吉野 まこ フェイス ブック。 Toshiaki Yoshino (吉野 敏明)

吉野由美子の考えていること、していること

吉野 まこ フェイス ブック

「月刊視覚障害」2020年5月号表紙 新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための緊急事態宣言、東京などに出されていたものも5月25日の夜に解除されました。 けれども、まだまだホット気を抜けないなと思っています。 皆さんはいかがでしょうか。 さて、1ヶ月なんて本当にあっという間ですね。 月刊視覚障害の6月号が今日私の手元に届きました。 それで、いつものルールに従って、1ヶ月前に発行された5月号に掲載した「高齢視覚障害者を取り巻く問題を直視する」の連載4回目をこのブログで公開します。 読んでいただければ幸いです。 今年は猛暑になりそうだとのこと、マスクをつけていると熱中症になりやすいとも聞いています。 ストレスフルな環境の中、皆さんお体を大切に過ごしましょう。 月刊視覚障害4月号表紙 時間の建つのは早い物で、今日から5月になりました。 新型コロナウイルスの感染拡大を防止するための「緊急事態宣言」が出て,早くも3週間が過ぎましたが、拡大の収束にはまだほど遠い状況。 外は,気持ちよく晴れて,緑がだんだん濃くなっている絶好のシーズンですが、今はひたすら我慢して、自宅にとどまっています。 だから時間が沢山あります。 ちょうど原稿を書くには良いのかもしれません。 さて私が連載している「月刊視覚障害」の5月号が私の手元に届き、高齢視覚リハ問題の連載も4回目に入りました。 編集室との約束で、新しい雑誌が出たら、前の記事を、私のブログにアップしても良いと言うことで、4月号の内容を掲載いたします。 今回は,見えにくい方達についての施設の環境改善の話です。 ちょっとした工夫をすると,視覚障害者の方達だけでなく,高齢になって見えにくくなってきた方達にとっても使いやすい施設になるという話です。 是非興味を持って読んでいただければ幸いです。 月刊視覚障害NO、381表紙 現在私の年齢は72歳、幼い頃から低身長で、脊髄側湾と大腿骨の変形という障害を視覚と共に持っている重複障害者であったが、3年ほど前に、骨粗鬆症からきたと思われる第5葉対の圧迫骨折をしてから、脊柱管狭窄症の痛みに悩まされて、長い距離を歩くのも難しくなって、今介護保険を利用して、週2回リハビリ特化型のデイサービス施設に通って、少しでも運動能力を維持したいと頑張っている。 この自分の経験を通して、高齢視覚障害者の直面する問題について、自分事として深く考えて見たいという思いが強くなってきた。 私なりに述べたいことを「月刊視覚障害」の編集室に持ち込んで、その企画を認めていただき、「高齢視覚障害者を取り巻く諸問題を直視する-支援システムの構築を目指して-」というタイトルで、5回ないし6回の連載をさせていただくことになった。 この記事を、雑誌が出てから1ヶ月を過ぎた後で、私のブログで公開するという許可を「月刊視覚障害」の編集室から得て、毎月、記事をの内容公開できるようになった。 もし興味があったら読んで見てください。 以下雑誌に掲載した本文です。 沢山の準備をしていただき、とても良い雰囲気で話せました 講演している私 佐賀で視覚障害者生活訓練指導員(歩行訓練士)として頑張っておられる南さんから、「スマートサイトと地域連携の重要性」について話してくれませんかという依頼を昨年8月ぐらいに受けて、「佐賀に行くのは生まれて初めてだし、私で役に立つなら喜んで」ということで、引き受けて、2月15日に30人ほど集まった素敵な雰囲気の研修会で講師をさせていただきました。 その研修会には、眼科医、視能訓練士、盲学校の先生、当事者の方たち、県会議員、生活介護施設の職員、ホームヘルパーの方など多職種の多彩な顔ぶれの方が参加しておられて、とても良い雰囲気でした。 どうしてこんなに多職種の方たちが集まってくださったのかというと、それは南さんの準備が素晴らしかったから。 会の案内チラシには、私の履歴をバッチリ、視覚リハ専門家であることとロービジョンのある当事者であることを書いてバッチリ売り込みをしてくださいました。 ビジュアル系研究者の話題で盛り上がって 2月8日、視覚リハ協会HP作成を協力して行った仲間たちと久しぶりに交流会を開いた。 この日は、6人の参加だったが参加メンバーは、視覚リハ協会の会員で視覚障害者の支援に当たっている専門家3人(私もその一人)、プロボノとして視覚リハ協会HP作成に力を尽くしてくださった障害のない方二人、そして中途視覚障害がありながら一般企業の中で頑張っている方一人という顔ぶれ。 美味しいランチとお酒を飲みながら、楽しく深い会話をした。 その話題の中で、中途視覚障害を持って企業で頑張っている方から「ビジュアル系研究者」のことについて紹介があり、その話で盛り上がった。 紹介されたその方は島袋先生といい、NHKが主催している第54回NHK障害者福祉賞で佳作になった方。 2月2日にはNHK第二放送の視覚障害ナビラジオでインタビューも受けていた。 既にどちらもネット上に公開されているので、詳しい内容は、下記リンクを参照。 この人かっこいい、考え方に共感、刺激された 話題の島袋先生は、網膜色素変性症で現在左目のみ矯正視力0.7、視野2度とのこと。 その針の穴から見えるほんのわずかな見える部分をいろいろと工夫しつつ活用して顕微鏡を使って細胞の動きを研究している研究者、白状をついて学会に行き、研究発表はビジュアルにわかりやすく行うのだという。 これからもできうる限り、その姿勢を貫くのだと書いておられる。 すごい、先天性のロービジョンの当事者として、見えていることの喜びを主張し、保有している視機能を充分に活用して行くことを支援していただくことの大切さを主張してきた私にとって、とても刺激的なことだった。 この島袋先生の文章やインタビューに刺激されて、幸いにも「見る」ことを獲得して、そしてそれを72年間保ち続けてこられた自分のことを振り返って見たくなった。 長文になりますが、興味のある方は読んでいただければ幸いです。 昨年の4月、私のブログをお金をかけて新しい器に引っ越しした時「日記のように頻繁に更新するブログにしよう」と自らに誓ったのですが、そういう誓いを守れたことのない私、やっぱりあまり沢山記事を書かないうちに昨年が終わりました。 そんな私なので、2020年の念頭にする決意とか誓いとかは自分自身をあまり信用していないのですが、それでも毎年年賀状に書いています。 それをここに書いて見ました。 年賀状からの引用 あけましておめでとうございます。 旧年中は、大変お世話になりました。 本年も どうぞよろしくお願いいたします。 昨年3月一杯で10年間務めさせていただいた視覚リハ協会長を退任した私は、新しい生きがい探しに苦しんでいる中、沢山の新しい出会いに恵まれて「高齢視覚障害者のリハ」の普及活動に自分事として取り組むという道を見つけることができました。 2020年は、その普及活動を一つの柱にし、自分のリハビリにも励んで、スクーバーダイビングへの復帰の道筋をつけたいと思っています。 もう一つ自分が重複障害を持って生きてきた記録をちゃんとした形で残して見たいと思っています。 今年が皆様にとって幸多き年である事を祈って 2020年1月元旦 年賀状本体を下記pdfファイルでごらんください。 今年は、今までの自分なりの奇跡を残したいという思いは、結構本気なのかもしれません。 書くというエネルギーのいる作業に耐えられるのかどうか、72歳になって、集中力も気力も落ちてきていますから、今年がラストチャンスかもです。 そんな訳で、今年も私にお付き合いいただきますよう、よろしくお願いいたします。 はじめに ちょうど3年前になりますが、私は第5腰椎の圧迫骨折をして、長い距離を歩くことなどが困難になり、激しい腰の痛みにも悩まされて、いくつかの病院でリハビリテーションを受けました。 しかし医療保険で受けられるリハビリテーションは、受傷して6ヶ月、その後は介護保険での訪問リハビリを受け、2017年7月からデイサービス施設(リハビリテーションに特化した)に週2回通うようになりました。 その施設エバーウォーク両国店では、20分をワンクールとするサーキットトレーニングをおこなっていて、種目の実施の順番は、毎回変わるのですが、それを指導員の方が手書きでホワイトボードに書き出して、利用者は、それを見て自分のする種目のところに移動して運動を行う形を取っていました。 ご承知の通り私はロービジョン(矯正視力右0.02、左0.15、視野障害なし)なので、この手書きの表が見えなくて、種目を移動する度に「私次何をやりますか」「どこに行きますか」と職員の方にしつこく聞いていました。 そして私なりに見えにくさを訴えて、改善をお願いしました。 それを施設の管理責任者の理学療法士の方が真剣に受け止めてくださり、職員の方たちと協議して、視覚的な掲示の方法や、プログラムの配置を工夫してくださって、私は、スムーズに移動して、施設での生活を楽しく過ごせるようになりました。

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吉野貯木まちあるき、デザインコンペ最終審査のご案内

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「月刊視覚障害」2020年5月号表紙 新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための緊急事態宣言、東京などに出されていたものも5月25日の夜に解除されました。 けれども、まだまだホット気を抜けないなと思っています。 皆さんはいかがでしょうか。 さて、1ヶ月なんて本当にあっという間ですね。 月刊視覚障害の6月号が今日私の手元に届きました。 それで、いつものルールに従って、1ヶ月前に発行された5月号に掲載した「高齢視覚障害者を取り巻く問題を直視する」の連載4回目をこのブログで公開します。 読んでいただければ幸いです。 今年は猛暑になりそうだとのこと、マスクをつけていると熱中症になりやすいとも聞いています。 ストレスフルな環境の中、皆さんお体を大切に過ごしましょう。 月刊視覚障害4月号表紙 時間の建つのは早い物で、今日から5月になりました。 新型コロナウイルスの感染拡大を防止するための「緊急事態宣言」が出て,早くも3週間が過ぎましたが、拡大の収束にはまだほど遠い状況。 外は,気持ちよく晴れて,緑がだんだん濃くなっている絶好のシーズンですが、今はひたすら我慢して、自宅にとどまっています。 だから時間が沢山あります。 ちょうど原稿を書くには良いのかもしれません。 さて私が連載している「月刊視覚障害」の5月号が私の手元に届き、高齢視覚リハ問題の連載も4回目に入りました。 編集室との約束で、新しい雑誌が出たら、前の記事を、私のブログにアップしても良いと言うことで、4月号の内容を掲載いたします。 今回は,見えにくい方達についての施設の環境改善の話です。 ちょっとした工夫をすると,視覚障害者の方達だけでなく,高齢になって見えにくくなってきた方達にとっても使いやすい施設になるという話です。 是非興味を持って読んでいただければ幸いです。 月刊視覚障害NO、381表紙 現在私の年齢は72歳、幼い頃から低身長で、脊髄側湾と大腿骨の変形という障害を視覚と共に持っている重複障害者であったが、3年ほど前に、骨粗鬆症からきたと思われる第5葉対の圧迫骨折をしてから、脊柱管狭窄症の痛みに悩まされて、長い距離を歩くのも難しくなって、今介護保険を利用して、週2回リハビリ特化型のデイサービス施設に通って、少しでも運動能力を維持したいと頑張っている。 この自分の経験を通して、高齢視覚障害者の直面する問題について、自分事として深く考えて見たいという思いが強くなってきた。 私なりに述べたいことを「月刊視覚障害」の編集室に持ち込んで、その企画を認めていただき、「高齢視覚障害者を取り巻く諸問題を直視する-支援システムの構築を目指して-」というタイトルで、5回ないし6回の連載をさせていただくことになった。 この記事を、雑誌が出てから1ヶ月を過ぎた後で、私のブログで公開するという許可を「月刊視覚障害」の編集室から得て、毎月、記事をの内容公開できるようになった。 もし興味があったら読んで見てください。 以下雑誌に掲載した本文です。 沢山の準備をしていただき、とても良い雰囲気で話せました 講演している私 佐賀で視覚障害者生活訓練指導員(歩行訓練士)として頑張っておられる南さんから、「スマートサイトと地域連携の重要性」について話してくれませんかという依頼を昨年8月ぐらいに受けて、「佐賀に行くのは生まれて初めてだし、私で役に立つなら喜んで」ということで、引き受けて、2月15日に30人ほど集まった素敵な雰囲気の研修会で講師をさせていただきました。 その研修会には、眼科医、視能訓練士、盲学校の先生、当事者の方たち、県会議員、生活介護施設の職員、ホームヘルパーの方など多職種の多彩な顔ぶれの方が参加しておられて、とても良い雰囲気でした。 どうしてこんなに多職種の方たちが集まってくださったのかというと、それは南さんの準備が素晴らしかったから。 会の案内チラシには、私の履歴をバッチリ、視覚リハ専門家であることとロービジョンのある当事者であることを書いてバッチリ売り込みをしてくださいました。 ビジュアル系研究者の話題で盛り上がって 2月8日、視覚リハ協会HP作成を協力して行った仲間たちと久しぶりに交流会を開いた。 この日は、6人の参加だったが参加メンバーは、視覚リハ協会の会員で視覚障害者の支援に当たっている専門家3人(私もその一人)、プロボノとして視覚リハ協会HP作成に力を尽くしてくださった障害のない方二人、そして中途視覚障害がありながら一般企業の中で頑張っている方一人という顔ぶれ。 美味しいランチとお酒を飲みながら、楽しく深い会話をした。 その話題の中で、中途視覚障害を持って企業で頑張っている方から「ビジュアル系研究者」のことについて紹介があり、その話で盛り上がった。 紹介されたその方は島袋先生といい、NHKが主催している第54回NHK障害者福祉賞で佳作になった方。 2月2日にはNHK第二放送の視覚障害ナビラジオでインタビューも受けていた。 既にどちらもネット上に公開されているので、詳しい内容は、下記リンクを参照。 この人かっこいい、考え方に共感、刺激された 話題の島袋先生は、網膜色素変性症で現在左目のみ矯正視力0.7、視野2度とのこと。 その針の穴から見えるほんのわずかな見える部分をいろいろと工夫しつつ活用して顕微鏡を使って細胞の動きを研究している研究者、白状をついて学会に行き、研究発表はビジュアルにわかりやすく行うのだという。 これからもできうる限り、その姿勢を貫くのだと書いておられる。 すごい、先天性のロービジョンの当事者として、見えていることの喜びを主張し、保有している視機能を充分に活用して行くことを支援していただくことの大切さを主張してきた私にとって、とても刺激的なことだった。 この島袋先生の文章やインタビューに刺激されて、幸いにも「見る」ことを獲得して、そしてそれを72年間保ち続けてこられた自分のことを振り返って見たくなった。 長文になりますが、興味のある方は読んでいただければ幸いです。 昨年の4月、私のブログをお金をかけて新しい器に引っ越しした時「日記のように頻繁に更新するブログにしよう」と自らに誓ったのですが、そういう誓いを守れたことのない私、やっぱりあまり沢山記事を書かないうちに昨年が終わりました。 そんな私なので、2020年の念頭にする決意とか誓いとかは自分自身をあまり信用していないのですが、それでも毎年年賀状に書いています。 それをここに書いて見ました。 年賀状からの引用 あけましておめでとうございます。 旧年中は、大変お世話になりました。 本年も どうぞよろしくお願いいたします。 昨年3月一杯で10年間務めさせていただいた視覚リハ協会長を退任した私は、新しい生きがい探しに苦しんでいる中、沢山の新しい出会いに恵まれて「高齢視覚障害者のリハ」の普及活動に自分事として取り組むという道を見つけることができました。 2020年は、その普及活動を一つの柱にし、自分のリハビリにも励んで、スクーバーダイビングへの復帰の道筋をつけたいと思っています。 もう一つ自分が重複障害を持って生きてきた記録をちゃんとした形で残して見たいと思っています。 今年が皆様にとって幸多き年である事を祈って 2020年1月元旦 年賀状本体を下記pdfファイルでごらんください。 今年は、今までの自分なりの奇跡を残したいという思いは、結構本気なのかもしれません。 書くというエネルギーのいる作業に耐えられるのかどうか、72歳になって、集中力も気力も落ちてきていますから、今年がラストチャンスかもです。 そんな訳で、今年も私にお付き合いいただきますよう、よろしくお願いいたします。 はじめに ちょうど3年前になりますが、私は第5腰椎の圧迫骨折をして、長い距離を歩くことなどが困難になり、激しい腰の痛みにも悩まされて、いくつかの病院でリハビリテーションを受けました。 しかし医療保険で受けられるリハビリテーションは、受傷して6ヶ月、その後は介護保険での訪問リハビリを受け、2017年7月からデイサービス施設(リハビリテーションに特化した)に週2回通うようになりました。 その施設エバーウォーク両国店では、20分をワンクールとするサーキットトレーニングをおこなっていて、種目の実施の順番は、毎回変わるのですが、それを指導員の方が手書きでホワイトボードに書き出して、利用者は、それを見て自分のする種目のところに移動して運動を行う形を取っていました。 ご承知の通り私はロービジョン(矯正視力右0.02、左0.15、視野障害なし)なので、この手書きの表が見えなくて、種目を移動する度に「私次何をやりますか」「どこに行きますか」と職員の方にしつこく聞いていました。 そして私なりに見えにくさを訴えて、改善をお願いしました。 それを施設の管理責任者の理学療法士の方が真剣に受け止めてくださり、職員の方たちと協議して、視覚的な掲示の方法や、プログラムの配置を工夫してくださって、私は、スムーズに移動して、施設での生活を楽しく過ごせるようになりました。

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Toshiaki Yoshino (吉野 敏明)

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アメリカのインターネットサイト。 2004年,ハーバード大の学生が学生サービスを目的として創設,06年に一般にも公開され,またたく間に豊富なアプリケーションや情報共有機能を備えた,に急成長した。 「友達や同僚,同級生,仲間たちと交流を深めること」を目的としているのが特徴で,実生活で連絡を取り合ったり交流している人とのコミュニケーションにが置かれている。 10年末から11年にかけて中東で始まったで,民主化運動の連絡網として用いられたとされ,ソーシャルメディアの威力を世界に知らしめることになった。 11年秋に,ニューヨークから始まった,格差社会とグローバリズムに反対する,にも,フェイスブックが用いられたとされている。 全世界で5億人をこえるユーザーが存在するといわれ,中国でも,フェイスブックを通じて,民主化要求のデモが呼びかけられた。 フェイスブックの利用者数は,11年末で約8億4500万人,12年3月末で9億100万人といわれ依然として利用者数は増加を続けている。 12年5月には,米国市場に株式を上場。 10年に一度の大型上場ともてはやされたが,上場後公募価格を割り込む安値更新を続けて投資家の期待を裏切る結果となった。 2004年にハーバード大学の学生マーク・,・モスコビッツ,クリス・ヒューズによって設立された。 本社はカリフォルニア州パロアルト。 利用者は自己紹介文を作成し写真を掲載して登録を行ない,既存のネットワークに加入したのち,新たなネットワークをスタートさせる。 会員は当初ハーバード大学の学生に限定されていたが,段階的に,すべての大学生,高校生,13歳以上へと開放された。 サイトには利用者の自己紹介スペースの「ウォール」,利用者が友人に居場所や状況を通知できる「ステイタス」,友人の情報変更を利用者に知らせる「ニュースフィード」などがある。 2006年9月には,電子メールアドレスをもっていれば居住地域のネットワークに参加できるようになった。 2008年6月,ソフトウェアコードの一部をにした。 2011年9月,利用者が書き込んだすべての情報に,より簡単にアクセスできる「タイムライン」を導入。 2012年10月には全世界での利用者数が 10億人を突破した。 ザッカーバーグは 2004年,ベンチャー・キャピタルから融資を受け,新会社の CEO兼社長に就任。 2006年ザッカーバーグはからの 10億ドルでの買収提案を退けたが,2007年にはが 2億4000万ドルで株式の 1. 2008年時点のザッカーバーグの資産総額は約 15億ドル。 2012年5月,ナスダックに株式を上場した。 出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について の解説 世界規模で利用されるSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)サイトのひとつ。 2004年にアメリカでスタートし、2008年(平成20)には日本語版も開設された。 当初は学生のみの参加であったが、2006年以降は一般にも開放されて、だれでも使うことができるようになっている。 インターネットに接続したパソコンや携帯電話などからアクセスする。 「友達や同僚、同級生、仲間たちと交流を深めること」を目的としているのが特徴の一つ。 新たな出会いを求めることもできるが、むしろ実生活で交流している人とのコミュニケーションに主眼が置かれている。 パソコンのアドレス帳に入っているメールアドレスを使ってユーザー検索したり、同級生や同窓生、同僚を捜したり、趣味や地域でも検索できるなど、実社会のコミュニティの延長線上にあるSNSといえる。 [編集部].

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