オカルティック ナイン コトリバコ。 “コトリバコ”の悪夢!オカルティクナイン2巻 レビュー

小説「オカルティック・ナイン」全巻ネタバレ考察!超科学ノベルが面白い!

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それは呪われた、子供をとる箱。 周囲に影響を与えて害をなすそうです!! 作り方は雌の生け贄を使って呪力を増すアイテムだそうです! 吉祥寺のどこかに実在するそうです!!!これはヤバイ! 「コトリバコが何で気になってるの?」 薄い本の『昏い水の底』のなかに描写される神社。 まさかコトリバコが祀られて・・・? 鳥居は60種類のバリエーションがあるらしいですが鳥居の形は漫画では描かれず。 「安命寺ですわ。 紅ノ 亞里亞「髪の色がまっしろな少年。 」 親友の川畑千津(かわばた ちず)が残した最後のメッセージ『小鳥ば』。 コトリバコでしょう! 「その箱のなかに何が!!」 サイコ野郎な少年がいます!! 「いやぁああああ!!」 コトリバコのなかに変わり果てた川畑千津!! ニコラ・テスラの遺産である魂の永久保存。 橋上教授の未発表論文によって 時間の牢獄の問題をクリアしたそうです。 つまり不老不死とか霊の使役などでしょうか? 「 蠱毒ってご存知ですか?」 おとぼけ系と思いきや有能な森塚 駿(もりつか しゅん)!! 蠱毒は聖杯戦争のように最後まで生き残ったものを生け贄にする呪いですね。 「きみ、悪魔なんて信じてないんじゃないですか?」 まさか紅ノ亞里亞の悪魔は妄想? そういう設定? 「あまりのめり込むなよ、死神。 」 デスノート所持者ではないようですが森塚 駿は死神が見えるようです。 第一世代の256人の集団自殺。 もしや彼らは元生者であり霊体を閉じ込めたゾンビだったとか? 「ぼくが犠牲者だって!」 なんと我聞悠太(がもん ゆうた)はすでに死んでる! 主人公なのに!? 集団自殺者のなかに名前が・・・!! さてオカルトサイトのキリキリバサラの管理人がオカルト的存在となってます!! 幽霊主人公とは新しい!! 次回は衝撃の真相編となりそうです!! エンドカードイラストは石浜真史さん、アニメーターです!! Message メールアドレスが公開されることはありません。 名前 メールアドレス ウェブサイト 上に表示された文字を入力してください。

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アルビノの少年がコトリバコに拘った理由は|オカルティック・ナイン考察

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オカルティックナイン第六話で、がもたん、りょーたす、みゅうポム、サライの4人がコトリバコを探しに行って、謎の少年と出会った場所が安命寺でしたね。 ちなみに、第五話の終盤で謎の少年と西園梨々花が会話をしていたのも安命寺です。 この安命寺の元ネタになっているのは「延命寺」というお寺です。 今回はこの延命寺についてご紹介していきたいと思います。 inc. 安命寺というお寺は存在しませんが、東京都の武蔵野市に「延命寺」というお寺があります。 作中で言っていた「毘沙門天」と「寿老人」を祀っているところから延命寺で間違いないと思います。 出典 見比べてみると、作中に登場する安命寺と違い屋根のデザインは結構違いますね。 でも、石灯籠の配置、階段や手すりの構成、右脇にある掲示板など、レイアウトは同じ感じです。 地図で見て見ると、少し市街地からは外れて人通りが少なくなってきそうな場所にお寺は立っているようなので、実際に延命寺で夜にひっそりとコトリバコを作っていても、気づかれなさそうな感じですね。 (だからと言って作っちゃいけませんよ) 普段は、お葬式などに使われる普通のお寺で、宿泊も可能だそうです。 宗派は真言宗智山派。 武蔵野吉祥七福神めぐりなどのイベントの時は毘沙門天と寿老人を祀っている場所なので、観光客もそれなりにやって来るようです。 inc. 第五話で西園梨々花と謎の少年が石像越しに会話しているシーンがありましたね。 この場所も安命寺でのワンシーンであり、石像は毘沙門天でした。 こちらの毘沙門天の像も、延命寺で見ることが出来るようです。 出典 周辺に置かれているものなどのレイアウトは少し違いますが、像のデザインの雰囲気は同じ感じですよね。 作中の毘沙門像の左側にも、よく見ると塀があるしね。 近所にお住まいの方は、是非ここで「フランケンシュタインって……」と西園梨々花の真似をして意味深な事をつぶやいてみてはいかがでしょうか。 もちろん、警察に捕まらない程度でお願いしますよ。 inc. 第六話でがもたんが吉祥寺付近の神社やお寺を調べていた時に、「吉祥寺七福神めぐり」というサイトに書かれているお寺の名前をみゅうポムが読み上げていく、というシーンがありました。 このシーンで使われたお寺は全て実在するお寺の名前をもじったものになっています。 ちなみに、神社の名前も2社ほど出ておりましたが……• いずれも吉祥寺、武蔵野、三鷹近辺の神社や寺院のようです。 ちなみに、がもたんが開いていた「吉祥寺七福神めぐり」のサイトにも元ネタがあって、「武蔵野市吉祥七福神めぐり」という、毎年元旦に行われる行事の告知サイトが似たような感じになっています。 今年の元旦も行われるようなので、アニメ終了の余韻に浸りつつ、聖地巡りついでにイベントに参加しに行くというのも良いんじゃないかなと思います。 安命寺のコトリバコ ちなみに、実際に延命寺にコトリバコが祀られている、とかそういう話は別にないみたいです。 西園梨々花の予言の同人誌通りに、謎の少年が安命寺でコトリバコを作りに来ただけって事っぽいです。 コトリバコが実際に置いてなくて良かったような、残念なような……複雑な心境です。 延命寺は普通のお寺! 毘沙門天と福禄寿を祀っていること以外は、特別な事は何もない普通のお寺です。 コトリバコが置いてあるとか、そういうことも無いようです。 作中に出てきたお寺や毘沙門像の元ネタになった場所ではあるので、お近くにお住まいの方は、休日に観光に行ってみるのも良いのではないかと思います。 これまでの考察まとめ。

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小説「オカルティック・ナイン」全巻ネタバレ考察!超科学ノベルが面白い!

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*今回は怖い話なので、苦手な人はこのページを閉じてください。 オカルティックナインの第二話で、みゅーポムの親友ちぃちゃんが行方不明になる直前。 ちぃちゃんがSNSに残した最後の言葉は 「小鳥ば」でした。 この、「小鳥ば」はちぃちゃんが何か意味があって残した言葉だとは思います。 で、実はこの言葉は、元ネタが 「コトリバコ」ではないかと言われています。 今回はこのコトリバコが何なのかをご紹介していきたいと思います。 主には、 自分の気になったことのメモ用だけどね! あ、「 コトリバコ」であって「 トリバゴ」じゃないからね。 inc. コトリバコは、どうやら 2ちゃんねるのオカルト超常現象板という所で発祥したオカルト話だそうです。 日本の歴史の転換期に現れたとされる呪いのアイテムらしい。 ……日本の歴史の転換期と言われても、多分、転換期となったポイントは一ヶ所だけじゃないと思うのですが、 どの転換期なんだろう? 呪いの箱の作り方は大陸から渡ってきたとあるので、 国外からもたらされた技術であると思われます。 パッと見は箱根細工のような、寄せ木細工の箱のようなものだそうです。 箱根細工と言うのは、様々な種類の木材を用意し、木材の種類によって色が異なるという点を利用して、その組み合わせによって模様を描く 木工の伝統技術です。 コトリバコは人の興味を引くような形をしている、とあるのですが、美しい工芸品の形をしているというのなら、少なからず「綺麗だなあ」と興味は惹かれますよね。 まあ……ここまで聞いて私の頭に思い浮かんだイメージは、 ヘルレイザーのルマルシャンの箱なんですがね! ……あれはどっちかって言うとルービックキューブみたいな形ですけどね。 呪いの箱でレッツ復讐劇。 明治初期頃、とある貧しい集落の村人たちが、 自分たちを迫害する庄屋に呪いで報復するためにコトリバコは作られたらしい。 隠岐騒動から逃げてきたとある人物から、 「最初に作った一個目のコトリバコを僕にくれるなら、憎い相手に報復が出来るコトリバコの作り方を教えてあげる」と村人たちは話を持ち掛けられます。 差別や迫害に苦しむ村人たちは、貧しさから逃れるため、憎い庄屋に報復するため、とある人物からコトリバコの作り方を教えてもらうことにしたのでした……。 コトリバコのレシピ。 まず、 箱を用意します。 簡単に開けられないように 木を複雑に組んで作ります。 次に、 動物の雌の血を箱の中いっぱいに 満たして、これを一週間寝かせます。 最後に、その中に 子供の体の一部を入れて完成となります。 貧しい村人たちは、子供が生まれても育てることが出来なかったため、泣く泣く「間引き」を行っていました。 要するに、 間引いた子供の体を箱の中に入れたわけですね。 いれる体の部位は、 その子供の年齢によって変わるようです。 産まれたばかりの子供なら、へその緒、人差し指の先、内臓を絞った血液を入れます。 七つまでの子供なら、人差し指の先と内臓を絞った血液を入れます。 10歳までの子供なら、人差し指の先を入れます。 また、コトリバコを作るときに箱に入れた子供の数で、箱の呼び名が変わります。 1人目を入れるとイッポウ。 そこから順にニホウ、サンポウ、シッポウ、ゴホウ、ロッポウ、チッポウ、ハッカイと8人分まであります。 それ以上の体のパーツを箱に入れると、 呪いが強力すぎて作った人間も完成する前に呪われるので、8人が限度らしい。 入れた子供の数で、呪いの強さが変わるようです。 コトリバコの使用方法と効能。 では、どんな呪いがかかるのかと言うと、 子孫が絶える呪いがかかるそうです。 使い方は簡単で、呪いをかけたい相手にコトリバコを送り付けて、あとは結果がでるのをひたすら待つだけ。 コトリバコは触れた相手を容赦なく無差別に呪っていきます。 子孫が絶える呪いなので、 対象者に関係する女性や子供を次々と呪い殺していくのです。 パッと見はおもちゃのようなデザインをしています、お子様の手の届かないところに保管しておきましょう。 ちなみに、呪いの効果は140年も続きます。 復讐は果たせたけど…… コトリバコによって庄屋に復讐を果たし、差別と迫害から解放されましたが、 村人たちはコトリバコを作るのを止めませんでした。 今後の自衛手段として確保しておきたかったのかもしれませんね。 しかし、ある日一人の少年が、女性や子供に見つからないように隠しておいた コトリバコを見つけて持ち出してしまい、その子供の家の女子供がその日のうちに死んでしまうという事件が起こります。 村長は事件を重く受け止め、以降は村人を各班に分けて、班ごとにコトリバコを管理させることにしました。 それぞれ神社の中で厳重に保管し、監視を怠らないようにしたのでした。 隠岐騒動ってなによ? 1868年(明治元年)に隠岐国で起こった、 松江藩と隠岐島住民の間で起こったトラブルの事です。 食料難で困っているのが見てわかる状況なのに、統治者である松江藩がいつまでたっても改善策を出さなかったので、 隠岐の人たちはみんなイラついていました。 その後、鎖国してるって言ってるのに黒船が来て頻繁に開国を迫るようになったので、松江藩は幕府から隠岐国を守れと命令され、アメリカとイギリスから艦船を一隻ずつ買って戦う準備をしました。 しかし、 買った船を動かす人員が全然足りない事に気づいたので、松江藩は当時流行っていた「農民を兵隊にしてしまおうキャンペーン」を採用し、隠岐の人たちをバンバン兵隊送りにしました。 隠岐の人たちは、もともと天皇バンザイな人たちだったので、天皇をシカトする幕府が大嫌いでした。 その大嫌いな幕府の犬である松江藩は、自分たちを散々アゴでこき使っておきながら、頼んだことはいつまでたってもやってくれない体たらくぶりだったため、隠岐の人たちはいい加減ブチ切れそうになっていたのです。 挙句の果てには、隠岐を統治していた松江藩の代表者が、 出張先の船の中に、武士の誇りである「帯刀」を忘れてくるという、最悪の醜態を晒してしまったため、隠岐の人たちはとうとう堪忍袋の緒が切れて反乱を起こしたのでした。 そして、忘れん坊の松江藩の代表者を3000人の兵力をもって隠岐島から追い出し、天皇バンザイをスローガンに掲げる自治政府を作って島に立てこもりました。 その後、立てこもりながら自治の認定を訴え続けましたが、 松江藩にリベンジを決め込まれ、奪還されてしまいます。 しかし、隠岐島の人たちに同情した、薩摩藩、長州藩、鳥取藩の仲介によって、松江藩が撤退し、一時的に自治を許されましたが、その後すぐに 鳥取藩の管理下に置かれることになります。 最終的に、 隠岐騒動に関与した松江藩と隠岐島民の代表者を処罰して、騒動は収束したという事です。 ざっくり書いたけど、そんな感じです。 意外と怖い話だった。 調べてみたら結構物騒な話だったのでびっくりしました。 実はコトリバコそのものの記事よりも、 隠岐騒動の記事をまとめる方が大変だったのは内緒です。 補足的な情報にするつもりだったけど、自分が気になってしょうがなかったので、夢中で調べてしまいました。 なんか色々勉強になりました。 そんなかんじで、 コトリバコは見つけても触らないようにしてくださいね。 これまでの考察まとめ。

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