レスリー チャン。 HOME

全45作品。レスリー・チャンが出演した映画ランキング

レスリー チャン

でも、動き始めると半端でなく美しい。 凛としていて気品があります。 「これが気質なんだ」と香港女子は言います。 ロックレコードが公式にYouTubeにいくつか挙げていますが、これはDVDを買ってテレビで見るべき。 跨越97演唱會、つまり96年から97年への年末の年越しコンサートなのですが、フィルモグラフィーを見るとこの頃レスリーは俳優としては全盛期。 ここからまだ何作も何作も傑作を作っていきそうな雰囲気です。 実際には残念ながらこのコンサートのために撮影終了を待たずにレスリーが離れた「ブエノスアイレス」の後には良い作品がほとんどないのですが。 1956年生まれなのでお歳は40歳。 四十路男ですが肌はぷりぷり。 前半はこれまでのヒット曲メインですが、後半からは映画の主題歌が増えてきます。 前半は「アイドル歌手・レスリー」であり、後半は「映画スター・レスリー」といった様子。 その映画がテーマになっていくような感じです。 ただ、「道ならぬ恋」(偷情)あたりから方向性がおかしくなり始めますのでご注意を。 おそらくこの曲と「紅」のテーマはこのコンサート当時未公開だった「ブエノスアイレス」。 受け入れられない人は多分徹底的に受け入れられないと思うのですが、「ブエノスアイレス」だといえば、どういうものかはわかるでしょう。 閲覧注意!! どういうことかと言いますと。 「偷情」では、黒くて薄いコートのようなバスローブのようなものを羽織ったレスリー。 たまーに胸をはだけて胸の上にバラの絵が書いてあるのをちらっとみせつけまして。 下から吹き上げる風にバスローブが舞って足がチラリズム。 こんな中途半端なところで終わらないのがレスリー。 終盤ではぜーんぶはだけちゃうんだもん。 きっちり作り上げた体を見せびらかします。 この舞台の上以外でやったらあなた、逮捕されます。 舞台の上でもマレーシアなんかでやったら逮捕されるかも。 保守的な香港では大騒ぎになっただろうな。 このときのレスリーが「見てェ」とか恍惚とした表情ではなくて、観客が大騒ぎするのを満足そうに見てます・・・「ブエノスアイレス」でウィンに対して怒っているのにウィンの世話をかいがいしく焼いているファイをウィンが面白そうに見ているシーンがありますが、あんな感じ。 ぞくぞく来ちゃったね。 でも、椅子に横たわるところは恍惚とした表情ですが、目を開けていたら据わってただろうな。 天性の小悪魔(男)が計算しつくした両性具有的なセクシーさなので、受け入れられない人は徹底的に受け入れられません。 「偷情」が脱いで(両性具有的ですが)男性的であったのに対して、曲として「偷情」と対になる「紅」は徹底的に女性的。 やっぱり閲覧注意! YouTubeでは見にくいのですが、DVDにするとはっきりと赤い(時代だねえ。 赤黒い感じの色)口紅をひき、パンツルックではあるけれどスパンコールきらきらスーツの足下には真っ赤なハイヒール・・・。 そんなハイヒールを履いて男性ダンサーと踊るタンゴは、妖艶そのもの。 例えば「覇王別姫」が清楚で可憐な女形だったのに対して、こちらは男を翻弄して楽しむ妖艶な女形です。 終盤、男性ダンサーを突き放し、うっとりとした表情で舞台に横たわり、足を突き上げて靴を履き替えさせます。 ハイヒールから黒い男物に。 放心した表情で助け起こしてもらうのですが、目を開けたら絶対据わってただろうな。 そしてかんざしのような何かを男性ダンサーに投げてよこした顔は「ブエノスアイレス」のウィン。 あー、小悪魔! 「ねえ。 僕はセクシーでしょ?」 ええ。 あなたはセクシー。 ところがその直後に年越しをするんです。 「あと少しで1997年を迎えるね!」と紹介を始めていきます。 北京の京劇学校の子供達(私よりほんの少し年下だろうな)、ダンサーたち。 DVDには出てこなかったけれど、ゲストのスー・チー、カレン・モク、ウィニー・シンの紹介とみんなで「蛍の光」を歌いながら大騒ぎ。 カレン・モクとウィニー・シンのコーナーはCDに収録されていますが、DVDではカット。 そこは完全に男性に戻っています。 真っ赤な口紅を落とすこともなく、ですよ。 口紅つけてるけど、男なんです。 さっきまでのだだ漏れしていた色気はどこ?実際の大晦日は大騒ぎをした後に「神仙神仙・・・」と舞台でお祈りを始めます。 息が上がっています。 呼ばれて出てきたのはアニタ・ムイだったのですがDVDにはありません。 CDにもDVDにもありません。 YouTubeにあるだけです。 おそらくこのコンサートで有名なのは「紅」ともう一つ「月亮代表我的心」でしょう。 DVDでは日付が97年の1月4日と出ています。 千秋楽だったのでしょうか。 ここでレスリーは「好朋友」を紹介して感謝の気持ちを表明します。 事実上の恋人宣言です。 これが凄絶に美しいのです。 2001年にレスリー本人が 僕が一番苦しかったのは、97年コンサートで「月亮代表我的心」を歌った時だった。 メディアは僕の言ったことを載せた。 そのとてもゆがめられた報道の為に、幾つかの僕の作品を売る場所がつぶされてしまった。 と言っていたそうです。 「」より もちろん、「好朋友」を紹介したこと。 特異な人物(=セクシュアルマイノリティ)として面白おかしく書きたてられたのでしょう。 絶好の材料だもの。 97年公開の「ブエノスアイレス」以降のレスリーに後世まで残る作品がないのはそのためだったのでしょう。 俳優としてノリに乗っていた頃なのに。 さらに自分が書かれることよりも、恋人を悪くいわれる方が辛そうです。 その後の「追」も見事。 ハスキーボイスがうまく効いています。 歌い終える前にレスリーは言います。 「僕は今夜を忘れない。 どうか僕を忘れないで下さいね」.

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レスリー・チャンの彼氏、2人の秘蔵写真を初公開

レスリー チャン

父はスターなどを顧客に持つ有名で紡績工場の経営者。 、13歳になるとで単位を落とし、東部のに留学。 その後に入学しを専攻するが、父が病に倒れ学業半ばで香港に帰国。 の学力を心配した母の勧めで中学5年クラスに編入。 その後しばらく父のコネで入った弁護士事務所や、自分で見つけた販売員の職などを転々とし、家族とは離れて暮らす。 、友人と共にテレビ局主催の歌謡コンテストに出場し『American Pie』を歌い準優勝。 翌から歌手として芸能活動を開始するが、しばらくは下積み生活に甘んじる。 また、このころ親しくしていた女性の裏切りにより生活は荒み、金銭的にも精神的にも苦難の日々が続く。 に『風継続吹』(『』のカバー)がヒット。 には『Monica』(『』のカバー)が大ヒット。 一躍トップアイドルに踊り出て、以前からトップアイドルだったとライバル関係に。 ファン同士の仲の悪さも有名で、アランのファンから執拗な嫌がらせを受けた。 その影響もあり、に歌手引退宣言。 へ移住する。 しかし半年後に帰国、芸能界に俳優として復帰。 国際的俳優への道 [ ] 俳優としては、にパトリック・タム監督の『』に出演し、後のらニューウェーブに影響を与える。 その後はいわゆる「アイドル映画」に出演。 そして、に『』、には『』など、数々の大ヒット作に出演。 香港映画界の金字塔を打ち立てる。 、ウォン・カーウァイ監督の『』で主演男優賞受賞。 には中国の監督の『』に出演、パルムドールを受賞。 のウォン・カーウァイ監督『』は、日本の単館上映記録を塗り替える大ヒットとなる。 また、、監督の『』出演を切っ掛けに楽壇復帰。 に開催されたコンサート『PASSION』は、衣装設計をに依頼。 そのファッション性や斬新で圧倒的なパフォーマンスで大成功する。 日本でも・・・・・で開催され、成功を収めた。 この年の音楽賞レースでは若手アイドル歌手を蹴散らし6曲同時に新曲がノミネートされるなど、レスリーは歌手として第2の頂点を極める。 そして念願だった映画監督になるべく、多くのミュージッククリップやTVドラマ、短編フィルムなどを撮影した。 監督デビューは『』での劇中ポルノ映画『色情男女』。 自殺 [ ] 、香港の最高級「」より。 46歳没。 レスリー・チャンの命日に集うファン(2006年4月1日撮影)。 自殺の原因については、一年ほど前からを患っていたとされている。 遺書が残されており、長年姉と慕った沈殿霞(リディア・サム)への感謝とお詫びが記されていた。 自殺の現場になった「マンダリン・オリエンタル香港」の門前にはファンによって多数の花束と死を悼むメッセージカードがささげられ、同ホテルの門前は黒山の人だかりになった。 葬儀には香港の芸能関係者のほとんどとファンが参列、香港のみならず社会が悲嘆にくれたという。 2005年11月8日には記念切手「香港流行歌星 Hong Kong Pop Singers」を発行した。 00切手に登場した。 2007年12月にに熱心なファン120人の賛同により「レスリー・チャンの思い出ベンチ」が設置された。 ベンチのメッセージには、賛同者120人からのレスリーへ今も続く思いが込められている。 『Leslie Cheung 1956,9,12 私達を魅了し続ける 愛すべき張國榮の 音楽と映画、人生のすべてに 感謝を込めて Leslie Cheung Fans 有志120人』 主な出演作品 [ ] ビデオ [ ]• ティーンエイジャーズ• 死の绊• 十字路• アイランド ストーリー• 歳月河山 テレビドラマ [ ]• 鰐魚淚 Crocodile tears(1978年)• 浣花洗劍錄 The Spirit of the Sword(1979年)・・・ 役• 大内群英續集 Dynasty II(1980年)・・・ 役• 浮生六劫 Gone with the wind(1980年)・・・ 役• 小小心願 Make a Wish(1980年)• 珠海梟雄(1981年)• 遊俠張三豐 Tai Chi Master II(1981年)・・・ 役• 對對糊 Pairing(1981年)• (1981年)• (1982年)• (1984年)• (1985年) 映画 [ ]• (1978年)【香】監督:• 狗咬狗骨(1978年)【香】監督:• 喝彩 Encore(1980年)【香】 監督:• 失業生(1981年)【香】• (1981年)【香】• (1982年)【香】監督:• (1982年)【香】• (1982年)【香】• 衝激21 Energetic 21(1982年)【香】• (1983年)【香】• 第一次 First Time(1983年)【香】• (1984年)【香】• 三文治 Double Decker(1984年)【香】• (1984年)【香】• 驚情(1985年)【香】• 求愛反鬥星 Crazy Romance(1985年)【香】• (1985年)【香】• (1985年)【香】• (1986年)【香】監督:• 偶然 Last Song In Paris (1986年)【香】• (1987年)【香】監督:• (1987年)【香】監督:• (1987年)【香】監督:• 殺之戀(1988年)【香】監督:梁普智• (1989年)【香】• 日落巴黎(1989年)【香】• (1989年)【香】監督:• (1990年)【香】監督:• 豪門夜宴 The Banquet (1991年)【香】• (1991年)【香】• 藍江傳之反飛組風雲 Arrest the Restless (1992年)【香】• (1992年)【香】• (1993年)【香】• (1993年)【香】• (1993年)【中・香】監督:• (1993年)【香】• (1993年)【香】• (1994年)【香】• (1994年)【香】監督:• (1994年)【香】監督:• (1994年)【香】• 記得香蕉成熟時II初戀情人 Over the Rainbow Under the Skirt (1994年)【香】• (1995年)【中・香】監督:• (1995年)【香】• (1996年)【香】監督:• (1996年)【香】• (1996年)【香】• (1996年)【香】監督:• (1996年)【中・香】監督:• (1996年)【香】監督:• (1997年)【香】監督:• (1997年)【香】• (1998年)【香】• (1998年)【日・香】• 左右情緣 Left Right Love Destiny(1999年)【香】• (1999年)【香】• (1999年)【香】• (1999年)【日・香】• (1999年)【香】• (2000年)【香】• (2000年)【香】• (2000年)【香】• (2002年)【香】• (2008年)【香】……『楽園の瑕』の別編集バージョン 主なアルバム [ ]• DayDream(1977年)デビューアルバム。 英語曲中心。 風繼續吹(1983年)本文中にもある「さよならの向こう側」カバー収録アルバム。 張國榮Monica(1984年)『』カバー収録。 當年情(1986年)本人出演映画「男たちの挽歌」主題歌「當年情」収録。 SUMMER ROMANCE(1987年)1987年に香港で最も売れたアルバム。 Virgin Snow(1988年)本人主演映画「男たちの挽歌II」主題歌「奔向末來日子」収録。 SALUTE(1989年)香港の往年のヒット曲を自ら歌ったアルバム。 寵愛(1995年)本人が出演した映画の主題歌を自ら歌ったアルバム。 紅(1996年)歌手本格復帰アルバム。 Gift(1998年)収録曲マシュマロはの提供曲。 ボーカルプロデュースは。 大熱(2000年)と共演した映画「恋戦。 OKINAWA」主題歌とそのミュージック・ビデオを収録。 主なシングル [ ]• 終始会行運(1984年) 『』オープニングテーマ• Monica(1985年) 『』カバー 関連書籍 [ ]• 『レスリー - レスリー・チャンのすべて』(著、、1999年) 脚注 [ ] [].

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4月1日はレスリー・チャンの命日、個人的おすすめ作品も紹介

レスリー チャン

悲しき過去を背負った男女の恋のゆくえを描いたラヴ・ストーリー。 香港を代表する大スターで俳優・歌手のレスリー・チャン(「僕らはいつも恋してる! 金枝玉葉2」)と香港でも人気のトレンディ女優、常盤貴子が共演したことで話題に。 監督は「ブラック・マスク黒侠」のダニエル・リー。 脚本は「夢翔る人 色情男女」のロー・チー・リョンとテレビ脚本家の青柳祐美子。 製作は「夢翔る人 色情男女」のキャサリン・ハーと一瀬隆重。 製作総指揮は李興國と大塚康高、香山哲。 撮影は姜國民。 音楽は「踊る大捜査線 THE MOVIE」の松本晃彦。 美術は「サイクロンZ」の馬光榮。 共演は「踊る大捜査線 THEMOVIE」の星野有香、「メイド・イン・ホンコン」のサム・リーほか。 監督 出演キャスト 香港で<三級片>と呼ばれるポルノ映画を撮ることになった、売れない映画監督とその周りの悲喜劇を描いたほろ苦いコメディ。 監督・脚本は「つきせぬ想い」でコンビを組んだイー・トンシンとロー・チーリョンが共同であたる。 製作はキャスリーン・ハーン。 製作総指揮は「kitchen キッチン」のレイモンド・チョウ。 撮影は「食神」のジングル・マー。 音楽は「フルスロットル 烈火戦車」のクラレンス・ホイ。 美術は「ラヴソング」のイー・チョンマン。 出演は「ブエノスアイレス」のレスリー・チャン、「初恋」のカレン・モク、「BE MY BOY」のスー・チー、「kitchen キッチン」のロー・ガーイン、「恋する天使」のラウ・チンワン、「フルスロットル 烈火戦車」のチョイ・カムコンほか。 監督 出演キャスト 1930年代の上海租界を舞台に、暗黒街で命を張って生きるふたりの男が力と恋とを競い合うアドヴェンチャー・ロマン。 80年香港で大人気となり、主演のチョウ・ユンファの出世作となったTVシリーズ『上海灘』の映画化。 監督は本作が日本初紹介となるプーン・マンキッ。 製作はゼネラル・プロデューサーに「ダブルチーム」でハリウッドに進出したツイ・ハーク、製作総指揮に「008・皇帝ミッション」のチャールズ・ヒョンと「アンディ・ラウ 戦火の絆」のティファニー・チェンがあたった。 脚本は監督のプーンと「復讐のプレリュード 大冒険家」のサンディ・ショウ。 撮影は「戦火の絆」のプーン・ハンサン。 音楽は「ブレード/刀」のウィリアム・フーで、香港では有名なTV版『上海灘』と同じテーマ曲を使用。 美術はブルース・ユー。 主演は「ブエノスアイレス」のレスリー・チャンと「フル・スロットル 烈火戦車」のアンディ・ラウ。 共演は「太陽の少年」のニン・チンほか。 監督 出演キャスト 90年代を代表する映画作家、「欲望の翼」「天使の涙」のウォン・カーウァイが、南米はブエノスアイレスを舞台に、さすらうゲイの男二人の人生模様を鮮烈に綴った一編。 デビュー以来一貫して香港を舞台にしてきたウォン監督が、初めて国外、しかもかねて彼が興味を寄せる、南米はブエノスアイレスを主要な舞台としてロケし、さらに初めて同性愛を題材に扱ったことも、話題となった。 主演は香港はじめ中華圏を代表する二人の大スター、レスリー・チャンとトニー・レオン。 撮影のクリストファー・ドイル、美術・編集のウィリアム・チョンは前作「天使の涙」に引き続いて参加した言わずと知れたカーウァイ組の常連。 製作はカーウァイ、製作総指揮はチャン・イーチェン。 また、アソシエイト・プロデューサーは、日本で「欲望の翼」以来国内配給を手掛けてきたプレノンアッシュ代表の篠原弘子と、T・J・チョン、クリストフ・ツァンの共同。 製作主任はジャッキー・パン。 衣裳デザインとして菊池武夫が協力している。 音楽はエンド・タイトルの英語題同名歌を演奏するダニー・チョンの名前がクレジットされているが、劇中ではカエターノ・ヴェローゾ、アストル・ピアソラ、フランク・ザッパなど、ヴァラエティに富んだ選曲で聞かせる。 「カップルズ」などエドワード・ヤン作品で売る台湾の若手、チャン・チェンがトニー・レオンにからむ若い男として共演。 第50回(97年)カンヌ映画祭最優秀監督賞受賞。 97年キネマ旬報外国映画ベスト・テン第6位。 監督 出演キャスト.

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