正信 偈 お経。 正信偈(正信念佛偈)二枚組 写経用紙 おさらい50枚セット

浄土真宗のお経 現代人の忙しい朝のお勤めについて

正信 偈 お経

親鸞聖人の書かれた 『正信偈』は、今も葬式や法事の際に読まれるので、多くの人に知られています。 「正信偈?聞いたことないぞ」という方でも、冒頭の「きみょう~むりょう~じゅ~にょ~らい~」と聞かれれば、「あー、あれが正信偈か」と分かられる方もあるのではないでしょうか。 漢字ばかりで書かれているので「お経」だと思っている人が多いですが、『正信偈』はお経ではありません。 お経は、釈迦のお言葉を書き残したものですが、『正信偈』は親鸞聖人の書かれたものですから、お経とは違います。 わずか1行7文字で120行、全部で840字の 『正信偈』に、親鸞聖人の教えのすべてが収まっています。 だから『正信偈』の意味が分かれば、親鸞聖人の教えのすべてが分かります。 このたびお話ししたいのは、『正信偈』という題名についてです。 親鸞聖人はなぜご自身の教えを簡潔・明快に教えられたこの文章を『正信偈』と名付けられたのか、そこにどんな意味が込められているのか、お話ししてまいります。 正信偈はすべての人にとって関係あることが説かれている 『正信偈』の「偈」とは「うた」。 聞かれたことがある方はご存じのように、「うた」ですから、独特の節があります。 『正信』は「正しい信心」ということですから『正信偈』とは、 正しい信心の歌、ということです。 親鸞聖人が「正しい信心」を、親しみやすい歌の形で教えられたのが『正信偈』なのです。 「正しい信心も何も、そもそも信心なんか関係ない」と思われる方もあるかも知れません。 ふつう「信心」と言えば、何かの神や仏を信ずることを指します。 「あなたは何を信心していますか」「私は観音さんを信心してます」というように、何か特定の宗教を信じている人に用事のある言葉であり、無宗教の自分に「信心」の話は関係ないと思うのでしょう。 しかしよく考えてみてください。 「信心」とは、「心で何かを信じる」ことですから、何も神や仏に限ったことではありません。 信じるとは、あて力にする、たよりにする、支えにする、と言い換えても同じことです。 私たちは、何かを信じなければ生きてはいけません。 夫は妻を信じ、妻は夫を信じています。 子供は親を信じて生きています。 親は子供を信じて生きています。 金があるから大丈夫と、貯金額をたよりにしている人は「金信心」ですし、知識を力にする学者は「知識信心」です。 健康を自負するのは「健康信心」でしょう。 共産主義者は、共産主義という思想を信じている人たちです。 「科学が人類を幸福にする、宗教は要らない」と言っているのは、科学信心の人です。 神や仏を信じるだけが信心ではありません。 何かを信じておれば、それはその人の信心です。 その人が命として信じているものは、その人が、我が生きる目的、と思っていることであり、その人の信心は、その人の人生そのものなのです。 万人は信心を持っている。 正信心とは何か 何の信心も持っていない人は、ありえません。 ちょっと考えれば分かります。 たとえば(男性限定のたとえになってしまいますが)、床屋でひげを剃ってもらう時のことを考えてみてください。 床屋はこのとき、カミソリを用いますが、T型カミソリでなくて、あの本格的なカミソリをのど元やあごの下にあてて、ひげをそっていきます。 もし床屋が変な気をおこして、このカミソリを横にサーッとひいたらどうなるか。 首には脳に血液を送る太い頚動脈がありますが、これが切られたら、一気に出血多量で死にます。 そんな頚動脈のある首筋にかみそりを当てるのですから、赤の他人に命預けているようなものなんですが、自分自身振り返ってみても、ドキドキもハラハラもしない、気持ちよくて、どうにも睡魔が襲ってくる。 いや、自分だけではない、ほとんどの客は寝ているし、中にはいびきかいている者までいます。 なぜそんな平気でおれるのか。 それは「まさか床屋が変な気を起こすこともないだろう」と床屋を信じているから、です。 今まで私は何度か、夜中に高速道路を友人と交代で運転して、遠距離移動したことがありますが、あれも考えてみれば、 運転手のハンドルに命あずけているようなものですよね。 もし夜中に運転手が居眠りでもして追突したら、急ブレーキ音で眠りから起こされた瞬間、激突の衝撃と共に身体が前のめりになり、フロントガラスに頭を強打し、そのまま即死です。 「まさかそんなめったなことはなかろう、夜中の間、自分は眠りこけても、運転手が寝るはずがない」と、その運転手を信じ込んで、寝てしまうのですから。 医者から薬をもらえば、どんな成分が入っているかいちいち調べてから、問題ないと確認してから飲むという人はまずいないでしょう。 医者がくれたものに間違いなかろうと、口の中にほおり込んでいます。 医者を信じて生きているということです。 そもそも「明日はこうして、来月はああして、来年にはああなって」と様々な計画を立てているのは、 自分の命を信じて生きているからではありませんか。 ひょっとしたら何か事故か事件に巻き込まれて、今晩限りの命かもしれないのに、まさかそんなはずがなかろう、と手帳に予定を書き込んでいます。 これは「まだまだ死なない」と自分の命を信じて生きている姿です。 何の信心も持っていない人があれば、その人は床屋にも、病院にも行けず、タクシーにも乗れず、手帳に予定も書けません。 人間は何かを信じなければ、一時として生きていくことはできない存在なのです。 本当の幸福になりたい人の正信偈 もちろん何を命と信じるかは、一人一人違います。 しかしみな、何らかの信心を持って生きているのだから、信心が要るとか要らないの問題ではない。 「生きる」とは「何かを信じている」状態に他なりません。 そこで問題にすべきは、何を信じて生きるかです。 何を信じようが、どうでもいい、というわけにはいかないでしょう。 なぜなら私たちは 信じているものに裏切られた時に苦しみ、悩むからです。 病気の苦しみは、健康に裏切られたからです。 ガンで余命幾ばくと宣告されたら、「なんでこの若さで」「まさかこんな目にあうなんて」と、夜も眠れないほどショックを受けて苦しみますが、それはまだまだ健康でおれると、カンカンに信じていた信心が崩れて苦しんでいる姿といえます。 子供に虐待されて苦しんでいるのは、「この子のためなら」と信じてきたのに、その子に裏切られたからです。 しかも皮肉なことに、信じ込みが強ければ強いほど、裏切られた悲しみや怒りは大きくなるのです。 「この子のため」「この子のため」と子供を命としてきた親にとって、その子供から虐待されたり、事故で失ったりすることほど辛いことはありません。 私たちは、決して苦しんだり悲しんだりするために、生まれたのでもなければ、生きているのではない、本当の幸福を求めて、生きているのです。 それは誰しも異存ないでしょう。 では自身の胸に手を当てて考えてみてください。 あなたは本当に裏切らないものを信じて、生きているでしょうか。 これらの中に「これだけは裏切らない」というものがあるでしょうか。 仏教は「何もない」と説かれます。 一切は 「諸行無常」。 「諸行」とはすべてのもの、「無常」とは続かないということです。 世の中の一切は続かない、やがて滅びゆくものであり、それは私たちが信じているものとて例外ではありません。 すべて「無常」のものばかりですから、何を信じても、やがては裏切る、と説かれています。 静かに今までを振り返ってみれば、どれだけ信じていたものに裏切られ、辛く苦しい思いをしてきたことでしょう。 何かを信じなければ生きてはいけないので、様々なものを信じて生きてきましたが、そのいずれも「諸行無常」です。 今、自分が手にしているものも、いつ自分を裏切るか、いつ自分の手から離れていくか、わかりません。 一寸先は闇です。 だから一時として、心からの安心も満足もないのです。 では私たちはどうしたら心から安心できる幸せになれるのでしょうか。 親鸞聖人は 「本当の幸福になりたければ、絶対に裏切ることのない正しい信心を持ちなさいよ」と教えられています。 諸行無常の世にあって、絶対に裏切ることのない 「正しい信心」。 その正しい信心を親鸞聖人が明らかになされたのが『正信偈』なのです。 正しい信心、本当の幸福とは何か、はっきり知りたければ、その答えは『正信偈』にすべて明示されています。 ========= 正信偈に説かれた本当の幸福とは何か、わかりやすく教える仏教の20回の無料メール講座はこちらです。 いつでも自由に解除もできますので、関心ある方は一度覗いてみてください。

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正信偈の意味【帰命無量寿如来 南無不可思議光】全文現代語訳

正信 偈 お経

「正信偈」は、私たち真宗門徒にとって、はるか以前からお内仏の前でおつとめしてきたお聖教です。 私たちの宗祖である親鸞聖人は、本願念仏の教えが釈尊の時代から七高僧を経て、ご自分にまで正しく伝えられてきたことを、深い感銘をもって受けとめられました。 「正信偈」は、親鸞聖人がその感銘を味わい深い詩(偈文)によって、後の世の私たちに伝え示してくださった「いのちの偈」なのです。 「正信偈の教え みんなの偈」は、その歴史と伝統を学び、そこに込められた親鸞聖人のおこころに触れていただくことを願いとして、「正信偈」の一句一句を丁寧に読み解いたものです。 私たち一人ひとりが「正信偈」の言葉にふれ、毎日のおつとめがさらに意義深いものとなることを願います。 爾者帰大聖真言閲大祖解釈信知 仏恩深遠作正信念仏偈曰• 帰命無量寿如来 南無不可思議光• 帰命無量寿如来 南無不可思議光• 法蔵菩薩因位時 在世自在王仏所• 法蔵菩薩因位時 在世自在王仏所• 覩見諸仏浄土因 国土人天之善悪• 建立無上殊勝願 超発希有大弘誓• 五劫思惟之摂受 重誓名声聞十方• 五劫思惟之摂受 重誓名声聞十方• 普放無量無辺光 無碍無対光炎王 清浄歓喜智慧光 不断難思無称光 超日月光照塵刹 一切群生蒙光照• 普放無量無辺光 無碍無対光炎王 清浄歓喜智慧光 不断難思無称光 超日月光照塵刹 一切群生蒙光照• 普放無量無辺光 無碍無対光炎王 清浄歓喜智慧光 不断難思無称光 超日月光照塵刹 一切群生蒙光照• 本願名号正定業 至心信楽願為因• 成等覚証大涅槃 必至滅度願成就• 如来所以興出世 唯説弥陀本願海• 如来所以興出世 唯説弥陀本願海• 五濁悪時群生海 応信如来如実言• 五濁悪時群生海 応信如来如実言• 能発一念喜愛心 不断煩悩得涅槃• 能発一念喜愛心 不断煩悩得涅槃• 凡聖逆謗斉回入 如衆水入海一味• 摂取心光常照護 已能雖破無明闇• 摂取心光常照護 已能雖破無明闇 貪愛瞋憎之雲霧 常覆真実信心天• 譬如日光覆雲霧 雲霧之下明無闇• 獲信見敬大慶喜 即横超截五悪趣• 獲信見敬大慶喜 即横超截五悪趣• 獲信見敬大慶喜 即横超截五悪趣• 一切善悪凡夫人 聞信如来弘誓願 仏言広大勝解者 是人名分陀利華• 一切善悪凡夫人 聞信如来弘誓願 仏言広大勝解者 是人名分陀利華• 弥陀仏本願念仏 邪見憍慢悪衆生 信楽受持甚以難 難中之難無過斯• 弥陀仏本願念仏 邪見憍慢悪衆生 信楽受持甚以難 難中之難無過斯• 印度西天之論家 中夏日域之高僧 顕大聖興世正意 明如来本誓応機• 印度西天之論家 中夏日域之高僧 顕大聖興世正意 明如来本誓応機• 釈迦如来楞伽山 為衆告命南天竺 竜樹大士出於世 悉能摧破有無見• 釈迦如来楞伽山 為衆告命南天竺 竜樹大士出於世 悉能摧破有無見• 宣説大乗無上法 証歓喜地生安楽• 宣説大乗無上法 証歓喜地生安楽• 顕示難行陸路苦 信楽易行水道楽• 憶念弥陀仏本願 自然即時入必定 唯能常称如来号 応報大悲弘誓恩• 天親菩薩造論説 帰命無碍光如来• 天親菩薩造論説 帰命無碍光如来• 依修多羅顕真実 光闡横超大誓願• 依修多羅顕真実 光闡横超大誓願• 広由本願力回向 為度群生彰一心• 広由本願力回向 為度群生彰一心• 帰入功徳大宝海 必獲入大会衆数• 得至蓮華蔵世界 即証真如法性身• 遊煩悩林現神通 入生死園示応化• 本師曇鸞梁天子 常向鸞処菩薩礼• 三蔵流支授浄教 焚焼仙経帰楽邦• 天親菩薩論註解 報土因果顕誓願• 往還回向由他力 正定之因唯信心• 惑染凡夫信心発 証知生死即涅槃• 必至無量光明土 諸有衆生皆普化• 道綽決聖道難証 唯明浄土可通入• 道綽決聖道難証 唯明浄土可通入• 万善自力貶勤修 円満徳号勧専称• 三不三信誨慇懃 像末法滅同悲引• 一生造悪値弘誓 至安養界証妙果• 善導独明仏正意• 善導独明仏正意• 矜哀定散与逆悪• 矜哀定散与逆悪 光明名号顕因縁• 開入本願大智海 行者正受金剛心• 慶喜一念相応後 与韋提等獲三忍 即証法性之常楽• 源信広開一代教 偏帰安養勧一切• 専雑執心判浅深 報化二土正弁立• 極重悪人唯称仏 我亦在彼摂取中 煩悩障眼雖不見 大悲無ケン常照我• 本師源空明仏教 憐愍善悪凡夫人• 本師源空明仏教 憐愍善悪凡夫人• 真宗教証興片州 選択本願弘悪世• 真宗教証興片州 選択本願弘悪世• 還来生死輪転家 決以疑情為所止• 速入寂静無為楽 必以信心為能入• 弘経大士宗師等 拯済無辺極濁悪• 道俗時衆共同心 唯可信斯高僧説•

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正信偈の意味【帰命無量寿如来 南無不可思議光】全文現代語訳

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