シブがき隊。 シブがき隊の解散理由3つ!メンバーの不仲3つの原因も総まとめ

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シブがき隊

ジャニーズ事務所の代表取締役社長さんが、2019年7月9日に入院先の病院で亡くなりました。 原因は『くも膜下出血』、享年87歳でした。 悲しみが広がる中、1980年代にアイドルグループ『』の一員として活躍していた、さん・さん・さんの3人がコメントを発表。 ジャニー喜多川さんの死をしのびました。 薬丸裕英さんのコメント 1981年にドラマ『2年B組仙八先生』(TBS系)でデビューした後、『シブがき隊』として数々のヒット曲を歌ってきた薬丸さん。 同月10日にブログを更新し、恩師の訃報に涙を流したことをつづりました。 一晩、泣き明かしました。 人生の恩人の逝去…辛く悲しいです。 ジャニー喜多川社長に 出会わなかったら 今の自分はありません。 14歳から今日まで ジャニーさんとの色々な想い出が 頭の中を駆け巡っています。 ジャニーズ事務所を退所した後も 年に数回、ご自身がプロデュースする 舞台に呼んで下さり、楽屋で近況など お話させていただきました。 常にやさしく気遣いの方でした。 ジャニーさんには 感謝の気持ちしかありません。 本当にありがとうございました。 心よりご冥福をお祈りいたします。 薬丸裕英オフィシャルブログ ーより引用 布川敏和さんのコメント 布川さんも、同日にブログを更新。 ジャニー喜多川さんの「優しさ」を振り返っています。 ニュース速報で、ジャニーさんが お亡くなりになられた事を知りました。 とてもショックでなりません・・・ 僕が 15歳の時に、ジャニーさんのオーディションを受け、ジャニーズ事務所に入れて頂きました。 そして すぐに、ドラマ『2年B組 仙八先生』に、薬丸君と本木君と出演させて頂きました。 一年間のドラマの終わり頃に 「You達 三人で、グループで デビューするから!」っと、ジャニーさんに伝えられた お言葉を今でも鮮明に覚えております。 そして、シブがき隊が生まれたのです。 右も左も解らなかった デビューしたての僕らに、ステージ上での立ち振る舞い方や、歌っている最中の表情、目線の位置、事細かく指導して下さいました。 いつも優しいジャニーさんは 合宿所でも、 「You達、お腹空いてるんじゃない?」っと、よく スパゲティを作ってくれました。 それがとても美味しのです。 その他にも、ジャニーさんとの思い出は 沢山あります。 シブがき隊が解散して 30年も経ちますが、どれも忘れる事が出来ません・・・ ジャニーさんと出会わなければ、今 僕が芸能界で お仕事をさせて頂いている事も無かったでしょう。 感謝してもし切れません。 ジャニーさん、本当に どうも有難う御座いました。 心から御冥福をお祈り致します。 布川敏和オフィシャルブログ ーより引用 本木雅弘さんのコメント また、同日放送の情報番組『めざましテレビ』(フジテレビ系)では、ジャニー喜多川さんの訃報に対する本木さんのコメントを紹介。 本木さんは、所属事務所を通してジャニー喜多川さんとの思い出を次のように語っています。 14才の終わり、「じゃあ来週からね」と、親愛の込もった笑顔で改札まで見送っていただきました。 帰路の電車の中で止まらなかったあの大望に満ちた胸の高鳴りが自分の原点です。 心よりの感謝と、ご冥福をお祈り申し上げます。 めざましテレビ ーより引用 自ら舞台上での振る舞いかたを指導し、スパゲティを作るなど、しっかりと3人のサポートをしていたジャニー喜多川さん。 『人としての温かみ』が伝わってくるエピソードの数々に、多くの人が胸を打たれています。 [文・構成/grape編集部] 出典 薬丸裕英オフィシャルブログ/布川敏和オフィシャルブログ/めざましテレビ.

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松田聖子やシブがき隊も――昭和のトップアイドルたちが中野に連日集結していた涙ぐましい理由(アーバン ライフ メトロ)

シブがき隊

ジャニーズ事務所所属の三人組アイドルグループである。 メンバーは布川敏和、本木雅弘、薬丸裕英。 1981年に「2年B組仙八先生」に三人が出演しており結成となった。 最初はシブがきトリオと命名されていたが、当時三人組のグループが多くトリオを付けているグループが多かったことからシブがき隊に改名した。 1982年に【NAIーNAI 16】でデビューしており、シブがき隊のキャッチフレーズは【YMF 正面突破】であった。 そして【NAIーNAI16】が1982年のレコード大賞の最優秀新人賞に選ばれた。 そして年末の紅白歌合戦には【100%…SOかもね!】で初出場を果たした。 その後も1986年に披露した【トラ!トラ!トラ!】の曲まで5年連続で紅白には出場していたが1986年に同じジャニーズ事務所から少年隊がデビューしてからは紅白に落選するようになった。 1988年に東京厚生年金会館で行われたコンサートで解隊宣言を発表し、同年11月に行われた代々木第一体育館にて解隊した。 解散の理由は色々言われているが、あんまり三人とも仲が良くなかったことと、本木が歌手ではない仕事をしてみたいと言ったことが大きな要因であった。 解隊後は三人ともジャニーズを離れ、それぞれの道を歩んでいくが三人がテレビで共演することはまだ実現されていない。

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松田聖子やシブがき隊も――昭和のトップアイドルたちが中野に連日集結していた涙ぐましい理由(アーバン ライフ メトロ)

シブがき隊

タレントの薬丸裕英(52)が19日、フジテレビ系「直撃!シンソウ坂上」に出演し、「シブがき隊」解散の真相を明かした。 薬丸、布川敏和、本木雅弘によるアイドルグループ「シブがき隊」は1982年にデビューすると。 その年の日本レコード大賞で最優秀新人賞に輝き、NHK紅白歌合戦にも出場した。 男性アイドルグループとして絶大な人気を誇ったが、88年11月2日に解散した。 明確な理由が語られることはなく、わずか6年半での解散。 MC・坂上忍(50)から理由を聞かれた薬丸は 「そもそも仲が悪かった」「あの2人(布川と本木)は仲が良くて、いびつなトライアングルだった」と内情を暴露し 「解散の原因はチェッカーズと吉川晃司」と話した。 人気とファンを持っていかれたにもかかわらず「 誰とでも仲良くなれる2人は、ライバルと仲良くしていた。 それが信じられなかった」とメンバーに不信感を持ったという。 それでも薬丸は「 俺は最後まで(解散せずに)ザ・ドリフターズみたいに、それぞれが仕事をしていても特番とかでシブがき隊として集まれればいいやと思っていた」と解散に否定的な立場だったと説明。 ただ「 ある1人の人が『どうしても、そっちの方向に進みたいみたいな』と言って…」と、違う方向を目指すメンバーがいたとポツリ。 これに坂上が 「モックンでしょ?」と突っこむと「そうです」と即答した。

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