お経 を 読む。 国会で「お経」読む?新人記者びっくり!おかしな永田町語

門前の小僧習わぬ経を読むの意味・例文・類語を解説!

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今回「終活ねっと」では、臨済宗のお経について以下の点を中心にして解説していきます。 栄西とは?• 臨済宗で唱えられる枕経とは?• 臨済宗の法要で唱えられる般若心経とは?• 引導法語とは? 臨済宗のお経に関するあらゆる情報を詳しくまとめています。 ぜひ最後までご覧ください。 栄西は、他宗派からは認められていない 禅宗は師から弟子への血脈を大事にします。 栄西に禅宗を相伝した師は、中国の臨済宗黃龍派でありました。 当時の宋では臨済宗が黄龍派と楊岐派に別れます。 栄西の後に、宋に渡った僧は楊岐派に学びました。 その為、血脈の違う各本山は栄西には敬意を払いませんでした。 栄西は同じ禅宗だけでなく他でも不人気 栄西は悪評が多いお坊さんで、立身出世にしか興味が持てない男でした。 後鳥羽上皇から、伝灯大法師や法印という位を賜ったにもかかわらず、更に厚かましく太師号を賜りたいと願うのですが、この大師号は死んだ後に与えられるものであるとして拒絶されます。 臨済宗で唱える枕経というお経 臨済宗で唱えるお経は色々ありますが、人が亡くなった場合に枕経、通夜、葬式とそれぞれ読むお経が異なります。 例えば枕経で読むお経は、観音経または世尊偈、大悲咒を読むとされていますが、はっきりとこれを読みなさいという決まりはありません。 臨済宗で読まれるお経は観音経 観音経とは法華経の二十五番の「妙法蓮華経観世音菩薩品第二十五」の事で、世尊偈というお経は、その観音経の後半部分のことです。 この観音経も世尊偈のいずれとも、観世音菩薩の功徳について書かれたお経で、本来は日蓮宗などの法華経の中にあるお経です。 臨済宗の枕経では回向は普回向を読む 普回向とは、回向文の一種で、「このお経は〇〇さんの〇〇の為にお読みしました。 」というお経を読む目的を表現した文章です。 唱え方には漢文を読み下したものと、お経のように漢字を上から読み下したものの2種類あります。 なお枕経とは人が亡くなった最初に受けるお経です。 臨済宗では南無阿弥陀仏は唱えない 臨済宗は禅宗であるため、浄土宗や浄土真宗のように阿弥陀様を称える南無阿弥陀仏の念仏は唱えません。 浄土宗の、ご本尊は阿弥陀如来ですが、臨済宗や僧洞宗などの禅宗のご本尊は釈迦如来、つまりお釈迦様で、その禅宗を開かれたのは有名な達摩大師です。 臨済宗では法要で般若心経を唱える 臨済宗では回帰法要の時には、般若心経というお経が用いられます。 このお経は有名で正式には「摩訶般若波羅蜜多心経」といい、僅かな文字で宇宙の理を表しているとされているお経です。 この他に本尊回向、大悲咒、観音経世尊偈、白隠禅師座禅和讃なども読まれます。 臨済宗のお通夜で読まれるお経 臨済宗の通夜に読むお経としては、遺教経、父母恩思経、宗門安心章,諸和讃を唱え法話などを開くことになっています。 遺教経とは釈尊が入滅の時に行った弟子への説法です。 父母恩思経とは、尊い父母の恩への感謝の念について説かれたお経です。 この他御詠歌が読まれます。 お通夜に持参する香典の金額はいくら程度がご存知でしょうか?こちらの記事ではお通夜の香典の金額相場だけでなく、包み方や渡し方のマナーなどについて詳しく解説をしています。 是非ご覧ください。 臨済宗のお葬式では引導法語を送る 臨済宗の葬儀のメインは、導師が亡くなった故人の為にオリジナルの教え引導法語にあります。 引導とは本来生きている衆生を仏道に導き事を意味しますが、葬儀では亡くなった人を仏の道に導く法語として用いられます。 この法語のあとに喝を入れるのが禅宗の葬式のやり方です。 臨済宗の引導と法話 臨済宗の葬儀のメインは、導師が亡くなった個人の為に、オリジナルの引導法語にあります。 引導とは本来生きている衆生を仏道に導き事を意味しますが、葬儀では亡くなった人を仏の道に導く法語として用いられます。 時代劇で使う「引導を渡す」というセリフもここから来てます。 引導を渡したあとに唱えるお経 臨済宗では引導を渡したあと、遺族が焼香している間に唱えるお経として、観音経と大悲咒が読まれます。 また、火葬などでの収骨の際にも舎利礼文というお経が読まれます。 この舎利礼文は「お釈迦様の尊いお骨を礼拝すると功徳がある」ということを伝えるお経なのです。 臨済宗の仏壇の祭り方 仏壇とは、その名の通り「仏の壇」です、従って仏壇のメインはお位牌ではなく、お釈迦様または宗派のご本尊と、お経なのです。 仏壇はご本尊とお経巻を祭るために設けられたものです。 臨済宗のご本尊は、釈迦牟尼仏で、脇侍として達摩大師と観世音菩薩をお祭りします。 臨済宗のお経に関するまとめ いかがでしたでしょうか? 今回「終活ねっと」では、僧洞宗と並び称される臨済宗とその臨済宗で読まれるお経について解説しました。 開祖の栄西というお坊さんは、日本での禅宗の魁でもあった方でした。 栄西に関する本を読んでいてわかったことですが、かなりの理論家だったお坊さんです。

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浄土真宗、法要の時は毎回同じお経なのでしょうか?

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こんばんは。 真宗僧侶のかっけいです。 お寺での法要や家での法事では、お坊さんがお経をあげますよね。 皆さんはなぜ仏事でお経をあげるのか知っていますか。 つい先日お参りに行きますと中学生くらいの子供さんから「 こんな長いお経を読むことに意味ってあるの?何を言っているのか分からないよ?」と質問してきました。 するとお母さんがね、「なんてこと言うの失礼じゃないの」という雰囲気で叱って?いたんですね。 いやいや、良い質問じゃないですか。 失礼でもなんでもなく、お参りの人たちは知っておかなければならないことです。 お寺やお仏壇ではお経を読むものだと、ただ思い込んでいるだけじゃないですか。 というわけで今回はなぜお経をお勤めするのかについてを説明します。 *これは浄土真宗的な考え方ですので、他の仏教宗派では当てはまらないかもしれません。 お経をあげることは供養のひとつ。 浄土真宗では先祖に対しての追善供養をしませんよね。 真宗のお坊さんはこのことをしょっちゅう言います。 でもですね、皆さん勘違いしやすいのですが、『供養=追善供養』ではないんですよ。 供養というのはわかりやすく言うと、「 亡くなった人に・仏様にお供えして、亡くなった人を縁として私の心も養われていく」という意味です。 それでですね、供養には3種類あると言われています。 (もちろん考え方によっては2・4・5・6・7・8・10種と分けられますが)• 利供養(りくよう)• 敬供養(きょうくよう)• 行供養(ぎょうくよう) 難しい表現でしょう。 お経文をお勤めするのはこの中では敬供養をすることになります。 利供養とは亡き人や仏様へ物品を供えるということです。 (例えば花やお香やお光、果物や乾物のことですね。 ) 敬供養とは仏様を敬うということです。 行供養とは仏法を通して大切なことがわかり、自分がどういう歩みをするのか、大事なことに気がつきその道を歩める私になること。 (行供養は分かりにくいです。 簡単には説明できないですし、なかなか理解できないことです) お経は一字一句、意味が分かるためにお勤めしていない。 お経はですね。 意味が分かるためにお勤めしてるんじゃないんですよ。 お経はね、読誦(どくじゅ)と言って、 読むためにあるんですよ。 そりゃそうでしょう。 お経文をお勤めする声を聞いてお経文の内容が意味が分かると思いますか。 お経文を読む声を通して、仏の声を聴くことがお経文をあげる理由です。 意味が分からないのにお経を読むのはなぜ。 お経文には意味がないのではありませんよ。 お経文をお勤めする声を聞いても意味が分からないということです。 お経とは仏様(お釈迦さま)がお話になった内容です。 お釈迦様が説かれた法をお弟子さんたちが後にまとめたのがお経文です。 (ですから経典には『我聞如是or如是我聞』のように、私はこのように聞きましたの一文から始まるのです)• 経(きょう)• 論(ろん)• 釈(しゃく)• 教(きょう・おしえ) 仏様が説かれたお経にはどんな意味・どんな内容かというのをわかりやすく説明しようとしたのが、論であり、釈であり、教なんですね。 論や釈というのはインド・中国・日本の高僧たちが残された書物であり、お経の解説本です。 そしてお坊さんは論・釈からお経を学び、お経の中身、伝えたい事をかみ砕いて伝えお話しするのが、教えとなります。 意味がわからないのにお経を読むというのは、 仏様の説かれたお経を通して亡き人を偲ぶことが敬供養だからです。 またお経を読むこと聴くことというのは、心を静かに落ち着けるという意味合いもあります。 仏法とはこの私の命の中身・あり方を知ることとも言えます。 静かに座り、心を落ち着かせないとなかなか大切なことが見えてこないものです。 Sponsored Links さいごに・まとめ。 お経文の意味を知りたいならお坊さんにたずねよう。 お経文とはただ聞くだけで意味がわかるものではありません。 お経文とは仏様が説かれた仏法が記された金言であり、私たちに対して人生において大切なことを宗になることが書かれているんですね。 仏様が説かれたお経文を読誦し、故人を偲び仏様を敬うのが供養の一つである敬供養をしていることになります。 お経を読むこと聞くことで私の心を落ち着かせ、亡き人の縁を通し、私の胸に響かせるのです。 といってもやっぱりお経文の中身は知りたいものですね。 そんなときはお坊さんに質問すればいいのです。 お経は正直かなり難しい。 意味内容はわかるけども本当に伝えたいことは理解しにくい。 それをわかりやすく説明しようとしたのが今までの高僧たちであり、そのおかげにより、お坊さんはさらにかみ砕いて教えとして人々に伝えているのです。 だから家での法事やお寺での法要にお参りすれば気がつくでしょうが、お坊さんはお経をただ読んでいるだけではないですよね。 お勤めの後にはお話をするはずです。 仏様への物によるお供え(利供養)、お勤めによる供養(敬供養)、教えを理解し実践し伝えていくこと(行供養)によって仏事が成り立っています。 お経を読んでも意味は分からないでしょう。 しかし意味が分からないけどもこれが仏様から私に届けられた大切な教えだといただけることが、お経を読むこと聞いていくことの意義になるのです。 お経を読む時間が長くていやだなあ~なんて思わずに、私に向けられた仏からの願いだと思って心静かに聞いていただければ幸いです。 お経文の内容・意味を知りたければお坊さんに聞いてみてください。 きっとその時その時に応じて表現を変えながら説明してくれるでしょう。 お経をあげることは供養の一つ、敬供養のために。 供養とはお供えをし亡き人を縁として私のために、私の心が養われ育てられることです。

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曹洞宗、命日に読むお経

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我が家は臨済宗の妙心寺派です。 臨済宗のお経の本の中には50以上のお経が書いてあります。 お盆やお彼岸にお坊さんに家に来て頂いて仏壇にお経をあげて頂いてるのですが、お盆やお彼岸に読むお経は般若心経、坐禅和讚、舎利らい文、大悲呪などその時によって違うと思います。 今では私も同じ事をしています。 ご質問を拝読させて頂きました。 臨済宗妙心寺派に属しているので、回答します。 如何なる状況であっても、どのお経を読むかは宗派で厳格に決まっているわけではなく、それぞれのお寺の慣習や僧侶個人の裁量で選択し読んでいます。 また、僧侶が修行した僧堂の慣習も大きく影響されています。 その前提を踏まえた上でお聞き頂ければと思います。 まず、通常の年忌供養では、 開経偈・般若心経・消災咒・本尊回向・世尊偈・大悲咒・亡者忌回向・坐禅和讃・四弘誓願 を読みます。 僧侶によっては、消災咒や大悲咒を省く事もあるでしょう。 お盆は、開甘露門・盂蘭盆回向です。 彼岸は、特にお寺によって違うと思いますが、拙寺では、般若心経・消災咒・本尊回向・大悲咒・回向・坐禅和讃です。 あと、お墓では大悲咒・舎利礼文がスタンダードかと思います。 ただ、我々と同じように読む必要はありません。 心を込めて読む事が肝心かと思います。 追記 彼岸の大悲呪の後の回向は、大体どこのお寺でも亡者忌回向だと思いますが、これもって規定があるわけではないので、違う場合もあると思います。 そもそもお経は、どれもお釈迦様の説いた教えという体裁をとっております(坐禅和讃などは正確にはお経ではありません)。 般若心経なら「空」の教理が説かれ、維摩経なら「不二の法門」が説かれます。 そんなお経を読む事という行為は、本来は仏教の教理を学ぶ、いわば座学です。 勉強すれば、その利益は当然、勉強した本人に至るのが普通です。 お経を読む事も同様です。 それを自分以外の人、本尊や故人に方向転換させるウルトラCが回向です。 だから、回向そのものは在家の方が読む事を前提としていないのかもしれません。 あなたは、悩みや相談ごとがあるとき、誰に話しますか? 友だち、同僚、先生、両親、インターネットの掲示板など相談する人や場所はたくさんあると思います。 そのひとつに、「お坊さん」を考えたことがなかったのであれば、ぜひ一度相談してみてください。 なぜなら、仏教は1,500年もの間、私たちの生活に溶け込んで受け継がれてきたものであり、僧侶であるお坊さんがその教えを伝えてきたからです。 心や体の悩み、恋愛や子育てについて、お金や出世とは、助け合う意味など、人生において誰もが考えることがらについて、いろんなお坊さんからの癒しや救いの言葉、たまに喝をいれるような回答を参考に、あなたの生き方をあなた自身で探してみてはいかがでしょうか。

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