天皇 コラージュ 事件。 「表現の不自由展・その後」中止事件と「天皇の写真を燃やした」という誤解(篠田博之)

「表現の不自由」騒動、20年前には裁判も…「昭和天皇コラージュ事件」を振り返る

天皇 コラージュ 事件

「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」が開始3日後に中止になった事件は、様々な表現者団体が次々と抗議声明を出すなど、反響が広がっている。 今回の展示がこのまま中止となると、「脅せば表現は封印できる」という前例となり、同様の事件が急増する恐れがある。 またそれを恐れて萎縮が広がる可能性も高い。 今回の展示の実行委員会を始め、多くの表現者団体などが中止に抗議し、まだ「あいちトリエンナーレ2019」自体の開催は続くので、展示の再開を求めている。 表現が政治的な力で封殺された事件として、この件はきちんと事実関係を検証し、議論する必要がある。 新聞も大きく報道(写真は朝日新聞. 筆者撮影) 気になるのは、そもそもマスコミが連日大きく報道していることもあって、多くの人がこの中止事件に関心を持っているが、実際に展示を見た人はわずかで、具体的に何が問題になったのか、どういう展示がなされていたのか知らない人が多いことだ。 「表現の不自由展・その後」の企画の趣旨は、これまで展示拒否などにあった作品を実際に見てもらい、それをもとに表現の自由・不自由について議論をしようというものだったようなのだが、その展示自体が中止になってしまうという不幸な事態になった。 この間、いろいろな関係者が会見や発言を行っているが、愛知県知事、芸術監督の津田大介さん、5人の実行委員、出品していた作家と、それぞれの関係や立場がわからないと、この経緯もわかりにくいかもしれない。 そもそも気になるのは、本来は美術展というのなら作品を出品した作家たちが主役のはずなのだが、ほとんどの出品作家が中止について事前説明を受けず、報道によって知ったというのが実情であることだ。 「天皇の写真を燃やした」という誤った情報 抗議の大きな矛先は、慰安婦問題をテーマにしたいわゆる「平和の少女像」をめぐってで、韓国との緊張関係が続いている時にけしからんという政治的反発が起き、河村たかし名古屋市長や菅官房長官ら政治家の発言がそれに火をつけて抗議電話が殺到するという状況になったわけだ。 そこに天皇の写真を燃やす映像も流れていたらしいという話が加わって騒動が大きくなったのだが、でも天皇の写真を燃やしたというのは誤解で、そういう事実はない。 少女像と並んで、「昭和天皇の写真を燃やした」と抗議の対象になっていた美術家の大浦信行さんとは以前からの知り合いで、もともと「表現の不自由展」に出品することになったきっかけは、私が『創』に書いた記事だ。 その記事を収録した私の新刊『皇室タブー』を大浦さんに送付し、8月3日に電話でそれについて話したのだが、まさにその電話の最中に、名古屋で大村愛知県知事が会見、中止を発表したのだった。 私はウェブNHKで中継映像が流れるのを見ながら大浦さんと話していたのだが、その日までは「少女像の展示中止か」という話だったので、大浦さんもその前提で話していた。 そして私が「大浦さん、これ少女像だけでなく企画全体が中止という発表だよ」と話すと、大浦さんは「え、それはありえない」とショックを受けていた。 その後、8月4日か5日に津田さんから中止を説明する電話があったようだが、8月7日に議員会館での抗議集会で発言した別の出展者・中垣克久さんも、中止について出展者に事前説明がなかったことを問題にしていた。 8月7日に行われた院内集会(筆者撮影) ちなみにこの7日の集会は、「九条俳句」の支援活動をやってきた市民らが中心となって発足した「表現の自由を市民の手に 全国ネットワーク」などが主催したもの。 8月17日にも文京区民センターで映画上映と集会を開催する予定だ。 芸術作品を政治的文脈で矮小化 さて大浦さんについて言えば、8月4日付産経新聞は、こう報道している。 《元慰安婦を象徴する「平和の少女像」のほか、昭和天皇の写真を燃やすような動画作品に批判が殺到するなど議論を呼んだ》 《軍歌や朝鮮民謡などが流れ、昭和天皇の肖像写真がメラメラと燃えていくーー。 今回の展示で、批判の多かった動画作品のひとつだ》 会場で見た客に話を聞いて記事にしたのだろうが、その動画で燃やしていたのは大浦さんの作品で、そこに確かに昭和天皇もコラージュされているのだが、「天皇の写真を燃やした」というのとは意味合いが違う。 正確な報道にするために、せめて作品について説明する時に関係者に確認取材くらいはしてほしいと思う。 なぜならば産経を見て4日に抗議電話を行った人もいたはずで、4日には抗議の約4割が大浦さんの作品に対してだったという。 大浦さんはこう言っている。 「天皇制を批判するために天皇の写真を燃やしたという、そういう政治的な文脈で受け取られたのかもしれませんが、それは全く違います」 大浦さんの版画「遠近を抱えて」のうち1枚 私は大浦さんの主な作品は、映画も含めてほぼ見ているが、今回会場で流した動画は、来年公開の新作の映画の一部も含まれていたという。 大浦さんの映画はなかなか難解で、単純な天皇制批判といったメッセージ性の強いものを期待して観に行くと、期待と異なることになる。 代表作である版画「遠近を抱えて」を含め、単純に政治的文脈で捉えてはいけない芸術作品なのだ。 大浦さんの作品とそれがどんなふうに受け止められてきたかを紹介するのは、今回の中止事件を考えるうえで参考になると思うので、ここで以前の『創』記事を収録した新刊『皇室タブー』の一部を引用しよう。 大浦作品に登場する昭和天皇の意味 《大浦さんは若い頃から美術家を志し、ニューヨークへ渡る。 10年ほどに及ぶニューヨーク滞在中の32~33歳の頃に描いたのが「遠近を抱えて」の連作だった。 そこで昭和天皇がどんなイメージとして浮かび上がったのか、本人に改めて聞いた。 「昭和天皇は、子どもの頃、学校から国体を観に行った時に実際に目にしたことがありました。 僕は駒沢に住んでいたんですが、駒沢競技場で開催された国体を観に天皇・皇后夫妻が来ていたんです。 でもそれに限らず、僕は戦後生まれですが、天皇は新聞とか雑誌で身近に見ている存在でした。 学生運動をやってて、反権力の観点から天皇制を批判したとか、そういうイデオロギー的な関心じゃないんです。 むしろニューヨークへ行っていたことで、子どもの頃とまた違う意味で天皇を相対化して見れたと思うんですよね。 そもそも僕は、社会や現実と向き合わないところがある日本の美術界に疑問を感じて、ニューヨークで美術家をめざそうとしたのです。 でも見知らぬ土地へ行って作品を描いていてのれんに腕押しみたいな感じがあって悩んでいたんですね。 そうしたなかで、ある時、自分自身を描けばいいんじゃないかと思いついた。 もちろんただ自分の顔を描くという意味ではなくて、自分の内なるものを描いてみたいと思ったのです。 『心の問題としての自画像』ですね。 なんかこう、心の中の変化・変遷してゆく自分を描きたい、と。 そう考えている時に、天皇と自己を重ね合わせることを思いついたんです。 しかし、話を総合すると、海外へ行って自分のアイデンティティを模索するなかで天皇に行き着いたということらしい。 確かに天皇、特に昭和天皇というのは、一定以上の世代の日本人の深層心理に影を落としている可能性がある。 我々にとってそういう存在なのかもしれない。 戦前の人たちにとっては、天皇の写真は「御真影」だった。 しかし、戦後生まれの我々の世代には、それとは別の意味で天皇の像が自分たちの中に埋め込まれている気がしないでもない。 「遠近を抱えて」の14点の版画の中には、昭和天皇の若い頃のコラージュも登場する。 たぶん平成以降の世代の人たちにとっては、それは昭和天皇であることもわからない。 「これは誰?」という存在でしかないだろう。 天皇のイメージはそんなふうに、同じ日本人でも世代によって異なる。 》 《その天皇のイメージと、それを畏怖するという皇室タブーとが密接に関わっていることは間違いない。 それは本書がテーマにしている「皇室について日本人の持っているタブー意識とは何なのだろう?」という問いにも通じているような気がするのだ。 右翼の抗議を受け、危険な目にあいながら、なおも作品の中に昭和天皇を登場させる大浦さんのこだわりはいったい何なのか、改めて考えてみたいと思った。 》 出展された作品について本来やるべきだったことは 文中にある「右翼の攻撃を受け」云々というのは、1985年の富山県での事件で、全国の右翼団体が抗議に押し掛けるようなものだった。 そういう事件についてある程度知識のある人にとっては有名な事件だ。 今回の「表現の不自由展・その後」では、大浦さんの版画「遠近を抱えて」のうち何作品かを展示し、来年公開の映画の画像などを使った動画を会場で流していた。 「遠近を抱えて」は、今ではネットで勝手にコピーされて作品の多くが簡単に見られる状態になっている。 そしてこの作品に対してこれまでどんな紆余曲折があったかを書いた『皇室タブー』の大浦さんについて書いた章(『創』から収録したもの)を特別にヤフーニュース雑誌で公開することにした。 美術家・大浦信行さんと天皇コラージュ事件 本当は「表現の不自由展・その後」とは、こういう作品を展示し、作品についての解説もしたうえで、それら表現をめぐる状況について一緒に考え議論しようという企画だったと思う。 それが短絡的な政治的文脈に落とし込まれたあげくに開催3日で中止というのは、残念というほかない。 日韓関係がヒートアップしているといった背景はあるにしても、表現についてきちんと議論をかわすという風土そのものが日本社会に欠如していることを、今回の騒動は浮き彫りにしたと言えよう。 8月22日に中止事件を議論するシンポジウム開催 今回の事件については、今この社会で表現がどんなふうに扱われているか考え、ぜひ「表現の不自由展・その後」の展示を再開させてほしい。 そう望む人は今、どんどん広がっており、こういう声が拡大していけば再開は決して不可能ではないと言われつつある。 むしろそうしなければ、今回の中止事件はあまりにも大きな、歴史的といってよい「傷あと」を後世に残すことになる。 この問題について議論するために、私たちは8月22日、下記のようなシンポジウムを企画した。 「表現の不自由展・その後」に出品した作家たちに集まってもらい、作品や出品の意図を語ると同時に、今回の事件について表現者としてどう考えるのか、意見表明してもらって議論したいと思う。 当日の出演者・発言者はまだ交渉中で、出展者全員にまだ連絡が取れていないのだが、この記事を見て連絡くださればもちろん当日の発言・出演可能です。 座席を確保したい人は下記より予約をしてほしい。 日本ペンクラブの声明、国際ペンも異例のコメント なお前回ヤフーニュースに書いたが、私の所属する日本ペンクラブも8月3日、まさに中止決定と同じタイミングで抗議声明を発した。 以下に改めて全文を提示しよう。 同感であれ、反発であれ、創作と鑑賞のあいだに意思を疎通し合う空間がなければ、芸術の意義は失われ、社会の推進力たる自由の気風も萎縮させてしまう。 あいちトリエンナーレ2019「表現の不自由展・その後」で展示された「平和の少女像」その他に対し、河村たかし名古屋市長が「(展示の)即刻中止」を求め、菅義偉内閣官房長官らが同展への補助金交付差し止めを示唆するコメントを発している。 行政の要人によるこうした発言は政治的圧力そのものであり、憲法21条2項が禁じている「検閲」にもつながるものであることは言うまでもない。 また、それ以上に、人類誕生以降、人間を人間たらしめ、社会の拡充に寄与してきた芸術の意義に無理解な言動と言わざるを得ない。 いま行政がやるべきは、作品を通じて創作者と鑑賞者が意思を疎通する機会を確保し、公共の場として育てていくことである。 国内外ともに多事多難であればいっそう、短絡的な見方をこえて、多様な価値観を表現できる、あらたな公共性を築いていかなければならない。 2019年8月3日 一般社団法人日本ペンクラブ 会長 吉岡 忍》 今回の事件を取り上げた国際ペンのホームページ。 筆者撮影 日本ペンクラブは国際ペンの日本支部にあたるのだが、この中止事件については国際ペンも関心を寄せ、ホームページに大きく取り上げた。 この取り組みは異例のことと言ってよい。 今やこの問題、国際的な事件になっているのだ。 既に「あいちトリエンナーレ2019」に出品していた韓国の作家が抗議の意味をこめて作品を自ら取り下げたり、韓国でも作家や表現者がコメントをしているようだ。 言論・表現に関わる者全てに、この事件は大きな課題をつきつけた。 まさに今は大事な局面だといえよう。 8月22日にはぜひ多くの人が集まって議論を深めてほしいと思う。 なお拙著新刊『皇室タブー』は全国書店、ネット書店などで発売中だ。 『皇室タブー』創出版刊 定価:本体1500円+税 四六判 256ページ ISBN 978-4-904795-58-3.

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富山

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経歴 [ ] にで生まれた。 東京都に転居。 19歳で画家を志し、絵画制作を始めた。 を卒業し、ケニヤ画廊にて個展を行った。 、24歳で8mm映画製作を開始した。 また、プリントアートギャラリーにて個展を行った。 、ジャパン・アート・フェスティバルに出展した。 東京、天井桟敷館にて映像による個展に出展したほか、アンダーグラウンドシネマ新作展、100フィートフィルムフェスティバルに出展した。 その後からにかけてに滞在し、その内7年間は荒川修作の元で助手を務める。 リュブリアナ国際版画ピエンナーレに出品した。 クラコウ、ノルウェー、フレッヘンの各国際版画ピエンナーレ、ブルノ国際グラフィックデザインピエンナーレに出品した。 頃、後述する『遠近を抱えて』を展示できる画廊がなかった頃に、人づての紹介でと出会う。 にはサブラ・シャティーラ美術展で展示を行った。 東ベルリンのインターグラフィック'84、東京のギャラリー山口で個展を行った。 リュブリアナ国際版画ピエンナーレ、エンバ美術賞展、またの1985年日本の版画に出品した。 帰国した1986年から彫刻制作を開始した。 の富山県立近代美術館事件 後述 の後に天皇作品問題を描いた映像作品《遠近を抱えて》発表。 それ以降も、天皇の表現についての作品を作り続けている。 には『日本心中』の続編である『針生語録』を製作中とある。 作品の展示と議論 [ ] 発端は1986年にで開催された「富山の美術 '86」展である。 この展示で展示された当作品は10点が審議を経て購入、収蔵された。 展示会では特に混乱は発生しなかったものの、展覧会終了後県会議員による県議会での批判がマスコミに報道され、右翼団体や神社関係者から作品とその図録の非公開もしくは処分が求められるようになった。 この図録の非公開は県立図書館にまで及び、日本図書館協会の図書館の自由に関する調査委員会が非公開を批判する見解を出すなど、図書館における非公開が「表現の自由」や「知る権利」を侵害したとして問題となった。 その後1993年に県は、作品と図録の保有が管理運営上の問題になるとして、作品の売却と図録残部の焼却処分を決定した。 これに対して作品公開を求めた作家と市民らが住民訴訟を提起し、一審で一部勝訴したものの、控訴審で敗訴し、上告が棄却された。 この展覧会はニューヨークのPuffin Roomや東京の代官山ヒルサイドフォーラムを既に巡回しており 、その際同作品は展示されていた。 大浦は当時行われたシンポジウムの中で経緯を説明している。 それによると、2007年の7月頃に企画担当のキュレーターから世界で九条に関する展覧会を行いたいという申し出があり、大浦は出品許可を出した。 キュレーターから11月末と2月に事後報告で電話があり、その中で沖縄県での展示で《遠近を抱えて》が展示拒否となったことから、代替として『日本心中』を上映したいという申し出があり、大浦はそれをであるとして退けた。 大浦はこのことに関して、キュレーターの沖縄県の抱えている問題に対する吟味が不足していたことを指摘している。 に開幕したあいちトリエンナーレ2019の企画展「表現の不自由展・その後」にて、大浦の『遠近を抱えて PartII(4点)』が出展された。 公式サイトの解説によると、本作には富山県立近代美術館による大浦の作品の焼却を彷彿させるシーンがある。 このシーンについて、産経新聞によると、昭和天皇の肖像を燃やした灰を足で踏むものとして、他の出展作品とともに、不快とする意見や政治性を帯びた侮辱やヘイトとも受け取られかねないとして批判の声があがった。 同企画展は同月3日を最後に中止した (経緯の詳細は、を参照)。 同年広島県尾道市の百島(ももしま)で開催された「ひろしまトリエンナーレ」のプレイベントの展示会でも、昭和天皇に裸体の女性をコラージュした作品や、昭和天皇の頭の上から核兵器のキノコ雲が立ち昇る横で和服の女性が舞う作品を展示している。 これは2020年秋にの・・で「ひろしまトリエンナーレ」が開催予定であり、そのプレイベントが各地で開催されていた。 その関連イベントの1つとして尾道市(ももしま)の「アートスペース百島」で開催された「百代の過客」で、「あいちトリエンナーレ」の「表現の自由と不自由展」で問題視された作品や関連した作品の展示が行われた。 展示された大浦信行の作品は、昭和天皇と女性の裸体の下半身や骸骨をコラージュしたグロテスクな版画や、昭和天皇の頭から原爆のキノコ雲が立ち昇る写真等であり、映像では天皇の写真を燃やして踏みつける動画が上映された。 「あいちトリエンナーレ」でも展示を行った大浦と小泉明郎を含め、作家5人が27作品を展示し、期間中に「表現の不自由」をテーマにした討論会を3回開催した。 これらの展示はが主催する『NPO法人 アートベース百島』によって企画され、県や実行委員会はその内容を事前に把握していなかった。 これらの作品によって広島県に多数の苦情や抗議が殺到し、県議会でも多数の議員が強い憤りを表明したとされる。 この展示に対する助成金は既に交付済みだった。 展示は10月5日から12月15日まで行われた(ただし開館は土日祝日のみ)。 大浦信行の作品が展示されているフロアは撮影禁止とされた。 広島の湯崎知事は、この展示会に対する抗議の釈明会見を行い、2020年の「ひろしまトリエンナーレ」への体制について説明した。 大浦自身の作品に対する見解 [ ] 『遠近を抱えて』について大浦はあくまで自画像であると主張している。 自画像ではあるが、あくまで本人の内面に焦点を当てたものであり、それを取捨していくことで作品を作り上げたとしている。 そのため、本作には大浦の姿はない。 作品の構想はニューヨーク在住時に思い付いたものであったが、ただ自分の姿を描くだけでは21世紀の自画像足りえないと考えた。 今まで自分だと捉えていたものを外側に投げることで自画像が無名性を獲得し、人々と共有できるものになると考えたとしている。 ニューヨークに長く住んでいたせいもあり、自分と世界を取り巻く時間や空間を、新たに捉え直したいと考え描いたものであると主張している。 その中で近代日本が作り出した近代天皇制について触れざるを得なかったとしている。 第三者の作品に対する見解 [ ] 針生は日本の画家たちは戦後以降、を日常的に捉えられなくなっており、論理的な分析が必要であるが画家たちはそれが不得手であるとしている。 代表作 [ ] 挿絵 [ ]• 『新編 善人は若死にをする』• 『君、見よ、双眼の色』 版画 [ ]• 遠近を抱えて - 映画 [ ]• 日本心中前編 2001年本作はに招待された。 その際観客から針生にも大浦にもはぐらかされた感じがする、という意見が出ている。 これに対して大浦は自分の映画に対するスタンスが、映画は見た人が自身でもう一つの物語を作り上げるための記憶・イメージの装置であると主張している。 11-8. 15日本心中• 天皇ごっこ• 靖国・地霊・天皇 脚注 [ ]• 2016年6月11日時点のよりアーカイブ。 2013年9月18日閲覧。 2016年6月11日時点のよりアーカイブ。 2014年7月11日閲覧。 webDICE編集部 2014年7月17日. 骸子の目. webDICE. 2015年6月30日時点のよりアーカイブ。 2016年9月6日閲覧。 福住廉. Artwords アートワード. art scape. 2015年9月30日時点のよりアーカイブ。 2016年8月8日閲覧。 , pp. 8—9. Maki 2009年7月9日. 2016年6月10日時点のよりアーカイブ。 2014年7月12日閲覧。 2014年7月11日時点のよりアーカイブ。 2014年7月19日閲覧。 2014年7月11日時点のよりアーカイブ。 2014年7月11日閲覧。 , p. 、49頁。 表現の不自由展・その後 2019年7月11日. 2019年8月4日閲覧。 2019年8月20日閲覧。 J-CASTニュース 2019年8月2日. 2019年8月4日閲覧。 朝日新聞デジタル 2019年8月3日. 2019年8月4日閲覧。 広島県公式youtubeチャンネル 2019年12月26日• VICE JAPAN. 2015年12月19日時点のよりアーカイブ。 2016年8月8日閲覧。 文化・エンタメ. WEBRONZA. 2015年12月14日時点のよりアーカイブ。 2016年9月6日閲覧。 大浦信行 2002年. 2016年5月29日閲覧。 2014年7月11日閲覧。 , p. 27 参考文献 [ ]• 大浦信行; 比嘉豊光; 徐京植; 白川昌生; 鵜飼哲; 毛利嘉孝 「沖縄・九条・天皇・検閲・表現・表現をめぐって」 『インパクション』 170巻 インパクト出版会、48-61頁、2009年8月。 沖縄県立美術館検閲抗議の会 『アート・検閲、そして天皇:「アトミックサンシャイン」in沖縄展が隠蔽したもの』 、2011年8月。 針生一郎; 大浦信行; 竹内一晴 「異端の批評家を封印された美術家が撮る--対談 針生一郎・大浦信行」 『金曜日』 10巻23 通号424 号、 東京: 金曜日、26-28頁、2002年6月14日。 外部リンク [ ]• この項目は、・に関連した です。 この項目は、に関連した です。

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日本ユニ著作権センター/判例全文・2000/02/16

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この企画展では、全国の公立などで公開中止や撤去された作品をて、から展示していたが、抗議の電話やが事務局に殺到していた。 さらに、脅迫が届いたことから、芸術祭の実行委員会は開幕から3日で展示中止を決定した。 問題となったのは、「平和の少女像」のほかに、をとした展示「焼かれるべき絵」がある。 を描いた版画の一部を焼いた作品のほか、版画を焼いて灰にするまでの経過を撮った短い映像作品があったという。 右翼団体の抗議があった「天皇事件」 展示中止を受けて、「」の実行委員会は、「歴史的暴挙と言わざるを得ません」「な中止決定に対しては、法的対抗手段も検討している」という声明を発表した。 企画展には、ほかにもをとした作品が展示されていた。 出身の芸術家、大浦信行さんの『遠近を抱えて』だ。 この作品も過去に、右翼団体から抗議にあって、非公開とされるなどして、「事件」という有名な裁判となっている。 立近代を舞台にした事件だった 判決文によると、「事件」は次のようなものだ。 大浦さんは3月、の写真と女性のヌード写真などを組み合わせた版画『遠近を抱えて』(14点)を立近代(当時)の展覧会に出品した。 展覧会中は「何事もなく公開されていた」という。 県立は同年3月、大浦さんの作品のうち4点を購入して、所蔵することにした。 また、6点の寄贈を受けた。 ところが、同年6月、複数の県議会議員が県議会で「不快感を覚えた」と表明したことが大きく報道されたことがきっかけで、問題化した。 右翼団体が県立に対して、作品の非公開や廃棄処分を強くもとめる事態に発展した。 こうした状況を受けて、県教育委員会は1月、作品と図録(カタログ)を非公開としたうえで、図録はとした。 さらに4月、管理運営上の障害と、のプライバシー侵害のおそれを理由として、作品と図録の売却処分を決定した。 この間、特別閲覧許可の申請があったが、県は不許可処分としていた。 芸術家「天皇というのは、相当なんだよ」 作者の大浦さんと、作品の鑑賞・図録の閲覧・購入をもとめる住民たちは、「」や「」を侵害されたとして、県を相手取り、損害賠償や、不許可処分の無効確認、作品の買い戻しなどをもとめて提訴した。 原告の請求を一部みとめた。 しかし、2審の高裁富山支部は2月、不許可処分は、右翼団体による街宣活動などがおこなわれて、「(県立の)管理運営上の支障を生じる蓋然性が認められる」として、「正当な理由」があると判断し、原告の請求を退けた。 大浦さんたちは上告したが、は、作者側の上告を棄却して、判決が確定した。 だが、このような司法の判断については批判も少なくなく、今回の企画展になった作品も、「昭和事件」を風刺する内容だったという指摘もある。 なお、大浦さんは『VICE 』(4月公開)で「結局、天皇というのは、相当なんだよね」と述べている。 「表現の不自由」騒動、20年前には裁判も…「昭和天皇コラージュ事件」を振り返る 関連ニュース•

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