広い海を今日も進む。 海谷名山紀行阿弥陀山、烏帽子岳

白鳥の湖。

広い海を今日も進む

海谷名山紀行 平成30年4月21日 阿弥陀山 平成30年4月22日 烏帽子岳 阿弥陀山紀行 越後の山旅の中で藤島玄氏は「海谷山塊は川内山塊によく似ている。 両方とも比較的鉄道とバスの便が近いにもかかわらず、死角というか盲点というか一種の暗黒地域をなしている不遇の山々だ。 」と記述されています。 海谷山塊を西と東に分ける海谷渓谷は両岸が切れ立っていて、まさしくV字谷と言う言葉が相応しいところであり、周囲は奇岩、奇峰がところ狭しと連なっていて、川内山塊を秘境とするならそれに対し海谷山塊は辺境といった佇まいであろうかと思われます。 そんな険しい海谷山塊を象徴する山と言えば、なんと言っても阿弥陀山と烏帽子岳になろうかと思います。 この二つの峰がなかったら海谷山塊の魅力は半減すると思うくらい圧倒的な威圧感をもって海谷の東側の地に聳えています。 特に遠くから見て「何だあの山は!」と誰もが感じる針峰状の阿弥陀山は鬼の角のような形状をしており、あの天に向かって伸びる二本の角を見ているとマッターホルンなどという形容では生易しく感じるくらいです。 そんな阿弥陀山ではありますが、見た目の形状ばかりでなく登山道が整備されていないなどといったこととなれば、当然登ってみたいと思われる方も多くおられるものと思います。 そんなこともあって、数は少ないもののいくつかの登山データーが存在しており、入山者が一番多いと思われる海谷高地から阿弥陀沢を登って山頂に至る、いわゆるオーソドックスなルートで登ってみることにしました。 まだ春浅い海谷山峡パークで準備をしているとリスが目の前をうろちょろと動き回っています。 今日は4月だというのに気温が25度くらいまで上がる予想です。 山麓は新緑の淡い緑と山桜の薄いピンクで色づき始め、リスが春の陽気に誘われるようにめまぐるしく行動を始めているようです。 この海谷もようやく冬から目覚めて山笑う季節に入ったことを感じます。 私もこんな春の陽気の中で「ゆっくりとした一日を過ごしたい」なんて思うのですが、これから登る阿弥陀山の厳しさを思うと、呑気に春を満喫することなどとてもできません。 阿弥陀様の持つ力のひとつに光明無量というものがあり、この世の誰にでも同じように光が降り注ぐという意味だそうですが、私は阿弥陀山に向かって「どうか無事に登頂できますように、どうか私にも光を当ててください」と唱えてから出発しました。 しかし私に光が当たると頭に反射して眩しくなり、阿弥陀様が幻惑されると悪いので、手ぬぐいを被って歩きます。 春の陽射しが眩しい中、意気揚々とはいかず、海谷山峡パークを出てすぐにいきなり核心部へと突入です。 大方の予想はついていたのですが、海谷山峡パークから海谷高地までの区間は雪で覆われた斜面を延々トラバースしなければなりません。 尾根通しでないのでルートも非常に分かりにくく、僅かな痕跡を拾いながら固く締まった雪に側面からステップを切って少しずつ進んでいくしか手立てはありませんでした。 何度もルートを見失いながら、急斜面に何度も足をとられながらも、2時間ほどかかってようやく海谷高地と呼ばれる海川河川敷へと辿り着きました。 ここから阿弥陀沢を登って山頂を目指すことになりますが、ここまで来れば8割方登ってしまったようなものだと思いました。 あとは何の変哲もない雪渓を登りきれば山頂です。 阿弥陀沢は飯豊の石転び沢をコンパクトにしたような感じではあるのですが、規模は比較にならないほど小さく、狭い雪渓は木の枝や屑、土砂等でゴミゴミしており、さらにこの狭い雪渓で雪崩が起きれば巻き込まれてしまう可能性が高いと感じたので、それには十分に注意して登りました。 斜度としては上部の一番急な部分が石転び沢の平均的な斜度と同等程度だと思い、私はバカにして短時間で登れるだろうと高をくくっておりました。 ところが、気温が上がって雪崩の心配が増すばかりでなく、この時期は体が暑さに慣れていないということもあってどんどん体力が奪われ、しかも海谷高地までのトラバースに足が疲れていて、思うように進むことができません。 そんな苦しい条件の中、雪渓の中ほどでちょうどおあつらえ向きに冷たい水が取れる場所があって、それにはとても助かりました、阿弥陀様が救いの手を差し伸べてくれたようです。 結局のところ、なんだかんだしながら雪渓を登りきるまで2時間もかかってしまいました。 さすがに海谷山塊の盟主である阿弥陀山はそう簡単に登頂させてくれません、雪渓上部にようやく到着して、あと少しと思ったらまだまだ遥か先に山頂が聳えているのが見えます。 しかも藪と岩、不安定な痩せ尾根の雪渓歩きが山頂まで続いておりました。 心細い雪渓を拾いながらも山頂手前で雪渓は切れ、かなり薄い踏み跡の藪を越え、蟻の戸渡りと岩場を越え、そして最後に再び藪を越えて阿弥陀様の石像が待つ山頂へと出ることができました、山頂の極手前だけが明瞭に刈り払われています。 非常に狭い岩稜の山頂は草木が無く、360度の大展望はどこを見ても切り立った岩壁となっており、ここからはどこも行けないのではないかと思うほど、まるで八方ふさがりのようになっています。 妙高連山が目の前に雪を湛えて大きく聳え、双耳峰の阿弥陀山のもう一つの山頂と烏帽子岳が怖ろしいまでの岩峰となって間近に聳えておりました。 阿弥陀山について、雨飾山と海谷山塊という本によると、麓の砂場集落に善正寺、早川谷には日光寺、笹倉には六万坊という寺があり、阿弥陀山はこれらの山麓の山岳信仰から名付けられたのではないかとのことです。 また、越後百山の中では山頂の石仏は日光寺のものと聞いたとのことが書かれており、以前は信仰登山をしていたとのことです。 薄い踏み跡はそんな山岳信仰をする人たちによってつけられたものなのかもしれません。 また、昭和57年発刊の新潟の山旅で、あるいは平成13年発刊の越後百山の中で、阿弥陀山の山頂には二体の石仏が祀られているとされていますが、山頂には一体の石仏しか見当たりません。 どちらの本にも一体は古びてボロボロになっていると書かれているので、この数年の間に朽ちて無くなってしまったのかもしれません。 ただ、ろうそく立は四つ残っており、一体の石仏の前に置かれておりました。 いずれにしても私は山頂に鎮座する阿弥陀如来様の石像に手を合わせ、無事に登頂できた御礼と下山の無事を祈り、山頂を後にしました。 帰りは道迷いを何度もして、それに雪面トラバースに不慣れな筋肉を酷使したせいか、足をひきつりながらも何とか無事に海谷山峡パークへと戻る事が出来ました。 烏帽子岳紀行 阿弥陀山に登ってきたその翌日に烏帽子岳に登ろうという目論見でありましたが、海谷高地までの歩きにくい雪のトラバースに足腰は疲労していて、僅か一晩では疲れがとれず、起床した時点ですでに体がぐったりしております。 大したことがないと思いながら登った阿弥陀山だったのに、身体は思った以上に疲労していたようです。 烏帽子岳への入山口はいろいろ考えられますが、アプローチが悪い分どれもが長く、地図上では必ずどこかで急な崖状のところを越えて行かなければならなくなっております。 今回、選んだルートは谷根林道からになりますが、林道上は雪解けが進んでおり、去年の秋に偵察に訪れた時と同じところまで車を乗り入れることができました。 この先、林道はまだまだ奥まで延びておりますが土砂崩れが発生していて雪が解けていたとしても車はここまでしか入れません。 1時間半ほど雪の残る林道を進むと辺りは開け、杉の植林地のようなところに出て、林道の形跡はここで途切れておりました。 右手を見るとなだらかな尾根が延びて、その先に高い山々が聳えているのが見え、これから進むべき方向を示唆してくれます。 広々とした植林地をその尾根に向かって適当に進みますが、この時私はすでにバテてしまっていて頻繁に休憩をとっており、これでは登頂は難しいかもしれない、行けるところまで行こうといった考えで進むしかありませんでした。 休憩するたびに眠くなり、やがて歩くのが面倒になってきて、しまいにこのまま寝てしまえばさぞかし楽だろうと思うようになる。 「烏帽子岳は今度にしよう」そう思いかけるも、また来るとなると高速料金やガソリン代がかかるので、それを考えると自然と重い腰がいくらか軽くなりました。 植林地を過ぎ、尾根に乗っても広い雪原歩きを保ったまま進んでいくことができ、疲れた体に優しい尾根が続きました。 目の前には1250m峰が大きく聳えおり、まずはそこを目指して進みます。 それにしてもここはあまりにも広い尾根となっており、今日のような見通しの利く日は良いのですが、ガスられると面倒なことになるのではないでしょうか。 1250m峰の登り手前にさしかかった時、どこからか水の流れる音が聞こえてきます。 どうやら雪渓の下に沢があるようで、雪渓が切れているところから冷たく美味しい水を取ることができ、一口含んでみるととても甘い味がして、季節外れの真夏のような気温に渇いた喉が癒されます。 1250m峰附近まで来るとようやく烏帽子岳が見えるようになり、手前に1350m峰が丸く大きく聳えており、相変わらず広い雪原が続いています。 地図を見ると1350m峰の登りは等高線が混んでいて、果たして登れるものか心配していたところでしたが、それほどでもありませんでした。 ただし、その奥に見える烏帽子岳は山頂手前が垂直な雪の壁になっていて、そこを越えられるかどうかが気になります。 1350m峰までの急な登りに苦労しながらも何とか山頂に立つと、ここで初めて烏帽子岳の全貌が明らかになります。 今まで広かった尾根はとうとうここで終わりです。 1350m峰からは藪の痩せ尾根となって、それが山頂直下の雪の壁まで続きます、そして最後にその雪の壁を登りきると山頂の肩に出るといった具合でした。 ここまで思いもかけず広いなだらかな雪原歩きは疲労していた体にとても優しく、お蔭でもう少しで山頂といったところまでやって来ることができました、それだけでも御の字です。 海谷烏帽子といえば海谷の中でも難しい山のひとつとしてその名が知られており、まさかこのまま広い雪原歩きで終わるはずなどなく、厳しい箇所があるということは想定しておりましたが、そんなところが最後の最後にありました。 せっかくここまで来たのだから山頂を踏んで帰りたいと思うのですが、果たして目の前に見えるあの壁を登ることができるのか、行ってみなければ分かりません。 踏み跡がすっかり消えてしまった藪を進みながら、どこをどう通って登ろうか思案しながら少しずつ歩を進め雪壁の直下まで辿り着きました。 直下から今にも雪崩れそうに斜面に薄く付いている雪の隙間を良く見てみると、道が現れ、トラロープまでもが垂れ下がっているのが見えます。 トラロープは使わなくても登れますが、道が出てきたのには凄く助かりました。 一番の急な部分は木に掴まりながら登り切り、途中から雪の壁にステップを切りながら慎重に登りますが、結構な落差があって上がれば上がるほど怖さは増していきます。 ここを越えれば山頂だと思い、私は再び高速料金とガソリン代を考えることにしました。 ガソリンは高騰の一途を辿る、こんなご時世にまた来たくないと思うと、体は自然と必死になり、今までの疲れはどこにいったのか自分でも驚くほど一生懸命に斜面を登り切って、あっという間に烏帽子岳の肩へと登りきることができました。 肩からは小さな岩峰が鋸状になって山頂に続いているのが見え、以前は鋸岳と云われていたそうですが、この景色を見るとなるほどと思います。 そして、あとは灌木繁る岩稜の踏み跡を辿って山頂に出ることができました。 細長く狭い山頂は、赤黒い岩が二つボコボコと飛び出していて、ちょっと斜めなので尻が少し痛くなりましたが、疲れた身体を休ませるにはちょうど良かったです。 岩に腰を掛けながらホッとすると同時に「今度はもっと気楽に登れる山に行こう」、思わず私の口からそんな言葉が出てきました。 しかし、確かに身体は疲れ果てておりましたが、国内有数の辺境である海谷の盟主に二日続けて登ることができ、私の心は満足感と充実感に満ちておりました。 山頂からは海谷山塊の岩峰群とそれに対比するようにおおらかで大きな頚城連山等、この特異な景観は他の山域では見ることができません。 私はそう簡単に来ることができない山頂から、しばらく360度の大展望を楽しみました。 そして、雪の壁を慎重に下って、1350m峰から下はガスってなくても下りではルートが分からなくなりそうな広い尾根で、消えかけたトレースを探りながら道迷いに細心の注意を払って、無事に下山することができました。 コースタイム 阿弥陀山 海谷山峡パーク 2時間 阿弥陀沢出会 2時間 沢上部 1時間 阿弥陀山山頂 45分 沢上部 45分 阿弥陀沢出会 2時間30分 海谷山峡パーク 烏帽子岳 林道車 1時間30分 林道終点 2時間30分 1250m峰 1時間30分 烏帽子岳山頂 1時間10分 1250m峰 1時間 林道終点 1時間 林道車.

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地球温暖化が進むとどうなる?その影響は? |WWFジャパン

広い海を今日も進む

真っ赤な鳥居が海に、大魚神社の海中鳥居。 ー太良町ー 朝5時30分頃、長崎県大村市から佐賀県太良町へ出発します。 大村湾から有明海へ、多良岳の外周をぐるっと回るように進むこと約50キロ。 有明海へ。 有明海が見えて来ました。 まだここは諫早市ですが、ちょうど朝日が昇ってきます。 奥には雲仙岳が。 そしてまもなく、太良町へ。 太良町。 穏やかな有明海。 海と反対側はみかん畑。 太良町はみかんの生産も有名です。 中心部へやってきました。 そして、大魚の海中鳥居へ。 赤い鳥居が海に並ぶ。 海中鳥居は、海の守り神として30年ごとに建て替えられ、長い間大切にされてきました。 大魚神社、そして多良岳へ向いている。 多良岳を背に、有明海と共に歩んできた太良町。 海中鳥居が建てられたのは300年ほど前だそうですが、豊漁と海の安全を祈願する人たちがいまも訪れ大切にされています。 いまは潮が引いている時間。 潮が満ちている時間は、鳥居の付け根は海に沈みます。 太良町は 「月の引力が見えるまち」と言われ、満干時の潮位の差がは他地域に比べても大きい。 これからも有明海と共に、あり続けて欲しいです。 日本三大稲荷の一つ、祐徳稲荷神社。 ー鹿島市ー 日本三大稲荷、といっても候補は三つではありません。 伏見稲荷大社(京都市)、笠間稲荷神社(茨城県笠間市)、豊川稲荷(愛知県豊川市)、最上稲荷(岡山市)など。 僕は伏見稲荷だけ行ったことがない気がします。 他は全て訪れました。 さらに上記に加えて、三大稲荷の一つと言われているのが鹿島市の祐徳稲荷神社。 朱塗りに極彩色の社殿から「鎮西日光」とも称され、商売繁盛などの祈念に年間300万人の参拝客が訪れます。 祐徳稲荷神社へ。 参道は商店街になっています。 小川を挟んで 祐徳稲荷神社へ。 朱色の立派な社殿に目を奪われます。 音色が本当に綺麗だった飾り。 門をくぐり、一方通行の階段を登って社殿へ目指します。 清水の舞台みたい。 まさに豪華絢爛。 参拝しました。 孔雀かな。 社殿からの景色。 社殿へはエレベーターも設置されており、三大稲荷の名に恥じない立派な神社でした。 週末が秋祭り、古刹・琴路神社。 ー鹿島市ー 鹿島市ではもう一つ、行きたい神社があるため向かいます。 住宅街の先に。 琴路神社。 琴路神社。 鎌倉時代から由緒のある古刹です。 大学の後輩のご実家がこちらということでお伺いしました。 時代を感じる。 大きな神社もいいですが、歴史ある神社というものはどことなく風格を感じます。 地元に愛され地元を守る、そんな神社です。 11月頭には秋の大祭があり、そこにもお邪魔させてもらう予定です。 足湯、豊玉姫神社、懐かしい嬉野温泉。 ー嬉野市ー 鹿島市を抜けて次は海から山側、嬉野市へ向かいます。 茶畑がありました。 先日福岡県八女市の大茶園を見ましたが、もともと飲む機会が多かったのは嬉野茶。 実際に茶畑が観れただけでも嬉しかったです。 温泉街へ。 嬉野はお茶も有名ですが、 「嬉野温泉」も大変有名です。 九州屈指の名泉として知られ、源泉は17ヶ所で湯量も豊富。 食塩と炭酸を含有したアルカリ性の湯は良質で、汲み上げ時の温度は約100度あります。 江戸時代の嬉野温泉は長崎街道の宿場町として栄え、今でも嬉野川の清流に沿って60軒余の宿が建っています。 町を歩く。 豊玉姫神社。 温泉街の中に、豊玉姫神社という神社がひっそり佇んでいます。 温泉と豊玉姫、そして、嬉野。 美しい肌の女神様、豊玉姫。 ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、豊玉姫は天皇家の直接の先祖にあたる神様で、日本書紀や古事記でもとても重要な役割をする神様とのこと。 美肌の神様として祀られており、嬉野温泉のシンボルとして特に女性に人気の神社となっています。 手水はなんと温泉。 手水から流れるのは温泉で、あったかい。 初めてかも。 男ですけど、せっかくなので参拝しました。 手を合わせる僕 「肌が綺麗になりますように」 掃除。 足の蒸し風呂。 公共スペースには足湯と蒸し風呂が置かれていました。 足湯は全国にあると思いますが、蒸し風呂は大変珍しいですね。 僕は足湯で。 朝は寒かったですから、足湯だけでも体力は結構回復するんです。 去り際の景色が綺麗だった。 白石町 次にやってきたのは白石(しろいし)町。 江北町、大町町と合わせて 「杵島郡」に位置する町です。 山を越えると、広い広い平野が。 佐賀平野。 白石町は佐賀平野の中に位置し町の南から東にかけて有明海に面します。 まだ夏みたい。 江北町 そして次は江北町。 今度は少し、山が近くなりました。 新宿(しんしゅく)。 江北町の肥前山口駅から佐世保線と長崎戦の2線が走っています。 大町町 次は大町町。 長野県には大町市がありますが、こちらは町です。 今度は秋真っ只中のよう。 収穫の時期が遅いのかな、酒米なのかな。 大町町役場。 干し柿。 近くで警察官の方がネズミ捕りしていました。 お勤めご苦労様です。 孔子の里、多久聖廟。 ー多久市ー あともう少し、次に向かった多久市は 「孔子の里」と呼ばれるまち。 その最もたる所以は 「多久聖廟」。 宝永5年(1708)多久茂文が孔子像を安置し、領民に「敬」の心を培わせるために建てた孔子廟です。 多久市へ。 多久市は四方を山に囲まれた盆地で、緑豊かな自然も特徴です。 多久聖廟へ。 多久茂文公。 多久聖廟の創設者ですね。 多久聖廟は現存する聖廟としては足利学校(栃木県)、閑谷学校(岡山県)に次ぐ古い建物です。 確かに足利学校では「日本最古の学校」と謳っていましたし、旧閑谷学校は国宝として知られています。 多久聖廟も大変歴史と文化のある建物ですね。 苑内を散策します。 憤りを発して食を忘れ、楽しみて以って憂いを忘れる。 老の将にいたらんとすることを知らず。 「その人となりは、事物の道理を研究して判らないと、何としてでも知ろうとし、憤りを発して食事をすることも忘れてしまい、事物の道理が判ると、楽しんで憂いのあることも忘れてしまいます。 この様に一心に学を好んで年の老いるのも知りません。 そんな人物にすぎません。 ヒェ〜。 いよいよ多久聖廟へ。 建築様式は、禅宗様仏堂形式と呼ばれる我が国の代表的な建築様式ですが、彫刻や文様で中国的な雰囲気を出しています。 国指定重要文化財となっています。 ちなみに多久聖廟は 神社でもお寺でもありありません。 孔子を祀っているということで、学問の歴史をありがとうございます、といったところでしょうか。 多久盆地。 展望台へ上がったのですが、イノシシの親子を見かけましたよ。 名水百選に流れる、清水の滝。 ー小城市ー 今日最後のまちは小城市。 小城市を流れる清水川は全国名水百選の一つに数えられており、その上流には「清水の滝」があります。 小城市へ。 佐賀市も近く、中心部は平野が広がっています。 中心部から滝のある方へ。 駐車場に原付を止めて、滝までの山の小道を散策します。 みかん売ってた。 ここにも地院が。 清水山見瀧寺宝地院といいます。 今日は神社仏閣が多いですね。 清水の滝へ。 清水の滝へ到着しました。 通常より水量は少なめですが、マイナスイオンたっぷり、気温も涼しくとても気持ちいい滝です。 虹がかかる。 滝から流れる清水側も美しい。 石像は肥前国主6代鍋島宗教(むねのり)公が大病を患った時、病気平癒を祈願して滝にうたれ凍死した藩士倉永清雄をたたえたもの。 観世音菩薩信仰としても有名な滝で、滝壺の降り口にある清水観音宝寺院は滝うけ行の霊場になっています。 滝行って、本気でやると凍死してしまうこともあるのですね…僕はスーパー銭湯でたまにある滝みたいな湯がいいです。 さて、これで佐賀県の旅も終了です。 九州前半の旅、なかなか大変な日もありましたが無事終えることができてなにより。 九州の旅・後半は11月に入って以降になります。 「熊本県」「宮崎県」「鹿児島県」が主な目的地。 面積も広いですがしっかり進めたらと思います。 そして「鹿児島県の離島」、「沖縄県の離島」、「福島県浜通り」、「東京都の離島」。 これらがまだ訪れていない地域となります。 残りの市町村は100を切りましたが、まだまだこれからが本番という思いです。 ひとまず、九州後半の旅もまたよければ覗いていただけますと幸いです。 登校時の子どもたち、半袖の小・中学生がちらほらいて、佐賀県にびっくり…寒いよ…。 では、明日も良い1日になりますように。

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広い海を今日も進む

毎年のように異常気象による河川の氾濫や土砂災害などが多発しており、この先1. 5度、2度と気温が上昇していくと影響がさらに深刻化していくことが懸念されます。 実際、地球温暖化に関する世界の化学的な知見を集めたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が2018年10月に発表した「1. 5度特別報告書」では、2度と1. 5度のわずか0. 5度の違いでさえ、海面上昇や酸性化、また、干ばつや洪水を引き起こす極端な気象変化を増加させると警鐘を鳴らしており、もはや2度に抑えられたとしても、ある程度の影響は避けられません。 したがって、温暖化の進行を食い止めるためには、1. 5度を目指して温室効果ガス(CO2など)の排出量を減少させていくと同時に、すでに生じている悪影響への備え(適応)を進めていくことが必要となります。 高潮や沿岸部の洪水、海面上昇による健康障害や生計崩壊のリスク• 大都市部への内水氾濫による人々の健康障害や生計崩壊のリスク• 極端な気象現象によるインフラ機能停止• 熱波による死亡や疾病• 気温上昇や干ばつによる食料不足や食料安全保障の問題• 水資源不足と農業生産減少• 陸域や淡水の生態系、生物多様性がもたらす、さまざまなサービス損失• 同じく海域の生態系、生物多様性への影響 そして、これらのリスクは、温度の上昇の度合いによって、さらなるさまざまな影響を引き起こす可能性があると指摘されています。 影響は、気温変化の速度や今後の対策の内容により異なる。 (IPCC AR5 WG2 SPMを基に作成) そのほか、21世紀中の地球温暖化は、極端な異常気象や海面上昇などの長期的な影響の両方によって、大規模な人々の移住をよぎなくさせると予測されています。 これは、特に温暖化の影響に弱い途上国において、強く懸念されている問題です。 すでに貧困や飢餓に苦しむ地域に、さらに温暖化の被害が加われば、内戦や武装勢力などの間で生じる暴力的な紛争のリスクを増加させる可能性もあります。 また、温暖化が多くの国の重要なインフラや領土に及ぼす影響は、国家安全保障問題に発展するおそれがあります。 このままの気温上昇が続くならば、温暖化は国の安全保障にまで関わる問題であるとIPCCは報告しているのです。 IPCCの最新の知見でも、最後の氷河期から産業革命前にかけて、約3~8度の平均気温の変化があったとされています。 しかし、この間に生じた気温変化は、「急激な気候変動」と呼ばれる時期の例外を除けば、約10万年という自然のサイクルの中で起きてきた自然現象です。 それに比べ、人類による現在の地球温暖化による気温上昇は、とても短期間で起きているため、多くの野生生物が環境の変化についていけず、減少・絶滅するおそれが非常に高いとみられています。 温室効果ガスの排出量がこのまま増え続ければ、地球の自然環境は大きく損なわれることになりかねません。 それは、地球が長い時間をかけて育んできた環境を、人類がわずかな期間で壊してしまうということであり、何としても防がなくてはならないことです。 多くの野生生物や未来の人々への影響をできる限り抑えるためには、「今すぐ」温室効果ガスを減らす取り組みを始めることが必要なのです。 では実際に地球温暖化が進むと、どのような面で、どのような影響があるのでしょうか。 3つに分けて解説します。 南太平洋の島国では浸水が進み、海岸線が内陸へ入り込んでいます。 国によっては、国土全体が海に沈んでしまう危険も増大しています。 暮らしのための水がなくなる たくさんの人々が、生活するための水を得にくくなります。 特に、乾燥した地域に住む人々や、氷河や雪に生活用水を頼っている人々は、その被害を受けやすくなります。 氷河や雪解け水から生活するための水を得ている人は、世界の人口の6分の1を占めます。 洪水が起きる 山岳地域では、氷河が溶けることによって氷河湖ができ、それが決壊することで、大規模な洪水が起こりやすくなります。 また、これらの山岳地帯は、世界の大河川の源流にあたるため、氷がなくなると、その河川の流域全体で水不足が起きるおそれがあります。 災害が増える 嵐や大雨などの異常気象が増えるため、沿岸地域では洪水や浸水の水害がひどくなります。 特に人口が集中する都市域では、極端な降水や内水洪水、沿岸洪水、地滑り、大気汚染、干ばつ及び水不足が、人々や、資産、経済、および生態的なリスクをもたらすでしょう。 com /Alex Mustard/Debra Garside/WWF IUCN(国際自然保護連合:International Union for Conservation of Nature and National Resources)の「レッドリスト(絶滅のおそれのある種のリスト)」(2017年)によると、地球温暖化が原因の一つとなって絶滅の危機に瀕している 野生生物は、ホッキョクグマなどをはじめ、1,750種以上にのぼります。 これまでにないスピードで変化していく気候、多発する異常気象が引き起こす環境の変化は、ホッキョクグマをはじめ、さまざまな野生生物を、絶滅の淵へ追い込んでいきます。 生態系が変化する 野生の生きものたちの危機は、地球上のあらゆる生き物を支える自然の崩壊へつながります。 生育に適した気温や降水量のある地域に育つ植物は、気温や降水量が変化すると、生育地域を変えざるを得なくなります。 中には、気候の変化に適応でき ず、絶滅する植物も出てくるかもしれません。 また、それに伴い、植物に依存して生きる動物も、生息域を変えなくてはならなくなり、変化に対応できない種が 減少・絶滅する可能性があります。 海の生態系にも影響が 気温と同様に生じる海水温の上昇は、海のさまざまな生物にも影響を及ぼします。 特にサンゴは水温の変化に弱く、地域的に死滅する可能性が指摘されています。 また、二酸化炭素が海洋に吸収されることで、海水の酸性化が進み、植物プランクトン、動物プランクトン、サンゴ、貝類や甲殻類など、海洋生態系の基盤を担う多くの生物がその打撃を受けると予想されています。 これらは、さらに多くの海洋生物の成長や繁殖に影響を及ぼし、海洋全体の生態系に大きな変化が起きる怖れがあります。 森林火災が増える 乾燥化が進む地域では森林火災が増え、野生生物の生息地が広く失われるおそれがあります。 また、発生件数が増えるだけでなく、火災そのものが長期化し、森林が回復不能な水準まで失われてしまう地域が増加するおそれがあります。 さらに、多くの炭素を蓄えた樹木が集中する森林の焼失は、大気中への大量の二酸化炭素の放出を伴うため、これが世界の地球温暖化を、さらに加速させてしまうことにもつながります。 湿地の自然がなくなる 主に海面の水位が上昇することにより、沿岸部を中心とした地域に広がる湿原や干潟で、塩分濃度の上昇や水没といった被害が出ると考えられています。 この結果、世界各地の湿地環境が、大幅に減少するとみられています。 また、内陸部の乾燥地帯など、もともと淡水の河川や湖沼、湿地などが少ない地域では、温暖化に伴う干ばつなどの影響を大きく受けることになります。 湿地環境は、健全な淡水資源の母体でもあるため、こうした自然の劣化や消失は、人が農業や工業などで使える水の減少にもつながってきます。 特に経済力の無い小さな規模の農家はこれらの変化に対応するのが難しいため、生産性が下がる可能性があります。 乾燥地域においては、土壌水分が減少することで、干ばつに見舞われる農地が増加する可能性が高いとされています。 病気や飢餓が広がる 食料の生産性が下がると、病気にかかる人や、飢餓状態に陥る地域が増える可能性があります。 特に食料の生産性が下がるアフリカ地域で影響がひどくなると予想されます。 また、熱帯などの伝染病を媒介する生物の分布域が変わることで、免疫をもたない人々に病気が広がり、被害が拡大するおそれがあります。 異常気象が襲ってくる 異常気象による熱波・洪水・旱魃・森林火災などの自然災害が頻繁に起こり、被害を受ける人が増えると考えられています。 自然災害の規模も大きくなり、被害が拡大すると予測されています。 「適応」に直ちに取り組むことの必要性 これらの温暖化による悪影響は、産業革命前に比べて気温上昇を2度未満に抑えることができたとしても、ある程度の影響はすでに避けられません。 IPCCの第5次評価報告書は、温暖化により引き起こされる現象に、対応する手段も明記しました。 これを「適応」と言います。 異常気象や食糧の生産が落ちるといった温暖化の影響は、適応の手段をとっていくことによってかなり軽減されることがわかっています。 温暖化は、原因である温室効果ガスの排出量を削減する努力だけではなく、影響に適応する準備も同時に行っていかなければならないところまで来ています。 WWFの地球温暖化に対する取り組み 世界各国にネットワークを持つ「WWF気候・エネルギー・プラクティス」では、地球温暖化を引き起こす温室効果ガスの排出量を大幅に削減する具体的なアクションを、各国政府と産業界、金融セクター、そして一般市民から引き出すことができるよう、世界各地で活動を展開しています。 「未来47景」で、気候危機がもたらす、あなたの地元の未来を予測!? 私たちの愛着ある地元の風景を、日常を、未来につないでいくために。 心をひとつに、「今」行動することが大切です。

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