワイヤル橋までを城壁と堀で守られていました。 ノートルダムの鐘の原作では15世紀の物語とされているようです。 その時代のフランスはまだ王権の力が盤石なものとは言えない状況でした。 物語は15世紀後半と考えられているのですが、それまでのフランス王家は姻戚関係のイングランドの王とブルゴーニュ公、王弟オルレアン公(アルマニャック派)と内外と対立していました。 歴史上では百年戦争と言われている時代です。 パリ市はブルゴーニュ派とアルマニャック派どちらにつくかを、政治局面でたびたび問われ、その間に揺れ動き、そのたびに市民たちの血が流されました。 パリはジャンヌ・ダルク率いるシャルル7世にも攻められましたが、先々代の王が築いた城壁でイングランド軍とともに街を守り抜き、シャルル7世を受け入れたのは1437年のことです。 王を相手に戦うこともあったパリ市民たち。 その後の王も戦争ばかりで、不在がち。 ますます、市民たちの自治が強固なものになっていったのです。 王の権力が徐々に強くなってきていた時代のパリでは誰が一番権力を握っていたのでしょうか。 ノートルダムの鐘では、ふたつの権力が出てきます。 判事のフロローとノートルダム大聖堂の司教です。 判事のフロローは裁判所に住んでおり、街全体の警備や市制を取り仕切っています。 当時のパリには王が派遣した行政官がおり、さらに経済力があるパリの自治体のような組織が世俗の街を取り仕切っていたと考えられます。 街の整備や警察・裁判などの権力を持っていたのです。 フロローは判事ということなので、街の中で警察権と裁判権を併せ持っていたため、祭のときに王のような振る舞いだったと考えられます。 映画の中でも拷問をしたり、兵隊長に無理難題を押し付けたり、ジプシー娘のエスメラルダに自分のものになるよう強要をしていましたね。 それが許されるほどの権力があったとわかります。 そんな判事のフロローがどうしても勝てない力がありました。 それは教会の力です。 正しくは信仰心による心の支配の力といえます。 冒頭、ジプシーたちを追いまわし殺すほどの残虐性を持ったフロローがカジモドの容姿をみて、ノートルダム大聖堂前の井戸に捨てて殺そうとするシーンがあります。 それを止めたのが大聖堂から出てきた司教です。 その時に「神はお前の行いを見ている。 その子を育てることで罪が許される」と説き伏せます。 自分の行いをノートルダム大聖堂の壁面に飾られたたくさんの聖人たちと聖母子に見られたことに気づきおびえ、カジモドを引き取ることにしています。 また、大聖堂内に逃げ込んだエスメラルダに「教会は聖域だ」と主張された時にも一旦は攻撃の矛を収め、出ていきます。 アニメや舞台のお話だからだと思っている方もいるかもしれませんが、当時のキリスト教の信者にとっては教会にそむいては生きてはいけないと考えられていました。 戦争をいつも身近に感じ、死ぬことと背中合わせな毎日。 生まれてすぐに洗礼を受け、人生の節目に教会で聖なる祝福を受け、死んだときには聖櫃を受けて天国へ送り出してもらう。 生きていくことと教会という存在は切り離せないものでした。 そして現世での行いによっては地獄に落とされ、苦しみ続けると幼いころから言い聞かせられている彼らにとって、神の教えに反することはとても恐ろしいことだったのです。 宗教改革が起こるのは100年以上先。 教会の力が人を支配していた時代でした。 物語の発端は、それまで大聖堂から出てはいけないとフロローから言われていたカジモドがその言いつけを破り、昔から憧れていた祭に出かけたことにはじまります。 彼が憧れたお祭りはパリの市民が大聖堂前の広場に集まって、為政者も民も一緒になって騒ぐものでした。 このお祭りが行われていたのが、ノートルダム大聖堂の目の前。 カジモドにとってはいつもお祭りは自分の足元で楽しそうにしているのを見ているだけです。 当時のお祭りなど人々が集うのは大きな建物の前にある広場でした。 特に大聖堂の前の広場は街の中心にあり、誰もが集う教会の前でしたので、実際にこの広場の前でさまざまな祭やイベントが行われたようです。 主にはキリスト教にまつわる祝祭でしたが、お祭りにはいろいろな人が参加しました。 ノートルダムの鐘では、世俗の権力者フロロー、衛兵隊長のフィーバス、踊り子のエスメラルダにストーリーテイラーの道化、子供たち。 人が集まる機会には道化や踊り子のような人たちもお金を稼ぐために多く集まったのです。 5世紀のパリで行われたお祭りの中でも、特に大きなお祭りは「聖ヨハネの火の祭」でした。 中世の終わりにはすでにパリ市民の間で行われていたお祭りで、キリストの半年前に生まれたとされる洗礼者ヨハネの誕生日の6月24日の前日に行われる祭です。 ちょうど夏至の時期と重なることから、キリスト教以前からこの時期に火を持って太陽の力を強める風習と融合したお祭りと考えられています。 行われたのは現在のパリ市役所前広場で、昔は処刑などをよく行ったセーヌ川に面した広場です。 広場に高さ10メートルの飾り柱が建てられ、そこに薪を山のように積んでいきます。 夕方の19時頃になるとトランペットともに国王が到着し、街の代表が国王に松明を渡します。 国王が火をつけると薪の山が燃え上がり、イベントはクライマックスとなります。 火付け役を行う国王は1471年のルイ11世が最初で、その後歴代の王もこの慣例に従い、国王とパリ市民のつながりを感じる祭でした。 しかし、1468年に強引な課税対策に反対したパリ市民が起こしたフロンドの乱以降、ルイ14世はパリに対しての警戒を持ち宮廷をベルサイユに移してしまい、それ以降国王はこの祭に参加することはなくなりました。 国王が不在となってもフランス革命までこの祭は続けられました。 このノートルダムの鐘では、フロローが当時のパリ市民が抱いていた社会意識を代弁しています。 カジモドを一目見たときに「人間じゃない」と言い、井戸へ投げ入れようとします。 これはジプシーの子供だったからではなく、もし何らかの伝染病にかかっていたら、自分にも感染する危険があるからです。 パリの人口を半分にまで減らした黒死病(ペスト)の記憶はまだ新しく、病気に対しての警戒は現代の私たちより神経質でなくてはならない時代でした。 そしてカジモドはおそらく母親のビタミンDの不足から生じた「くる病」だったのではないかと考えられます。 栄養不足の時代や日照時間が長い国から短い国に移住した人たちに見られる病気で、胎児に影響があり、骨が変形することもあるようです。 カジモドは生まれた時からその病にかかっており、見た人が驚く見た目でした。 「外に出てはいけない、危ないから」とご主人様のフロローに言い聞かされたカジモドですが、このフロローの言いつけは意地悪ではなく本当のことでした。 当時は自分たちと異なる見た目や人種に対する差別を隠すことなく、表立って口にし、時には嫌がらせや暴力を伴うことが普通にありました。 特にお祭りの日などは酒に酔った人たちが、普段のストレスや政治に対する不満などを発散するはけ口として、社会的に弱い人たちを襲うということはヨーロッパ各地でみられることだったのです。 そして、フロローはジプシーに対しても厳しくあたります。 13世紀ごろからヨーロッパ各地に東からジプシーたちが流れてきたと当時の歴史書に残されています。 彼らはさまざまな民族に分かれており、一口にジプシーと言ってもみな同じではありませんでした。 パリに関係するジプシーについては15世紀半ばに「カトリックに改宗して自分たちの罪を悔い改めるためにローマへ行って、法王から7年の巡礼をするように言われた。 その巡礼中の生活を助けるように法王が言っている」とパリ市に対して申し出があったというものがあります。 このように巡礼と称して金の無心を企てる者もいたり、窃盗や強奪などをするジプシーも多くいました。 そのため、判事であるフロローにとってはジプシーがいるせいでパリの街が乱れるという考えに取りつかれていたようです。 彼だけでなく、冒頭にジプシーのエスメラルダの稼ぎを盗んだ物だと決めつける兵士たちもこの時代のジプシーに対する市民の秘めた感情の表れと考えられます。 物語でも「聖なる法廷」と言う名の地下墓地に逃げ込み隠れているはみ出し者やジプシーたちがたくさんいました。 パリの街にはたくさんの地下墓地があり、その全貌は誰も把握できておらず、浮浪者たちの格好な隠れ家だったのです。 そして物語ではエスメラルダは広場で火刑で処刑されることになります。 15世紀にジャンヌ・ダルクが異端の罪で火刑されているように、異端と判定された女性は魔女として火刑になっていました。 火でその邪悪な魂を浄化し天に返すため、魔女の処刑は火刑と決まっていました。 特にジプシーの女性は占いや踊りで生計を立てていることも多く、そのため男性を誘惑し扇情的だと女性から訴えられ、その嫉妬と嫉みから裁判で魔女とされたのです。 フロローは当初はカジモドに対して、外に出ることを禁じ、高圧的で意地悪をしているように見えます。 しかし、カジモドへ暴力を振るうわけでも食事を与えないわけでもありません。 それどころか、教育を行い定期的に食事を世話しています。 当時のパリの治安を考えると、カジモドが市民たちの負のはけ口とならないように守っているようにも考えられます。 神に対して自分が育てるといった以上、その責任を果たしている、とてもまじめな人間にもみえてきませんか? まじめすぎて、恋をしたこともなかったのかもしれません。 初めて恋をした相手が自分の中では絶対的に悪だと思っていたジプシーだったことで、どんどんゆがんだ愛情になっていきます。 さらにエスメラルダに拒絶されたことで、それまで守ってきた教会に対する姿勢なども吹き飛んでしまって暴走し、広場に火をかけ、結果的にその火に焼かれてしまったのではないでしょうか。 15世紀のパリは中世の真っただ中で、政治的に混乱していて閉塞感もあり、物語の背景としては少々暗いトーンの時代でした。 しかしその中でもパリの市民はしたたかで、16世紀になってさらに王家の混乱があっても経済的な力をもって王家と渡り歩き、17世紀になって王がベルサイユに居を移しても、その独立性を保ちフランス革命へ進んでいくのです。 この物語ではしいたげられた者が受け入れられて終わります。 受け入れるのは純粋な子供ですが、雑多なものを受け入れてきたパリの強さが彼らを受け入れたのではないかと、温かい気持ちになれます。 その時には悪者のフロローにも歴史的事情があったことを少し思い出してもらえるとより深い人間模様を楽しんでいただけるのではないかと思います。

次の