よしながふみ。 楽天ブックス: きのう何食べた?(16)

辻調理師専門学校: 小説を食べよう!・アンティーク〜西洋骨董洋菓子店〜

よしながふみ

『きのう何食べた?』のシロさん&ケンジは、なぜこの料理で飲まずにいられるの!? お正月のドラマ特番も大好評でしたね〜。 弁護士のシロさん&美容師のケンジというゲイカップルの日常と彼らを取り巻く人間関係を巧みに描いたストーリー、そして作中に登場する魅力的な料理の数々が多くの人を惹きつけてやみません。 もちろん筆者もそのひとりです。 作者のよしながふみ先生が本作以前に描いた食漫画『愛がなくても喰ってゆけます。 』(太田出版)も大好きな1冊で、四隅が擦り切れるほどに読み込みました。 ご自身が本当に好きなお店だけを紹介する食べ歩き漫画ゆえに、各店の料理に対する先生の貪欲ともいえる愛情がどっばーんと溢れていて、何度読み返しても喉がごくりごくりと鳴ったものです。 その中に時折登場する自炊シーンがまたやたら美味しそうで「この方、本気の食べ手だっ……」と思っていたら、お次は自炊メインの『きのう何食べた?』がキタと。 そりゃこんな食いしん坊さんが描くんだから巧い&旨いに決まってます。 前置きが長くなり失礼しました。 作中ではおもにシロさんが彼氏のケンジと食べるための食事(夕食がメイン)を作っています。 冷静な倹約家であるシロさんが作るのは、野菜多めの副菜が特徴的な定食仕立てのごはん。 近所のスーパーで求めた安価な食材をうまく使いこなし、帰宅後にてきぱきと作り上げていく様子をライブ感たっぷりの描写で楽しむことができます。 段取り上手なんですよ、シロさん。 そして妙に凝りすぎず、市販のめんつゆなんかも普通に使っているのがイイ! 今回のレシピなら葉物を茹でた後のお湯で春雨も茹でるとかだしの素を水で溶いて味付けに使うとか、ちょっとしたことだけれど、「ふだんから料理をしている人だからわかるコツ&手抜き法」が散りばめられているのが実用的で、広く支持される理由の1つなのかなと。 しかし、毎回、主菜+1〜3品の副菜(とご飯、汁物)という献立ながら、主役のふたりはほぼ晩酌をしないというのが、家飲みラバーにとってはもどかしいところ。 健康のために晩酌は盆暮れ正月、外食時などのスペシャルな時だけらしいのです。 ああもったいない。 いかとこんにゃくのみそいため• 卵ときゅうりと春雨のサラダ• チンゲン菜のからし和え 友人カップルとの食事会で、長年の謎だった「ケンジがなぜ俺を選んだのか」が解明したシロさんが作る夕食です。 本来はこの3品のほかに、鶏とねぎの吸い物、ご飯があるのですがそちらは省略させていただきました。 初チャレンジのみそいため、ケンジの好物である春雨サラダに、シロさんの秘めたるゴキゲンさが表れているようでなんだかこちらまで嬉しくなってきます。 約束通り、ふたり分のひや酒をひとりで飲みますよー。 さ、さみしくなんかないんだからねっっ。 めんどくさいという方は筆者のように解体された状態で買ってくるのをおすすめします。 プリッとしたイカ、むちむちのこんにゃく、どちらも歯ごたえがあるのが楽しい。 使用する味噌にもよりますが(この再現ではやや甘めの米味噌を使いました)、味噌の甘みが素材の表面に染みて噛むほどに味がじんわりでてくるのがおつまみ向け。 ショウガの千切りも食感&香りでナイスアシストです。 水気が切れたら「井」の字型に切っておく。 シロさんポイントの通り、けっこう「やりすぎ?」くらいの味付けで食べるとちょうどいい。 特に酢と塩を効かせめにすると味の輪郭がはっきりするかと。 お酒で温度の上がった口で、ひんやりとした春雨をちゅるりと吸い込むのもなかなかオツなものです。 アクが少ないので水には取らないこと。 ハリッ、シャキッとした食感が小気味よくて、口直しのおつまみにちょうどいい。 そして後からくる辛子の風味がまた酒を呼ぶという寸法でね。 ここに細切りのハム(あえてピンクのぺらぺらのやつ)なんかを加えてもよさそうです。 *** 健康に気を使うシロさんらしい献立、堪能しました! もし自分で作るならもっと味付けが濃かったり、炒め物がかぶったりしたんだろうなという気がします。 味付けはもちろん食感の異なる3品は食べごたえも十分で、お酒も進みました。 五十路になってもスリムなふたりを目標に、時々はシロさんレシピを再現して己を律したいものです。 人気の再現レシピはこちらにも!.

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よしながふみ『きのう何食べた?』の再現レシピ《肴は本を飛び出して⑥》

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の、女性(娘)をテーマにした連作短編集 『愛すべき娘たち』 この漫画はの数ある作品の中ではマイナーな部類だろうと思う。 私はブコフの百円コーナーでたまたまみつけて買った。 初見だった。 ネット上にあまりレビューはないだろう…と思ったが、そこそこの数があるようだ。 この作品は、ある一人の独身女性・雪子を軸に、母娘(雪子とその母)の物語に始まり、2話以降は雪子の友人女性たちの物語へと移り、最終話で雪子の母と祖母の物語、つまりまた「母娘の物語」に遡(さかのぼ)り還って終わる構造をもつ。 各話のあらすじはこちら にゆずるとして、第1話と最終話をレビューしてみたい。 ~~~~~ 第1話 雪子の母・麻里は気が強い。 高校時代、片づけをしない雪子の私物を母は捨てようとする。 雪子が「そういうのって八当たり」と言うと「そうよ、八当たりよ悪い?」「親だって人間だもの、機嫌の悪いときぐらいあるわよ!」と返してくるような母だった。 そんな母が病気して快復して以降、気が弱くなったのか、年下の男と再婚する(というか、もうした)と言い出す。 相手は雪子より年下の時代劇俳優志望の男・健だった。 絶対に母はその男に騙されているという雪子だったが、どうやら健は本当に母(麻里)のことが好きなようだ。 健は若いときの麻里の写真を見て「きれいだ」と言う。 雪子は、私も綺麗な母だと思っているが、本人は自分の顔が好きではない、小さいころ親から「出っ歯だ」と言われて育ったそうだから、と。 今まで母と健に強い態度をとっていた雪子は、健と母が仲良くしている場面をみて決意する。 「私家から出ていくわ。 今まで黙っていたけど職場の同僚とつきあっていたの」 荷物をまとめる雪子は健に胸の内を明ける。 「ずっと私だけのお母さんだったのよ」 「ごめんね、でも本当に好きになっちゃったから」「わかってるわよ、だから私も出ていくの」 …それを見た麻里は、ひとり涙をこらえる雪子の背中に寄り添うのだった。 1話は<「母の人生」と「自分の人生」が分離されることで、娘は今まで自覚してなかった、「自分の中の母の存在の大きさ」に気づく>という話。 そして最終話では「この母あり」に至るまでの、業、あるいは因縁が描かれ、この母娘の人生の、ある種の謎解きになる。 最終話 実家の葬式。 雪子の母親麻里は、祖母(つまり麻里の母)と仲が悪い。 陰で「実の親でも、あのばあさんが死んでも泣かないわ」と言う。 麻里は母から「出っ歯だ、顔がニキビだらけ」と言われ続けながら育ったからだった。 子供時代の麻里。 弟の方が悪いのに、母は自分だけを叱る。 弟ばかり贔屓してと言うと母は「あなたの為を思って叱るのよ」と泣く。 そのとき麻里は思う。 「私が親になったとき、私もきっと完璧な親じゃない。 八当たりで怒ることもあるだろう。 でもそのとき『あなたの為を思って』なんて嘘はつかないんだ」 話は現代に戻る。 麻里は母を反面教師にして、娘の容姿について無神経な事を言って傷つけまいとしてきたと語る。 雪子は祖母の家に行く。 家にある母の少女時代の写真を見ると、それは可愛い少女だった。 なのになぜ祖母は自分の娘に対し、容姿の欠点ばかりあげつらっていたのか? 雪子は祖母に問う。 祖母は顔をゆがめて答えた。 ーー祖母には若い頃、容姿のよさを鼻にかけ平然と人を傷つける同級生がいた。 その同級生のことなど忘れていたが、自分の容姿がいいと気づいた娘麻里の振る舞いを見たとき、娘がその同級生と重なった…。 「私これ以上この子ちやほやされたらこの子は駄目になると思ったの。 麻里のことをあの人のような人間にしてはいけないと思ったの!」 それ以来、娘の顔はわざと褒めないようにしてきた…と。 雪子は悟る。 母というものは要するに 一人の不完全な女の事なんだ…… 雪子は母の家に戻り、健にそのことを話した。 健は言う、彼女もそれはわかっているだろう、だがそれで彼女のコンプレックスがなくなるわけじゃない。 親を好きになれなかったのは不幸だけど、僕は彼女を愛している、と。 帰宅した母に雪子は言う。 「私はお母さんが死んだら、お葬式ではうんと泣くからね」 ~~~~~ 「不完全な母と不完全な娘、そしてまたその娘が不完全な母となる…」この因縁を雪子が悟る場面は圧巻だ。 雪子は、第1話から見るに「母の不完全さ」を理解していたはずだ。 しかし祖母に「不完全さ」をみたことで初めてそれを言語化することができた。 「母とは不完全な女だ。 だからつまり 女とは不完全な存在なのだ」と。 もちろん雪子は、自分自身も「不完全な女」だと気づいているだろう。 ここでこの連作を最初から読んできた読者は思うはずだ。 今まで各話ごとに主人公(語り手)の女たちは変わってきた。 雪子が一人称視点の話は最初と最後のみで、他は皆ある種の不器用さを抱えながら生きてきた女たち。 サンドイッチのような構成になっている。 読者はこの最終話を読むことで、これは最初から最後まで「不完全な女」という一本の串によって連ねられた連作物語なのだ、と理解することができる。 そして同時に思うだろう。 「不完全な女たち」なのは物語中の彼女たちだけでなく、もちろん読者我々自身のことでもあるのだと。 『愛すべき娘たち』は「不完全な女たち」の物語ーー不完全な者が不完全さ故に間違いを犯したり悲しくなったり、…でもそれでも前に進んでみようとする話だ。 そして彼女たちがそれでいて(不完全な存在でありながら) <愛すべき娘たち>である所以は、 我々も同じく不完全であるからこそ、彼女たちを愛おしく思わずにはいられないからなのだ。 最終話ラスト、雪子が母に「私はお葬式で泣くからね」と言うシーンは、静かな描写ながら感動的である。 自らの不完全さを弁えた雪子が、「不完全な母<であるがゆえに>愛しているのだ」と初めて言語化するからだ。 『愛すべき娘たち』という作品は、不完全な存在である我々が、不完全な彼女たちを愛おしく感じるのと同時に、不完全な彼女たちから、不完全な我々へエールを送ってくれる…そんな作品なのだ。 <了> 本日のマンガ名言:母というものは要するに 一人の不完全な女の事なんだ 追記:論は、『マンガは今どうなっておるのか?』に載っている。 『愛すべき娘たち』も少しながら言及され、「今のマンガは面白くない」という人がいるなら、とりあえずこれを読んでほしい。 と絶賛している。

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よしながふみ おすすめランキング (468作品)

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よしながふみ はい。 何年か前に、出版社の廊下で「あっ、あの方が久世さんですよ!」「えっ、そうなんですか!? こんにちは!」……ってご挨拶したくらいですよね。 久世番子 そうですよね。 それとずいぶん前なんですが、コミケに出ていたとき、柱の陰からジーッとよしながさんを見ていたことがあります(笑)。 コミケでしばらく同人活動休止すると発表されたときだったかなと。 「完売しました」っていう文字をよしながさんご自身が書かれているところを見て感動しました。 いつも作品で見ている書き文字だったので(笑)。 よしなが そうでしたか!(笑) 番子さんもそれ以来、コミケにはお出になっていない? 久世 体力的に難しくて……。 よしなが わかります。 でも私、去年久々にコミケに出てみたらやっぱりめちゃくちゃ楽しくて。 マンガを描くこと自体は商業誌でもできるんですけど、何が違うってやっぱりお客さんに手売りすること。 梱包を解いてるだけでも、わーって脳内麻薬が出ます(笑)。 久世 そうですよねえ。 よしなが 趣味って、インプットをする趣味と、アウトプットする趣味、それと物理的な移動を伴う趣味、その3つを持っていると心が安定するっていう話を人から聞いたことがありまして。 久世 おおお。 よしなが インプットとアウトプットは、マンガ家だったら皆さんやられていると思うんですよ。 映画を観たり、お芝居を観たりとインプットするし、マンガを描くことはまさにアウトプットなので。 移動っていうのは旅行とか釣りとか、強制的に外に出て何かすることであればなんでもいいんですけど、「私たちはやっぱりコミケだね!」とスタッフさんたちと話していました。 番子さんはご旅行とかされますか? 久世 ショート作品やエッセイマンガだけを描いていたころは、1回分が描き終わるとすぐに次の取材があって大体外に出ていたんですけど、「パレス・メイヂ」の連載を始めてからは一切出られなくなってしまって。 少女マンガを連載するってこんなに大変なことなんだなと……。 よしなが そうでしたか……。 久世 はい。 これは精神的にきついな……と思いました。 もう連載も3年目くらいなので、そろそろ動けるようにならないと、と思ってはいるんですが。 よしなが 私、番子さんがKiss(講談社)で連載されている「神は細部に宿るのよ」(ファッションにまつわるエッセイマンガ)がものすごく好きなんですけど、あの作品の取材でお外に出たりはしないんですか? 久世 出ないことも多いんですよ。 今の流行についてだけじゃなくて、昔流行った服の話を描いたりもするので。 「そうそう、昔はそうだったよね!」って読者さんが思って読めるような。 気楽に読んでもらえるものにしようと、ゆるい感じでやらせていただいています。 よしなが「パレス・メイヂ」が初めてお描きになる長いお話、っていうのは意外でした。 ストーリーもの自体はウィングス(新書館)で描かれていましたよね(大崎梢原作の「成風堂書店事件メモ」シリーズ)。 久世 そうですね。 ただあれは短い連載だったので、エッセイではなくストーリーもので長い連載というのは今回が初めてなんです。 よしなが 調べものもきっと大変ですよね。 久世 そうですね……。 よしながさんはどうしていらっしゃるんですか? よしなが 私は山川の日本史の教科書です。 久世 山川ですか!? よしなが ほかのものも見ますけど、基本的なことは山川です。 まず何が起こったかを忘れちゃってるので、山川で確認する。 久世 自分が読者として歴史ものを読むときに、言葉遣いが現代っぽいと、どれだけ背景がきちんと描いてあっても現代に引き戻されてしまうんです。 でも背景がそれほどではなくても、言葉使いが時代がかっていると向こう側に行ける。 私には背景を描いてくれるアシスタントさんがいないので、せめて言葉だけでも、というのもあります。 よしなが すごくきれいな言葉遣いでうっとりします。 御園くんが「籠の鳥であらせられる陛下の籠になれたらと…」って言うと、鹿王院宮に「鳥と番(つがい)になれるのは鳥だけだ」って意地悪を言われるところ、「源氏物語」っぽくて素敵!と思って(笑)。 久世 ありがとうございます。 私は三島由紀夫が好きなんですけど、三島は特に戯曲だとそういう言い方をするんですよ。 「サド侯爵夫人」とか「鹿鳴館」とか。 言葉のやり取りが大仰で、気が利いていて、なんかおしゃれなんです。 三島カッケー!と(笑)。 文章だけど舞台が見えてくる、みたいなところがある。 文字も絵というか……。 よしながさんの作品からもまさに文字を読む面白さを感じたんです。 最初にウィングスで「そんなあなたが」(「彼は花園で夢を見る」収録)を読んだときに、セリフがすごく多いなあと思って。 でもこんなに多いのにすごく面白い!と。 文字を読む面白さもすごく重要だなあと思いました。 私はその頃、投稿マンガを描いていたんですけど、ふきだしの中の文字が多いと編集さんに注意されるんですよ。 だけど文字が多くても面白いマンガがここにあるじゃん!って。 よしなが すみません、自分でもわかってるんですよ、文字が多いって。 手塚治虫先生もセリフは7行までっておっしゃっていたし、知ってるんだけど、あえて自由律俳句で(笑)。 久世 (笑)。 よしながさんの作品を読んで、大ゴマで文字を見せてもいいんだ!って思いました。

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