凛として。 欅坂46 渡辺梨加、特別な瞬間に見せる凛とした姿が魅力に 『けやかけ』フィーチャー企画を機に考える人物像

TK from 凛として時雨×ヨルシカ特別鼎談 3人が語り合う、音楽や創作に向き合う姿勢

凛として

作詞家の故阿久悠氏が、体調のすぐれない中「くらしの手帳」に寄稿した詩の9編を中心とした内容の本です。 どの詩も、誰にでもわかりやすい言葉で、日本人の失われた姿(老若男女を問わず)への問いかけが、包容力のあるあたたかな節で綴られていて、心に響きました。 「友達のような親子」「友達のような先生」「友達のような夫婦」といった道を歩んでしまった、日本人の失敗に触れた章では、改めて今の日本が抱える根深い問題を考えさせられます。 また、「排除されること」を怖れて、他人と同じものを持っていない(同じ考えをしない)と、いじめられるという強迫観念が流行を作るという一節も、非常に含蓄がありました。 かつての日本人は、教養も学歴も富もなかったけれど、毅然として凛とした美しい国民だったという事に気付かされる良書だと思います。 凛とした女の子、とあるけれど女の子、というよりは 女性、それも35歳、いや40歳以上の女性に向けたような本だと 私は勝手に解釈しました。 掲載されていたのは「暮しの手帖」です。 こちらも以前は古めかしい感じでしたが、 編集長が松浦さん(カウブックスの)になってずいぶん 軽やかな感じになりました。 女の子、に限らず、昭和テイスト(いい意味で)の どしっとした日本人の男性、女性へ向けた 詩のような散文集プラス写真、といった感じです。 美しい写真とどきっとさせるコトバが印象的な本ですが、 内容の割りに少し高いかな、という印象です。 60代以上の方(父母の世代)へのプレゼントに喜ばれるのでは、と 思いました(文字も大きいし)。 題名からは「こんな女の子におなんなさい」というような内容だろうと思った。 ところが違った。 50代の私に懐かしさを感じさせる「日本人らしい人」たちがそこにいた。 阿久さんが「暮らしの手帖」に連載していて未完で終わってしまったシリーズ、 「日本人らしい人」というタイトルの詩が9篇。 阿久さんが日本人に言い残していったことが集められている。 「凛とした女の子におなりなさい」はそのうちの1篇である。 どの詩も心地よいリズムで、音として心の中に響いてくる。 押しつけがましさは微塵もない。 それはきっと阿久さんが優しい人だったからなんだろう。 古き良き「日本人らしい人」がいたことを知っている年代の方々にオススメの一冊です。

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凛として時雨

凛として

TK from 凛として時雨がデジタルシングル「melt(with suis from ヨルシカ)」を発表する。 タイトル通り、ヨルシカのボーカリストであるsuis(スイ)をゲストに迎えた一曲で、今年発表された2枚のアルバム『だから僕は音楽を辞めた』と『エルマ』がともにロングセールスを記録しつつも、詳細なプロフィールは公表せず、謎めいた存在であるだけに、TKとのコラボレーションは大きな話題を呼んでいる。 しかも、「melt」はTKの楽曲では初めて打ち込み主体の仕上がりになっていて、その意味でも、かなりのチャレンジだったはず。 そこで、TKとsuisに加え、凛として時雨を学生の時によく聴いていたというヨルシカのブレーン・n-buna(ナブナ)も交えて、楽曲制作の裏側やsuisの魅力、創作に対する姿勢について語り合ってもらった。 TK:自分たちの音楽をよく聴いてくれてるのはもうちょっと上の世代のイメージで、n-bunaくん世代が聴いてくれてるっていうのはあんまりわかってなかったので、びっくりしてます。 n-buna:僕の周りには凛として時雨が好きな友達がすごく多くて、高校生くらいのときによく聴いてた僕ら世代が、音楽をやり始めて、今やっと世に出てきたのかなって。 特に、僕の周りにいるギターキッズは時雨好きが多くて、「類は友を呼ぶ」みたいな感じだったんだと思います。 TK:「ボカロ」っていうジャンルで括っていいのかはわからないけど、そういう音楽を聴いているイメージで、僕らみたいな……荒くれたロックっていうか(笑)、そういうのを聴いてる感じはあんまりしなかったんですよね。 ヨルシカに対して、僕はまず透明感があるのがいいと思って。 あと、こういうジャンルって、隙間を埋めていく方向で構築する音楽が多い印象だったけど、ヨルシカは一曲の中の音のバランスがすごく上手く取れてるなって。 空間を大事にするのって、すごく難しいんですよ。 埋めてしまった方が、アレンジとしてはやりやすい。 でも、ヨルシカはバランスが独特というか、類稀な感じがあるなって。 n-buna:嬉しい……ありがとうございます。 suis:(n-bunaを見ながら)あまり見ない感じの喜び方を……堪え切れてないよ(笑)。 suisさんの歌声は僕の中で、悪い意味ではなく、青さがあって、でもその中に淀みとか影が共存してる感じがした。 ヨルシカの楽曲全体の感触としては、透明感があって、光と同時に影の部分も感じて、それは歌詞もそうですけど、ボーカルにも表れている気がして。 これが実際彼女の持っているものなのか、n-bunaくんが付け足したものなのか、飛び込んでみないとわからない部分もあったけど、僕の楽曲にこの声が入ってきたときに、「ちょっと思ってたのと違うな」って思ったとしても、それがいい方向に行けばいいなって。 これまで誰か女性ボーカルを入れるときは、自分がずっと聴いてきた方にお願いしてたんですけど、今回は逆に、「今この人とやったらどうなるんだろう?」っていう、瞬発的なコラボレーションというか。 楽曲自体も、「アルバムに向けて」とか「シングルのタイアップで」とかじゃなくて、「ツアーに向けて、ライブでやる曲を作ってみようかな」っていう、ある種一番ピュアな曲作りで、楽曲ができていく中、自分も予測できないものにチャレンジしたくなってきて。 なので、僕自身レコーディング当日までどんな人が来るかもわからない状態だったんです。 マネージャーさんからお話を聞いて、「どうして私なんでしょう?」って、聞き返したくらい。 n-buna:その頃ヨルシカの予定もちょこちょこ入ってたので、会う度に、「TKさんのことがこんなに好きなのに、何で僕じゃなくてsuisさんなの?」ってずっと言ってて(笑)。 suis:怖かったです(笑)。 だから、最初は正直「自分でいいのかな?」って思って。 歌い手としての歴も浅いですし、不安もあって、レコーディングスタジオにお邪魔したときも、最初の1時間は、借りてきた猫みたいだったなって(笑)。 n-buna:でも、できた音源を聴いたら、すごくいいものになっているなと思いました。 完全にTKさんと調和してて、「suisさん、こういう歌い方もできるんだ」って。 彼女はめちゃめちゃ器用な人だから、雰囲気とか歌い方を飲み込んで、寄せに行くことができるタイプで、ただのTKさんの歌真似じゃなく、コーラスのごとく調和してて、よかったなって。 suis:「器用」ってよく言ってくれるんですけど……私はただ歌っただけです。 n-buna:suisさんは楽曲に引っ張られるタイプだと思います。 TK:「この楽曲はこうだから、喉のこの部分を使おう、鼻を通そう」みたいな、そういうテクニックではなくて、ホントに自然に吸い寄せられてる感じはしました。 最初にレコーディングで歌を聴いたら、「(ヨルシカのときと)全然違うじゃん」って思って(笑)。 それは悪い意味ではなく、その曲の持ってる言葉や音の質感に彼女が自然とアジャストしてくれた感じがあって、最初から声色としてバッチリでした。 n-buna:ヨルシカの楽曲作りでも同じような感覚で、彼女は役に入って歌ってくれるタイプで、僕が今作りたい音楽も、登場人物がいる、物語的な音楽だからこそ、めちゃくちゃ助けられてるんですよね。 僕は「才能」っていう言葉は嫌いなので、悔しいですけど、でもこれは才能、センスなんだろうなって。 TK:ヨルシカのボーカルレコーディングにn-bunaくんは立ち会わないんですよね? n-buna:今は完全に任せてます。 初期は立ち会ってたんですけど、のびのびと、自由にやらせるには、その方がいいかなって。 自分の意志が介在しない方が、どう転ぶかわらないから、後から聴いて、意外性のある音源になってるのが楽しいっていうのもあって。 そういう意味でも、器用というか、ちゃんと「この曲にはどういう歌がいいのか」を、客観的にわかってくれてるのかなと思います。 TK:suisさんは「n-bunaくんが欲しいのはこういう声かな?」とか思ったりするんですか? suis:私は好きに歌ってるだけで、「いいよ」って言ってもらってるので、子供が遊びで歌ってるみたいな感じです(笑)。 もちろん、私だけじゃなくて、ディレクターさんやエンジニアさんと一緒にレコーディングをするので、私がわからなくても、2人がn-bunaくんの欲しいものをわかってるときもあって。 n-buna:2人とも1st(『夏草が邪魔をする』)からずっとお願いしてる方で、その人たちに軽くイメージを伝えつつ、レコーディングに臨んでもらってるので、上手くコミュニケーションを取ってやってくれてるなって思います。 TK:僕で言ったら、345のレコーディングを自分がいないところでお願いするってことですが、僕にはそういう考え方はほぼないですね。 それは不安だからで、「自分がディレクションしなきゃ」って思っちゃうけど、立ち会わずに、それで何が生まれるか楽しみって思えるのは、凄く羨ましいです。 n-buna:僕は自分が音楽を楽しむためだけにやっているので、最初はちょっと不安でしたけど、信頼があるからこそ、できることかなって。 センスがないと思う人だったら、絶対任せないですけど、suisさん、ディレクターさん、エンジニアさん、3人ともセンスがあると思うから、今は完全に任せています。 TK from 凛として時雨 Digital Single「melt with suis from ヨルシカ 」 Music Video TK:今回のコラボレーションは、周りに人がたくさんいて、ガチガチにやっちゃうとよくないと思ったので、マネージャーとかには頭だけいてもらって、あとは2人でやりとりをしながら作っていって。 suis:本当に助かりました。 TK:すごく刺激をもらいましたよ。 長くやられている方とご一緒するのももちろん刺激的ですけど、suisさんは今まさに立ち上がろうとしているボーカリストの、天性のものが生まれる瞬間を見ているような感じがあって。 自分自身、こういう声が出るって思ってないまま歌ってる感じがしたから、今後もいろんな人とコラボをすることで、ヨルシカとしての表現の幅も広がる。 そういう可能性を秘めたボーカリストだなって。 suis:ありがとうございます。 自分は音源を出している数も他の方と比べて少ないですし、まだ実績も出してない。 そんな未知数の私を大事な作品に使おうと思ってくれたのはすごいなって……。 自分は今回、鉄砲玉だったと思うんです(笑)。 自分でも何をしでかすかわからないし、どんな力が出るかわからない。 TK:鉄砲玉にもいろいろあると思うんですけど(笑)、どれを選ぶかは、瞬間のセンスというか。 ヨルシカのことはちょっと前にマネージャーから聞いたんですけど、たまたまうちのインディーズのときの担当が今ヨルシカを担当していて、そういう偶然があったりすると、「もしかしたら呼ばれてるかも?」って思う瞬間があるし、お誘いできるところまで行くかは、結構自分の中で見定めてて。 どうなるかわからないとは思いつつ、実はちょっとした確信が自分の中ではありました。

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「凛とした」の意味や由来とは?使い方の例と類語・対義語も解説

凛として

He spoke with commanding voice. (彼は 凛とした声で話した。 He has imperious eyes. (彼の目は 凛としている。 ) 「 dignified 」 を使う時の注意 「凛とした」という意味を持つ「dignified」ですが、ニュアンスとしては「 自信のある」「 自信に満ち溢れた」というイメージが強いです。 そのため「凛とした音」などを英語で表したい時に「dignified」を用いると、やや不自然な表現になってしまいます。 その場合は、 「commanding sound」や「 ringing sound」などといった表現に変えましょう。 まとめ 今まで幾度となく耳にしたことのある「凛とした」という言葉でも、正しい意味や使い方を理解すると自分でも違和感なく使えます。 「凛とした」は、りりしい様子や態度がしっかりしている様を表す言葉でしたね。 人を褒めたい時にも「しっかりしていたね。 」「よかったね。 」と単に伝えるよりも、 「凛としていてよかったよ。 」という方が、知的でよりフォーマルな言い方になります。 社会人として、自信をもって言葉を使いこなせるようしっかりマスターしておきたい用語ですね。

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