フェデラー 最強。 フェデラーはなぜ強いのか?凄すぎる経歴と引退時期について!

誰が最強?ジョコビッチ・フェデラー・ナダルのテニス界の評価。

フェデラー 最強

ロジャー・フェデラーってどんな人? 生年月日 1981年8月8日 出身地 スイス・バーセル 身長 185cm 体重 85㎏ 略歴 1998年 プロデビュー 2001年 第一シードのピート・サンプラスをフルセットで破り注目される 2002年 世界ランキングでトップ10入り 2003年 ウィンブルドンで四大大会 初優勝 2004年 世界ランキング1位を獲得(2007年まで連続1位) 2008年 北京オリンピック男子ダブルス金メダル 2009年 キャリア・グランドスラム達成(四大大会制覇 史上6人目) 四大大会優勝数歴代最多記録達成 2012年 サンプラスのランキング1位在位記録を更新して単独1位になる 2015年 史上3人目となるマッチ通算1000勝の偉業を達成 2016年 史上初グランドスラム300勝達成 2017年 ウィンブルドン歴代最多8回目の優勝 フェデラー選手の強さの秘密とは? フェデラー選手が最初に注目されたのは、2001年のウィンブルドン選手権です。 大会の4回戦で、8年間に7度も優勝に輝き、ウィンブルドンでは無敵の強さを誇っていた、第1シードのピート・サンプラス選手を3時間41分のフルセットで打ち負かした事で、一気に注目を浴びました。 それで自信をつけたフェデラー選手は、その後もどんどん勝ちまくり、2002年にはランキングトップ10入りし、2003年には4大大会初優勝します。 2004年になるとますます好調になり、もはや敵無しと言ったくらい勝って勝って勝ちまくり、4大大会の内3つを制して、16年ぶりの年間3冠という偉業を達成します! 当然、ランキングも1位となり名実ともに世界ナンバー1プレーヤーとなります。 フェデラー選手のプレーの特徴 フェデラー選手は、 「史上最高のオールラウンドプレイヤー」と称されるように、全てのプレイにおいて高レベルの技術を持っています。 また、引き出しが多く、相手によってプレースタイルを変えることができるので、対戦相手からすると全くスキのない選手に見えます。 そして、サーブは様々な球種を同じモーションで打てるため、相手にとって非常に読みにくいサーブとなり、エースを狙える武器ともなります。 基本、攻めも守りもうまい選手と思われていますが、本質的には先手必勝の超攻撃型の選手です。 圧倒的な攻め手の速さは、初対戦の選手にとってはとても対処出来るレベルでは無く、錦織圭選手も初対戦のときは一方的にやられていました。 特に2014年にコーチを変えてからは、攻撃的なテニスにさらに磨きがかかって、勝利を量産しています。 そんな最強とも言えるフェデラー選手は、どうやってこれほどの技術を身に着けたのでしょう? やはり幼い頃からテニスがうまかったのでしょうか? フェデラー選手のすごい経歴とは? フェデラー選手は、ドイツのテニスプレーヤーのボリス・ベッカーに憧れて、8歳の頃からテニスを始めました。 ボリス・ベッカーは、同じくドイツの女子テニスプレーヤーのシュテフィ・グラフと共に、ドイツテニスの黄金時代を築いたスター選手です。 そのようなキッカケで始めたテニスですが、それから9年間メキメキと実力をつけて、17歳で出場したウィンブルドンのジュニアクラスで、シングルス・ダブルス両部門で優勝します。 当然、ジュニア世界ランキング1位です。 もちろん、それまでの本人の努力もあると思いますが、やはり元々そういう潜在能力があったのか、ジュニア時代から能力はズバ抜けていたのですね! その実績を下げて、その年にプロ転向を表明します。 そして、翌年1999年には、ATPツアー参戦への登竜門とされるブレストで開催されたATPチャレンジャーで初優勝を飾ります。 しかし、スランプなのか、その後は特に表立った活躍は無く、すでに輝かしい実績を残していた同年代のレイトン・ヒューイットやマラト・サフィン、に隠れた存在となってしまいます。 おまけに、2000年のシドニーオリンピック男子シングルス銅メダル決定戦においては敗戦・・・。 そのまま埋もれてしまうと思いきや、その敗戦を機に著しい成長をみせます! 2001年に行われた、国別対抗戦であるホップマンカップの優勝を始め、ATPツアー・シングルス部門で初のタイトルを獲得するなど、完全に頭角を現し始めます。 やはりオリンピックで負けたのが悔しくて、その後猛特訓したのかも分かりません。 もともと能力があるので、本気で取り組めば一気に才能が開花したと言う事でしょうか。 そして、その勢いのままウィンブルドン選手権で第1シードのピート・サンプラス選手を破る大金星へと繋がり、フェデラー選手の時代へと突入します。 また、フェデラー選手が経歴の中で作った記録は数知れないですが、最も偉大なのはやはり 歴 代単独1位在位記録ではないかと思います。 これだけで、実力的に世界ナンバー1プレーヤーと言う証明になります。 他にも 4大大会完全制覇 史上初のグランドスラム300勝達成 グランドスラム最多優勝(20回) 3つのグランドスラムで5回以上優勝 北京オリンピック ダブルス金メダル 1シーズンで全ての4大大会決勝進出 2つの異なる大会で5連覇 決勝で50エース など、どれもがフェデラー選手がいかに優れた選手かを表していますね! そんなフェデラー選手のデビューからこれまでの軌跡を綴った本が 「ロジャー・フェデラー伝」です。 この本には、フェデラー選手がテニスを通してどのような成長を遂げてきたかなど、かなり興味深い内容が書かれています。 特に今はジェントルマンで有名なフェデラー選手も、若い頃はラケットを投げたり暴言を吐いたりしていたと言うエピソードは意外な一面が見れて面白いですよ! <画像をクリックするとamazonにジャンプします> フェデラー選手の引退時期は? 2016年、フェデラー選手は腰の故障に続き、ウインブルドンの準決勝で激しく転倒した事による左膝痛で、出場を予定していたリオ・オリンピックと残りのシーズンの出場を断念する事になりました。 さすがに35歳と言う年齢は、いくら一流選手とはいえ、激しい動きのテニスをやるには体への負担が大きすぎるのかも知れません。 しかし、2013年も怪我で不調な年がありましたが、翌2014年には見事に復活していました。 なので、ケガさえしっかり治っていれば本来の力を出していける選手なのだと思います。 また、本人もまだ引退は考えていないようで、2016年のインタビューでは 「私のモチベーションは変わらないし、2017年は今よりも強く、健康な状態で攻撃なテニスをするつもりです」 と語っていて、実際に2017年は全豪オープンから復帰していきなり優勝して周囲を驚かせました。 さらに、ウィンブルドンでも勝利して 歴代最多となる8勝目を挙げて、世界ランキングも最終2位に浮上しています。 これを見ると、ひょっとすると、このまま勝ち続けて再び世界ランキング1位に返り咲く事も十分あり得る話なので、引退は大きなケガをしない限りは、もうしばらくお預けと言う所でしょうか。 こちらの関連記事もどうぞ! 女子テニス選手 終わりに 2017年の全豪オープンからフェデラー選手は完全復活しました! さらに、7月のウィンブルドンでも優勝して、2016年の不調がウソのような動きと、ベテランらしい戦術で引退どころかさらに強くなってる感じがします。 とは言え、肉体的にこのままの調子で行けるかどうかは分らないですので、色んな意味で今後のフェデラー選手には注目ですね!.

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【テニス】フェデラー最強列伝!全盛期2007の無双フェデラーをお届け【全盛期】

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2018年1月に全豪オープンで優勝し、同時に男性プレーヤーとして史上初のグランドスラム20勝目を達成したロジャー・フェデラー選手。 さらに2月には世界ランキング1位を奪還。 36歳で世界ランキング1位となるのは史上最年長だ。 今世紀最強、あるいは過去100年間で最強とも評されるフェデラー選手の知られざる10の事実をここで明かそう。 2007年にスイスポストから、2010年にはオーストリアポストからも(!)、彼の特別記念切手が発行されている。 ちなみにスイスの人物切手は偉大な功績を残した故人に限られ、存命中の人物が切手に描かれるのはフェデラーが初めて。 2.パスポートを2つ持っている フェデラーの父・ローベルトはスイスのザンクト・ガレン州ベルネックの出身、母・リネットは南アフリカのケンプトン・パーク出身。 ローベルトは1970年頃、南アフリカでリネットに出会い、二人は1973年に結婚。 その後、スイスに移り住んだ。 フェデラーはスイスと南アフリカの両国籍を持ち、この二つのルーツを誇りに思っている。 現在の住まいもバーゼル=ラント準州のボットミンゲン Bottmingen。 ancestry. comによると、この名前は従来、羽や羽根ペンを扱う商人や家具職人が使った職業姓とのこと。 これはとても珍しい名字で、forebears. ukによるとこの名字を名乗る人は世界で 3,409人しかおらず、うち423人がスイスに住み、706人がドイツに、937人がアメリカに住んでいると言う。 フェデラーの母は英語を使い、スイスドイツ語とドイツ語は彼が育った地域の言葉だ。 フランス語は、彼が14歳の時にスイスのフランス語圏エキュブラン Ecublens にあるナショナルテニスセンター近くに移り住んでから習得した。 彼の両親は二人とも熱心なテニス選手でフェデラーが幼い頃から試合に連れて行ってはいたが、幼い頃のフェデラーはサッカー少年で、周りもサッカー選手になるものと思っていたほど。 12歳の時、テニスに専念するためにサッカーを辞めたが、今でもサッカー好きで地元チーム FCバーゼルの大ファン。 7.兵役を免除されている 出典: CC0 フランスの新聞Le Matin紙によれば、フェデラーはスイスでは強制である兵役を免除されている。 フェデラーも例外ではなかった。 ちなみにフェデラーが兵役免除になったのは彼が特別な存在であるからではなく、「腰痛」が原因だとか! 8. 身長は185cm 出典: CC BY 2. 0 テニス選手は背が高すぎると迅速に動けない。 が、パワフルなサーブを打つためにある程度は身長がないといけない。 ラファエル・ナダル選手は185cm、ノバック・ジョコビッチ選手は188cm。 元チャンピオンのボリス・ベッカー選手は190cm、アンドレ・アガシ選手は180cmだった。 双子2組の親である! フェデラーは、テニスのスイス代表選手であった「ミルカ」ことミロスラヴァ・ヴァヴリネックと2009年に結婚。 二人の間には同年に双子の女の子が、2014年には双子の男の子が生まれている。 4人の幼い子供を持ちながら世界トップの実力を維持するのは並大抵のことではないが、フェデラーはそれを成し遂げている。 マネージャーも務めるミルカと4人の子供達はフェデラーを支える必要不可欠な存在だ。 ヴァイオリンは弾けないが・・・ これはスイスで毎年行われるルツェルン音楽祭のコマーシャル。 ご覧のとおりヴァイオリンには馴染みがなさそうなフェデラーだが、ピアノは幼い頃から弾いていて、フルートでは音楽祭にも出演するなど音楽愛好家でもある。 テニス界の「生ける伝説」となったロジャー・フェデラー。 コート内外での活躍がこれからも見逃せない。 参照:上記情報の一部は以下の書籍を参考にしています。

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フェデラーのフォアハンドって手打ちなの?真似する時は要注意!

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フェデラー、ナダル、サンプラス、コナーズ、レンドル。 この四人が、僕の中でのベスト5です。 これにマッケンローが続くのか・・ 残念ながら、印象の鮮やかさという点で、前述の6人にも劣ると思います。 だいたい、ジョコビッチは守備的要素が強いNO。 1でしたからね。 「ここまで守れれば鉄板」みたいなテニスで、面白みがないという評価は避けられないところ。 そこへいくと、ベスト5の面々は、ナダルを除き「攻めダルマ」そのもの。 見ていて面白いテニスでもあります。 ナダルにしても、全仏10回、全米3回、全英2回、全豪1回の16タイトル。 あと一回全豪を獲れば、全てのGS大会で2度以上優勝の、フェデラーでさえ不可能な前人未踏の記録もじゅうぶん可能。 (残念ながらフェデラーの全仏再制覇は、無理でしょう)僕の中では、至上最強は彼だったりします。 コナーズは、なんといっても歴代最多の大会優勝数とマッチ勝利数が光ります。 フェデラーでさえも敵いません。 (あと5年現役を続けられれば、あるいは・・) もっとも、これらは現時点での話で、まだキャリアが終わったわけではありません。 今後の復活があるのか? どれだけやれるのか?? 興味はあります。

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