飯場 西成。 「ルポ西成」

【2020年3月最新】大阪西成で日雇いで働く事はできない?実際に行ってみた。【体験談】

飯場 西成

作者:國友 公司 出版社:彩図社 発売日:2018-09-27• かつては釜ヶ崎とよばれ、いまは、あいりん地区とよばれるドヤ街が大阪・西成にある。 その中心にある三角公園から北東方向を撮影したのが表紙の写真だ。 右奥にひときわ高くそびえているのが地上 300 メートル、日本一の高さを誇るビル「あべのハルカス」。 左側に壁のように見えるが大阪市立大学医学部附属病院、そのすぐ向こう側は大阪市立天王寺動物園である。 土地勘のない人にもわかってもらえるだろう。 あいりん地区は多くの市民が憩う場所から目と鼻の先にある街だ。 しかし、大阪市民の多くは、その名を知っていても、足を踏み入れたことはないはずだ。 わたしもその一人である。 この本を読めばわかる、ここは大阪の魔境なのだ。 東京でいえば山谷にあたるのだろうか。 しかし、筑波大学を 7 年かけて卒業し、就職しそこねたライター志望の國友クンは、東京からわざわざ西成へ取材に遣わされたのだ。 このような場所はもう西成にしか残っていないのかもしれない。 ちなみに、駆け出しライターの國友クン、卒論が段ボール村であったことからの大抜擢(?)である。 取材予定は 1 ヶ月。 まずは一泊 1200 円の簡易宿泊所に滞在しての足慣らしから始まった。 あいりんセンターというハローワークに出向く間にも、街をあるけば「君さ、福島へ行ってみない」と誘われたり、「仕事ができへん奴はすぐに殺される」という 噂のA 建設からスカウトをうけたりする。 さすが、聞きしにまさる場所である。 そんな情報収集だけではダメだ。 いいルポにするには、やはり飯場生活を経験しないとお話にならない。 この界隈では大手だが、どうにもヤクザのにおいが濃厚に漂う会社である。 日雇い労働と俗にいうが、一日限りの現金型と、何日間か続ける契約型があるそうだ。 契約型の場合は、 まとまった日数を 飯場に住み込んでの建築現場での労働である。 國友クンはちょっと迷ったけれど、 10 日間の飯場生活に挑戦する。 仕事はビルの解体。 そこは、厳然たるヒエラルキーが存在する、命がけの職場だった。 何も資格がない新参者の國友クンはもちろん最下層の土工だ。 ビル解体の廃材が、大きなトン袋につめられて、上からどんどん落とされてくる。 そのトン袋のヒモをほどいてユンボ(ショベルカー)にひっかけるのが最初の仕事だった。 聞き慣れない言葉だが、トン袋の正式名称はといい、通称が示すように 1 トン程度の重量物を充填できる袋である。 ガラスの破片がばんばん降り注いできてヘルメットにあたる。 重機に背を向けたら命を落とす可能性があるから注意しろといわれる。 じつに危険な職場だ。 それどころではない、京都の建設会社で実際にあったという恐ろしい話が紹介されている。 國友クンと同じようにトン袋の持ち手をしていた人がいた。 ユンボの手元が狂って、先っちょがクビにひっかかり、生首がとんだというのである。 さすがに運転手は青ざめて遁走。 もっと怖いのは、その運転手は業務上過失致死に問われることもなく、一週間ほどして何事もなかったかのように職場に復帰し、事件は闇に葬り去られたことだ。 真偽のほどは定かでないが、人間がモノのように扱われていると実感している人たちの間で語り継がれている話がこれだ。 給与は 1 日 1 万円。 飯場は居室と三食付きで、必要経費として 3 千円が天引きされるから、正味で 7 千円。 そこで働く男たちのほとんどは、そうして稼いだ金を、酒、ギャンブル、そしてクスリに使ってしまう。 國友クンは飯場生活を 10 日間で終え、その足で飛田新地へいった。 しかし、そんなことまで書かなくてもええんとちゃうん。 安宿を意味するドヤという言葉は、宿を逆から読んだものであるという。 そんな安宿が数多く並んでいるのがドヤ街で、西成の安いところは一泊 500 円からある。 國友クンが宿にした『ホテル南海』は、なんでも、かつて リンゼイ ・アン・ホーカー さん殺しで逃走生活をしていた 市橋 達也も逗留していたことがあるホテルらしい。 その宿泊費、一泊 1200 円は四つ星クラス。 「ドヤ街」は、特別な場合以外使わないほうがよい B ランクの放送禁止用語で、ドヤは簡易宿泊所と言い換えることが望ましいとされている。 「飯場(はんば)」も、わたしが使っているソフトでは変換されない。 正しくは作業員宿舎で、文脈によっては使わない方がよい C ランクの禁止用語になっている。 しかし、どうにも簡易宿泊所街や作業員宿舎では感じがでないので、ドヤ街と飯場を使わせてもらう。 ある日、國友クンはヒットマンにスカウトされる。 ヒットマンといっても人殺しではない。 西成のヒットマンは、生活に困っていそうな人に声をかけ、生活保護を申請させ、お小遣いなどを与えながら、認可されるまで面倒をみる仕事、生保ビジネスのスカウトおよびお世話役だ。 かつては労働争議からの暴動もあったあいりん地区だけれど、いまは高齢化が進んでいる。 生保ビジネスも盛んで、生活保護者囲い込みを専門とする福祉専門ドヤまである。 そのひとつ「ママリンゴ」は、かつてシャブの売人とフロントがグルになってのシャブ密売所だった。 今は経営者が変わってクリーンになった。 というが、普通、福祉専門ドヤをクリーンとはいわない。 國友クンの聞き手能力は高い。 小学生時代の放火にはじまり数々の犯罪をおこしてきた極悪人の坂本さんをはじめ、あいりん地区の住人たちから数多くのエピソードをひきだしている。 ちょっとここには書けないような信じられない話もたくさん紹介されている。 まさかそこまでとは思うが、國友クンの体感では、会った人の 6 割が覚醒剤経験者で 4 割が元ヤクザだという。 隠し事を続けるのは面倒なので正体を明かし、いずれ本にすることを伝えた相手から聞き出した話も多い。 予定を延長して 78 日間を西成ですごした國友クンの書きっぷりはなかなかフレッシュだ。 その最後の文章を紹介しておこう。 自分はまだここに来るような人間ではない。 この街にいる人間を見下していると言えばそうかもしれないし、逆に私のような人間がこの街にいること自体、恐れ多いような気もするのだ。 なんともアンビバレントな感情である。 はたして國友クン、できあがったこの本を持って、 坂本さんたちに会うために西成のドヤ街を再訪したのだろうか。

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最後の魔境へようこそ! ”ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活”

飯場 西成

2016年05月26日 08時00分 大阪市西成区「あいりん地区」にある安宿に滞在して見た景色 夜中に「こじき、出て行け~」と隣のビルから聞こえたことが数回。 安宿の部屋にいたのですが、あれは何だったんでしょう。 大阪は西成区、あいりん地区にいると、珍しい光景を目の当たりにします。 こんにちは、 です。 関西国際空港から中国行きのフライトがあったので、少しの間ですが大阪に滞在していました。 滞在場所に選んだのは西成のあいりん地区。 旅にどっぷりと浸かった人間からすると天国のような場所でした。 安宿が立ち並ぶ一帯でも「あいりん労働福祉センター」の近辺は他と空気が違います。 東は阪神高速14号松原線「天王寺出口」「阿倍野入口」の高架から、西は南海本線「新今宮駅」の高架まで、JRの関西本線に沿って東西を貫く幹線の南側一帯に安宿が密集しています。 幹線に面したホテルは1泊2000円前後。 阪堺電車の踏切の東側は外国人バックパッカーが集まる地区で、2012年にはこちらに泊まっていました。 踏切の西側が昔ながらのあいりん地区だと思います。 地図で説明するとこのような感じに。 外国人バックパッカーが集まる一帯。 昔に泊まったことのある「ホテル東洋」は、外国人観光客の受け入れに積極的なようで、「 」というテレビ番組に映ったときは、たくさんの外国人の方で賑わっているようでした。 テレビゲームの の対戦のために来日したという外国人の宿泊先でした。 辺りでは、外国人をターゲットにしたバーも営業しています。 JR新今宮駅で見かけた英語のポスター。 「安全なまち」と謳いつつも、「ひったくり注意」を促すところが引っかかります。 阪堺電車の踏切。 ここより西側の南一帯が昔ながらのドヤ街としての役割を果たしている地区でしょう。 すいません。 前回はあまり気に留めていませんでした。 「あいりん労働福祉センター」は砦のような風格を漂わせていました。 辺りでは、路上駐輪の自転車が目につきました。 あいりん地区の核心に迫る地域です。 今回は1泊1500円という安宿に泊まっていました。 沖縄滞在時は30日で4万円が目安でした。 私の滞在先では、かなり快適なWi-Fiが飛んでいました。 ちなみに女性の宿泊は受け付けてない様子。 到着して2日間は1泊1000円の安宿にいたのですが、インターネット環境が必要だったので移動することになりました。 こちらが、今回滞在していた部屋。 布団を敷くと身動きが取れなくなりますが、日中は畳んでいるので窮屈さを感じません。 ほとんど電源をつけることがなかった液晶テレビ。 飲み物を常にキンキンに冷やすことができる冷蔵庫。 PC作業にぴったしのミニテーブル。 壁には衣服をかけることができるフックが3つ。 地味ながらも便利な仕掛けです。 ドアの隣には3段のカラーボックスが置いてあります。 こちらも整理整頓に役立つアイテムでした。 玄関の靴を脱ぐスペース。 ちょうどいい気候だったので気にも留めなかったのですが、室内にはエアコンが付いていました。 夏の暑い時期には重宝しそうですが、制御運転ということで稼働時間が決まっているみたいです。 どんな感じで動くのか気になります。 各階に共同の洗い場とトイレ。 1階と5階には、電子レンジと給湯ポットが置いてありました。 お風呂は大浴場が17時から23時の間に使えます。 銭湯のような雰囲気でした。 体を洗うシャワーの席は3つ。 シャワーが埋まることはなかったのですが、他に3つほど席があって、熱いお湯が出る蛇口と洗面器で体を洗えます。 湯船も大きいので、腕も足も大きく伸ばしてくつろげます。 4人が同じ動作をしたとしてもぶつからないくらい広い浴槽。 朝にもシャワータイムがあったのですが、1人ずつしか使えないようなので利用しませんでした。 あと、5階にはコイン式の洗濯機と乾燥機があります。 洗濯機は1回200円、乾燥機は10分で100円でした。 1泊1300円は1米ドルが110円のときだと11. 8米ドル、1ユーロが125円だと10. 4ユーロという計算。 アメリカでもヨーロッパでも、日本に近い経済水準の国で、同じ値段で同じ設備の安宿はまず見つかりません。 ドミトリー 相部屋 ですら無理だったりします。 だからこそ、旅人の感覚が染み付いた私にとっては、夢の様な場所でした。 ひたすら原稿を書いていました。 ただし、コンビニの前には酔っ払った人が座り込んでいたり、焦点の合ってない目でふらふらと歩く人もいたりして、治安について少し注意が必要です。 「あいりん労働福祉センター」がある一帯は土地勘のない女性が気軽に足を踏み込めるような雰囲気でもありません。 男性ばかり歩いています。 子どもの姿も無かったです。 「街にゴミ箱がない」と外国人が奇妙に感じるという日本の日常ですが、あいりん地区には道脇のかなり目立つところにゴミ箱が置いてあります。 立ち小便対策のために壁に鳥居が描かれています。 カニとハサミに震えてしまう「立小便絶対禁止」の張り紙。 あいりん地区には猫も生息していました。 夜中には猫同士でいがみあっているのか、低い唸り声が聞こえてくることもありました。 駐車禁止の警告。 「犬・ネコ」も駄目なようです。 結核は過去の病気ではありません。 結核検診のお知らせ。 「やるぞ」と、何をやるんだかわからないけど、勢いのある掛け声。 公園に置かれた机や椅子。 公園にはホームレスの方々が生活しています。 フェンスの上に置かれたぬいぐるみは随分と澄んだ目をしていました。 男性ばかりの地区だからこそ空気を少し和らげてくれます。 あいりん地区でバナナが育っているなんて、嘘みたいな本当の話。 俺、ばななん!寒い冬 がんばって生き延びたぞぉー。 いつの日か収穫のときが訪れるかもしれませんね。 荷台が拡張された自転車。 あいりん地区に近い交番の窓ガラスには金網が張られていました。 一昔前のパチンコ店を彷彿させるネオンが瞬く建物は、西成区を代表するスーパーマーケットのスーパー玉出です。 コカコーラやサントリーといったメーカーではなく、独立系の自販機だと一缶50円が目安でした。 ビルの前や道の角には必ずと言っていいほど自販機が設置されている激戦区となっています。 いろんなメーカーのジュースが並ぶ自販機。 ずっと気になっていたのですが、あいりん地区の最安は30円でした。 売り切れていましたが、何が出てくるか分からない「お楽しみ缶」も気になります。 「温めておきましたby秀吉」「おいしさ倍返し!」と大阪の人は仕事が細かい。 缶だけではなく紙コップタイプの自販機も50円~と激安でした。 1Lタイプの紙パックが販売されている珍しい自販機も置いてあります。 だいぶ年季の入ったカップ麺の自販機も道端で稼働していました。 地下鉄だと「動物園前駅」、JRだと「新今宮駅」が最寄り駅です。 あいりん地区から梅田や難波といった大阪の繁華街へは電車で簡単にいけます。 私の地元である福岡からすると、大阪での電車運賃は割安なので、移動もしやすかったです。 新世界地区のシンボルでもある通天閣。 観光客が喜びそうな顔ハメ看板。 私は通天閣になりたい。 巨大なタコが目を惹く新世界の飲食店。 こういった大阪の派手さが好きだったり……。 パチンコのマルハンとディスカウントストアのドンキホーテが入った建物。 大型の商業施設が集まる天王寺地区。 2012年には建設中だった「あべのハルカス」ですが、今回の訪問では完成した姿を見せてくれました。 日本一高いビルとして、青い空を突き刺すかのように、堂々とそびえ立っています。 日本の格差がくっきりと映る場所なので、いろいろと考えさせられます。 天王寺近くのマンションが立ち並ぶ一帯は無駄なものが何一つなく、すっきりとした街でした。 一方であいりん地区のマンション群は電線に駐輪自転車とかなり雑然とした街です。 天王寺近くのタワーマンションとショッピングモール。 あいりん地区のマンションとスーパーマーケット。 いろいろな物が飛び込んでくるあいりん地区ですが、そこで生活を営む人がいます。 自己責任の結果かもしれませんし、生活保護をもらっている方だっているでしょう。 かといって、人は生きていかないといけないですし、こういう場所も必要ではないかと私は思いました。 ある人は震えるかのようにゆっくりと歩いていました。 ある人は足を引きずっていました。 体を壊した人が目につく場所でした。 文・写真:周藤卓也 チャリダーマン 自転車世界一周取材中 Twitter.

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500円売春に不正入手薬…西成あいりん地区の貧困とカオス(上)

飯場 西成

上の画像をクリックするとHONZのサイトへジャンプします その中心にある三角公園から北東方向を撮影したのが『』の表紙写真だ。 右奥にひときわ高くそびえているのが地上300メートル、日本一の高さを誇るビル「あべのハルカス」。 左側に壁のように見えるが大阪市立大学医学部附属病院、そのすぐ向こう側は大阪市立天王寺動物園である。 土地勘のない人にもわかってもらえるだろう。 あいりん地区は多くの市民が憩う場所から目と鼻の先にある街だ。 しかし、大阪市民の多くは、その名を知っていても、足を踏み入れたことはないはずだ。 わたしもその一人である。 この本を読めばわかる、ここは大阪の魔境なのだ。 段ボール村から西成へ 東京でいえば山谷にあたるのだろうか。 しかし、筑波大学を7年かけて卒業し、就職しそこねたライター志望の國友クンは、東京からわざわざ西成へ取材に遣わされたのだ。 このような場所はもう西成にしか残っていないのかもしれない。 ちなみに、駆け出しライターの國友クン、卒論が段ボール村であったことからの大抜擢(?)である。 取材予定は1カ月。 まずは一泊1200円の簡易宿泊所に滞在しての足慣らしから始まった。 あいりんセンターというハローワークに出向く間にも、街をあるけば「君さ、福島へ行ってみない」と誘われたり、「仕事ができへん奴はすぐに殺される」という噂のA建設からスカウトをうけたりする。 さすが、聞きしにまさる場所である。

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